第一世界 リスタート第一話 不恰好な一歩

 ……僕はなにを焦っていたんだ。四季さんがいれば多分、僕なんて必要ないんだろう。


 体を動かす焦燥は泥の砲弾の衝撃音とともに散って行った。

 

 圧倒的な光は身も心もおい焦がし、残されたのは灰となった理想のみ。


「……んっ……んっ!」


 自分と四季さんを比較し、劣等感に酔いしれる。前の例え話の天才とプレーできたと自慢する敗北者の様に。


「……ん!……蓮君!!」

 

 やっぱり僕はちっぽけでただ見ていることし──


「あぁ!もううっさいなぁ!!」


 耳元で名前を呼び続け肩を揺らし揺らし続けると、やっとのことで蓮はこちらを向いた。


 視界に映る四季は縮こまりプルプルと震え、涙目でこちらに目をやる。

 

 やめてくれ、そんな顔をしないでくれ。確かに僕が怒鳴ったのはいけないが、人が考え込んでいる時に軽く脳震盪になるぐらい肩を揺らし、挙句、耳元で声をかけ続ける。

 ……誰だって怒るだろ。

 

「はぁ……すいませんなんですか?」

「私初めてだよ、一日でこんなに人にキレられた事」

「いやそれに関しては四季さんが悪いんじゃないんですか?」


 どの口が!っと突っ込みたかったがこのパンパンに膨れ上がる頬が写り、出かかった言葉を飲み込む。


「まぁいいや。とりあえず……蓮君であってるよね、名前」

「はい、まぁなんて呼んでもらっても構いませんよ」

「んじゃこれからはレンって呼ぶよ。よろしくレン」


 なんなんだこの時間。


「……いやいや。そんな事より、なんで僕を呼んでたんですか?」

「ん?あぁ、ヘルプヘルプ。知ってる事だけでいいから、あれの情報を教えて」


 さっきの表情はどこえやら、何食わぬ顔で四季は当たり前のように僕に頼る。


 ……っとにこの人は、


 一度全てを託そうとすれば、なぜか全然頼りなくて……かといって僕がどうにかしなきゃってなると途端に僕が必要ないくらいすごくなる。

 ……で、僕なんて必要ないだろと思ったときに限ってこの人は僕に頼ってくる。

 

 なんなの?この人。たらしなの?らたらしなんですか?


「はぁ……」


 半分呆れ、されどもう半分はこの人に頼られたという高揚。

 言葉たらずで聞きにくいだろう。それでも僕が出来うる限りわかりやすく、これまで僕が見てきた事を話す。


「四季さん、スワンプマンの話覚えてますか?」

「あぁ、あれね。あの怖い噂の」

「あの怪物は多分、その噂の大元です。中に姫野って子がいて奇妙なペンダントに操られてあの化け物に取り込まれてます」

「取り込まれ方は?」

「ペンダントから出た赤い繭見たいのに包まれる感じで、多分泥の中にいます」


 四季は折り畳んだ指を顎に添え、瞼を半分下ろす。


「じゃあ多分、あの泥は無限に出る系かな。散らしても意味がないし……その赤い繭とやらが核なんだろうけど、多分すごい硬いだろうな」


 ぶつぶつと口から声を漏らし頭を回転させる。


「壊せるか、いやかなりの火力がいるな。二次被害を考えて、うーんなら……」


 四季の呟きに耳を凝らし割って入る。


「あの、姫野は」


 一人考えに耽けるのが当たり前なのか、頭を回している時に声をかけられるという物珍しい状況に少し口角が上がる。

 不安溢れる紫根の瞳に、そっとレンの頭に手をやる。


「安心して、姫野さんはを助ける方法はもうあるから。」


 四季は懐にある本を取り出し、あるページを開く。徐に手をそのページに突っ込んで中を探り、あるナイフを取り出した。


「アーティファクト『アフェレシス』」


アーティファクト『アフェレシス』────刀身の色意外至って普通なそのナイフは、刀身に分離の力を宿す。

 その刀身に触れればいかなるものでも対象とそれ以外を分離する。

 さらにその刀身は物理法則を無視し、対象意外な何にも邪魔されずすり抜ける。ただしその能力は刀身にのみ付いている。

 つまり柄にその能力はなく、刃が届く場所でないと使えない。


「この状況においてもっとも最適な優れもの」


 「じゃあ行ってくる」と言い残し四季さんは夜空の繭を出ようとした。が、その瞬間ピタッと体を止め、振り返る。


「言い忘れてた。レン。君がもし今後、どうしても何かしたい。何かしてあげたいってなった時。そう言う時は、君が思う全力でカッコつけてみて。」

「……えっと、それ……」

「それだけ!」


 僕の困惑などお構いなしに、四季さんはそのまま行ってしまった。


 ******

 

 捨て身の攻撃。されどこの隙を突けるほどの余裕は泥の化け物にはない。

 自身を覆う大半の泥を散らされ、作れても一本のか細い触手。そんなものでは四季にダメージを与えることなどできない。


 四季もそれをわかった上での捨て身の攻撃なのだ。

 

 空中で左手にナイフを装備し、赤い繭の中の姫野さんを視認。姫野さんの腕に目掛けナイフを突き立てようとした瞬間────


 黄金の瞳に映る、最後の足掻き。


『夜空の繭』ほぼどんな技でも受け切ることができるその技は、本来四季にとってデメリットとも言えないような仕様がある。

 

 ……同時に二個存在出来ない事だ。


 無論、四季もその事は頭に入っていた。レンを守るために置いておいた『夜空の繭』が、さっき自分が使った事で

 だから四季は、そんなことも気づかないくらいに速攻で仕掛けたのだ。


 だが……


(チッ、よく見てるな)


 一本のか細い触手は、無防備な蓮の元に向けられている。

 当然、蓮は自身に矛先が向いていることなど理解していない。つまり回避することはない。


 四季は……当たり前のように、左手に握られているナイフを手放し、そのか細い触手に手を向ける。

 

 放たれる『ラージュバン』は突然、そのか細い触手を散らすが、無理な体制、無理な方向転換、無防備な空中軌道。


 中空に浮く無防備な獲物を獣が逃すはずもない。

 

 完全に元に戻った泥の化け物は、無数の触手を束ね一本の剛腕にし、大きく振りかぶりまるで鞭のようにしならせ、横薙ぎ一閃。

 

 尋常ならざる衝撃音と共に地面に三回ほど衝突しながら橋の手すりにめり込む。


「ははっ、しくった。」


 そこまでの知能はないと判断した私のミスか。いやそれより、人を守ってる状況でいつも通りで戦ってた私が悪いか。


 ジリジリと化け物がこちらに歩を進めてくる。

 どうやら見逃す気は無いようだ。勝ちを確信せず、慎重に、確実に止めを刺しにくる。


「ははっ……」

 


 

 なんの因果か、運命の女神は僕に何を伝えたいのか。


 四季が手放し、泥の化け物の攻撃に巻き込まれたナイフは……蓮の手元に吹き飛んできていた。


 紫根の瞳に映るその煌びやかなナイフにそっと手が出そうになる。


(待て待て、手にとってどうする。)


 お前がそれを手にした所で何ができる?何もできないだろ。お前は、お前にそんな資格はない。

 

 四季さんがピンチ?だったらお前に出来ることはないだろ?

 

 姫野さんが助けられる?一度逃げたお前が?

 主人公みたいになりたい?そんなのむ……


 あれ……僕なんでこんな『主人公になりたい理想』を持ったんだっけ……


 

 小さい頃、ほとんど残ってないあやふやな記憶。

 泣いている女の子がいた。なんで泣いてたのかは覚えてない。

 

 ……でも、その子の顔がどうしても心に残る。とても悲しそうで、孤独そうで、簡単に壊れてしまいそうで……


 

 助けたいと思った。

 

 

 純粋に心の底から、あの子を助けられる何かになりたかった。

 それが僕の中ではヒーローや英雄ではなく、物語の主人公だった。

 泣いているあの子を助ける物語の主人公。

 

 それがいつの記憶で、その後どうなったかなんかは覚えてない。


「ははっ、何やってんだろ」


 目の前にピンチの人がいて?助けを求めた人がいて?資格がないと見ないふりをする?


 ははっそんなの主人公以前に人間じゃない!


 右の拳をこめ頬に一撃を入れる。頭が明滅する。けれど、頭の曇りは晴れた。


 迷う事なくナイフを手に取り心に誓う。


 四季さんと姫野さん。これで両方助けられたら、もう一度胸を張って主人公理想を目指せるかもしれない。


 覚悟はその紫根の瞳に火を灯し、ガチガチに固まる足に万力をこめ、十分すぎる力で地を踏みしめ、僕は不恰好な一歩を踏んだ。

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