第一世界 リスタート第一話 怯えた咆哮

 ジリジリとこちらに近づく泥の化け物。打開策を考るも行き詰まり。死すら覚悟するその時、耳に流れる怯えた咆哮。


「うぁああああああ!!」


 四季と泥の化け物。共に首を揃え、声の主に目を向ける。

 震える声、ガチガチの体を無理やり動かす不恰好な走り。お世辞にも似合っていると言えないナイフを携え、レンがこちらに向かって突っ込んできていた。


「何してん……」


 注意、警告、いや怒鳴ってでも止めるべきなのだろう。それでも目を引かれる。初めてあった時、レンの瞳は何かを諦めているような切ない瞳だった。

 それが今では煌びやかなナイフに呼応するように震えながらも真っ直ぐ輝く。


「うん……いい目だね」


 

 ははっ、不恰好もいいとこだ。体はガチガチ出し、ナイフを持つ手なんてまだ震えてる。僕ちゃんと走れてるか?

 

 どんどんと接近する泥の化け物に、逃げ腰がさらに悪化してきてる。


 あ……目あった。


 泥の化け物がこちらをギロリと見つめ、目がかちあう。瞬間、無数の触手が蓮に牙を剥く。


「うぁああああああああ!!」

「『ケラウノス』!」


 手で顔を覆い被せると衝撃音と泥の散る音が聴こえる。

 隙間から泥の化け物を覗くと四季さんがどこからともなく現れる黄色く輝く無数の矢で次々と無数の触手を撃ち落としていた。

 

「レン!サポートする!!私を信じて走って!!」


 四季さんの心強さは尋常じゃない。全身に回る不必要な力が簡単に抜けていく。


「はい!!」


 あとは突き進むだけだ!!


 泥の化け物はことごとくを妨害する四季に苛立ち咆哮を浴びせるが、お構いなしに四季は矢を放ち続ける。

 

 しかし、泥の化け物は不快なだけで今の状況を脅威とは認識していなかった。

 なぜなら、蓮にはこの化け物の泥の鎧を剥がすすべがないからだ。


 頼みの綱の四季は手すりにめり込み、今は触手を撃ち落とすのに専念している。

 さらに言えば泥を散らすことのできる『ラージュバン』は近距離じゃないと使えない。

 つまり、詰みだ……


「っとか思ってんだろ?」


 黄金の瞳は死んでおらず、むしろまだなにかを秘めているようで……泥の化け物はこの瞬間、初めて脅威に触れた。



『ラージュバン』────これは四季が近接戦闘でよく使うからそういう技なのだと思われがちだが、四季がよく使うこのやり方は本来の技の応用である。


『ラージュバン』付与地点に無機物または有機物が触れた際に暴風を竜巻のように起こす防御技にして、付与型の技

 つまりこの技は本来、である。


 吹っ飛ばされた時、四季は地面に三回触れていた。

 

 蓮が化け物の目と鼻の先に着いた瞬間──


「弾け飛べ」


 蓮の足元から轟音と共に竜巻が巻き起こる。風は、下から駆け上がり泥の鎧を簡単に刈り取り、赤い繭を露出させる。

 台風の目。駆け上がる轟音の中、勇逸の安全地帯でその刃の標準を合わせる。


「うぁあああああああ!!!」


 輝く二色の刀身は姫野さんの右腕を捉えた。

 

 瞬く間に光が差し込み、目を瞑る。再び目を開くと姫野さんと泥の化け物が完全に分離していた。

 しかし、作戦の成功に安堵するまもなく体が宙に浮く。


「え、ちょま……!?」


『ラージュバン』は確かに真ん中が安全地帯になっているが、今回のラージュバンは普段よりかなり威力を上げて使用したため、風圧が真ん中にも漏れ出てしまい……詰まるところ、蓮は空中に投げ出されてしまっていた。


(えっ、これで死ぬの?)


 突然のことに慌てふためく余裕もなく、少しだけ近づいたそれを眺めていた。

 しかし、次の瞬間。ふわっとした感覚と共に自分が抱えられたことに気づく。


「大丈夫?」


 そっと優しく声をかけてくれる四季さんに、言いたいことが数えきえなかったはずが、一つに絞られた。


「カッコよかったですか?」


 予想外の質問に少し戸惑いながら、それでも真っ直ぐ四季さんは答えてくれた。


「うん。もちろん!」


 地面に着地し、蓮を地面にそっと下ろし、姫野さんを確保して蓮にあずけた。

 

 ふと顔を見上げると、核を取られかなりお怒りの泥の誰かさんと目が合う。


「あっどうも」

「ウァアアアア!!!」


 どうやら返答を間違えたらしい。


 すぐさま、四季に向かって無数の触手を伸ばすが──


「人質が居なくなればこっちのもんだ。弾け飛べ『ラージュバン』」


 触手が触れる瞬間、瞬く間に荒れ狂う暴風が無数の触手を蹴散らし、泥の化け物も表面の泥の鎧を剥ぎ取られ少し宙に浮く。


 畳み掛けるように四季が大きく地を踏みしめる。

 

 一歩。たった一歩で宙に浮く泥の化け物まで接近。さらに右の手のひらを地に伏せ唱える。


「弾け飛べ、チリとなれ、全てを掻き消し、吹き飛ばせ『ラージュバン』!!」


 先ほどとは比べものならない暴風の周囲を飲み込み爆発。化け物の足もとから噴き出る大風はいとも簡単に全ての泥を散らし、空の赤い繭は宙に投げ出される。


 空を見上げ右手をかざす。その標準は赤い繭をとらえ、詠唱の元、放たれる。


「広がるは星の世界。仇なすは夜の住人。

崩れ、朽ち果て、滅びゆく異郷の神よ。今はただ、憤れ。

星神の憤りコスモ・ネメシス』」


 まるで空間が塗り替えられたよう。

 

 四季から伸びるそれは淡く美しき輝きをもち、全てを飲み込む漆黒を持つ。

 

 知っている景色のようで、全く知らないその幻想的な姿は、耳を通る轟音すら美しく感じてしまうほどに。

 言うなれば、別の世界の星空を見ているような気持ち。


 赤い繭は灰燼と化し、奇妙なペンダントのみが四季の元に落ちてきた。


 ハッと我に帰り姫野さんの容態を見る。

 意識がない。


「姫野さん!?姫野さん!?」

「安心して。ペンダントのせいでちょっと眠ってるだけだから。多分、小一時間くらいしたら目を覚ますと思うよ」

「……そうですか」


 安打と共に張り詰めていた緊張の糸が切れ、その場に座り込む。

 すると四季がどこかに足を進める。


「じゃっ、私行くね」

「あ……ナイフ」


 会話の途中、四季さんがどこか遠くに目をやっていた。呼応するように視線の先に目を向けると──


 白い煙。それも大量の。霧のような、いや雲のようなそれは雪崩のように進んでいき世界を飲み込んでいた。


「四季さん!?あれなんですか!?」


 焦燥を顔に出す僕とは反対に四季さんはまるで何回も見たかのに落ち着いている。


「んー。なんて言ったらいいんだろ。世界の免疫反応みたいな?」


 僕は質問する相手を間違ったかもしれない。


「ごめんごめん。ちゃんと話すから。世界にさ、運命的な物が決まってるんだよ」

「運命?」

「まぁその大まかに言うと、世界の未来はすでに決まってるんだよ。で、その世界の外から異物が入ってくると、たまにその未来が狂っちゃうの。つまり、未来を正しい物に修正する役割があれ。記憶を消したりね」

「だから免疫反応……」

 

 こんな例えで、なんとなくわかってしまった僕の頭が悔しい。


「まぁそうそう運命は狂わないんだけどね……なんか妙だな」


 ぼそっと告げられた最後の言葉を聞き返すがなんでもないとはぐらかされた。


「じゃあ私もう行くから」


 ロングコートの内側の腰についている何かを取り出しそこに投げる。するとそれが淡い光を帯びながら開き、薄い歯車が噛み合わさったような不思議な扉が現れる。

 扉に一歩近づき、思い出したかのように回転しつま先を蓮に向けナイフを受け取った。


「そうだ。多分、あれのせいで、私も含めてペンダントに関わる全ての記憶が消える思うけど……もし覚えてたらまた会おうね。ばいばいっ」


 嵐のように現れ、嵐のように過ぎ去るとはまさにこの事だ。

 割とあっさりとした別れに少し寂しさ、後目の前で起こるファンタジーに心がチグハグになる。

 

 とはいえ……疲れた。


 世界を覆い尽くす白い煙に身を任せ、少し目を閉じる。


「…………ン…………レン」


 白い煙の中で誰かの声が聞こえた気がした。


 強烈な睡魔に身を任せ、意識を落とす。


 頭の感触が悪い。というより硬い。腰もバッキバキ出し、僕の寝具ってこんな酷かったっけ。


 そもそも僕何してたっけ。スゥー、ファンタジーにファンタジーでファンタジーしてたな……

 あれ?覚えてる。いやまぁあの人言葉を真に受ける僕が悪いか……


 しっかり調教された蓮の脳は至って正常。しかしだからこそ蓮の脳は疑問を残す。だが、その疑問の解決方法は簡単だ。目を開ければ良い。


「電話…知らない天井だ」


 いや、一度言いたかったってのもあるが割とほんとに知らない場所だ。


「ここどこ?」

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