第一世界 リスタート第二話 お姉さん

 「どうして?」そんな言葉が頭の中で反芻する。動こうにも足が鉛のように重い。

 

 だってそうだろう?唐突に「あなたは世界から忘れ去られました」なんて言われても納得できないだろ。


「ははっ……まじかぁ」


 廃ビルの脇の小さな隙間、だだっ広い世界における簡易的に一人になれる小さなスペース。

 

 一人かがみ込み、両足の膝の間に顔をうずめる。


 崖っぷち、いや崖から落ちたよう、先の見えない真っ暗闇に放り込まれたような気分。

 

 普通の人ならこんな時、どうするんだろう?


 不安が募る?泣き崩れる?何もかもが嫌になってしまう?

 まぁ正常な人間ならこんな状況、それぐらいが健康的だ。

 

 そう、正常な人間ならば……


「ははっ、なんかこの状況。物語の主人公見たいじゃない?」


 その表情に曇りは無く、あるのは一片の微笑みのみ。


 おぼつかない足に過剰に力を込めゆっくりと立ち上がる。


「さて、どうしよ」



******



 ……っと立ち上がったのが三日前の出来事。


 舞台は初めに目覚めたはずの公園のベンチ。脱力し、くたびれながら横になる。

 

「死ぬ……」


 レンを今、死の淵に追いやっている存在、それは……空腹だ。


 名誉のためにも、少し弁明させて欲しい。確かに、本来人は一週間ほど食べ物を食べなくても生きていける。

 生きていけるが、それは普通の状態での話。蓮は今、家もなく、身内もおらず、お金もない。明日の命すらも危ぶまれる極限状態だ。

 むしろ、三日も耐えていることを褒めて欲しい。


「はぁ……拝啓。『人間、一週間食べ物を食べなくても死なない』とか言ってる人へ……なめんな!!」


 危ない危ない、危うく自身の残りの体力を文句を言うことに消費するところだった。え?もう言ってるって?ははっ幻聴だよ。


 ここ三日間何していたか聞きたいって?本当に?

 僕をまだ覚えている人がいる可能性が捨てきれず、僕が少しでも関わった事のある場所をしらみつぶしで探そうとしたが……当然お金がないから公共交通機関が使えなく、自転車なんかあるわけもないから当たり前のように徒歩でいろんなところを走り回った話聞きたい?


 意識を保つ為の思考、もとい現実逃避もそろそろ限界だ。


 ボロい木目の屋根を遠目で眺め、意識がぼんやりと薄くなっていく。

 

 時刻は午後一時を回っている。


 遠のく意識がを足音が引き戻す。僕の足の方にある一本道を誰かが歩いているのだ。

 しかし、次第に足音大きくなる。どうやらこちらに近づいてくるようだ。


 冷やかしか?いや警察か?まぁ、どちらにせよいいか。


「大丈夫?」


 優しい声、安心させる声。以外な声に少し声の元に目を向ける。

 

 ……一言で表すなら巨峰だ。いやメロンかも。

 いや待ってくれ。これは決して僕が悪いのではない。みんなも見てくれたら分かる。


 視界に広がるのは腰を曲げ、僕の顔を覗き込もうとする綺麗な女性。腰の高さまである髪を頭の後ろで雑に纏めていて、眼鏡をかけ、薄着の衣服にパーカーを羽織るだけの非常にラフな格好をしている。

 

 そんな格好をしてなお視線を集まるその双丘はいろんな意味で規格外の大きさをしている。

 ひどい言い方になるが下品な聖母みたいだ。


「大丈夫……ではないですね」


 思ったよりもか細い情けない声が出た。


「家出?」


 家出……なのか?僕が家から出て行った訳ではなく、むしろ家がどこかえ行ってしまったから……これはなんと言えばいいんだ?


 フェルマーの最終定理にも等しい難問に僕が頭を悩ませていると、何かを察してくれたのかお姉さんは話題を変えてくれた。


「君、名前は?」

「蓮です。お姉さんは?」

「蓮くんね、私はマリよろしく。ところで君はここで何してたの?」

「普通に餓死しそうになっていました」

「え?ん?ごめん。なんて?」

「いえ、ですから普通に家と身内とお金を無くして餓死しそうになってたんですよ」

「ん???……ごめん、お姉さん君の普通に着いていけないよ」


 どうしてだろう、ただ起こった事を羅列しているだけなのに。

 久しぶりに人と話す会話は、少し……いや、かなり楽しかった。


 この後色々と問答はあったが、最終的にマリさんのご自宅にお邪魔させていただけることになった。

 知らない人の家に行くのは危なくないか?そう思う人もいるだろう。僕も少しはあった。しかしマリさんのスーパー母性パワーの前ではそんな不安は消し飛んだ。


 とても趣のあるアパート、もとい年代物のボロアパート。お邪魔させていただくのだから口は濁そうとしたがそれを指して余りある出来上がりっぷり。今の時代に本当にあるんだと言わんばかりのそれはむしろ歴史的価値がある一品と言える。

 軋む錆びた階段を上り二階にある部屋へと招かれた。

 少し冷静になると、こんなボロアパートに女性一人で住んでいるマリさんの方が心配になってくる。

 六畳一間の部屋は床に畳が敷かれており真ん中に茶色いちゃぶ台が置かれている。左右には座布団が一つずつ。


「狭いけどくつろいでいいからね」


 あまり見ない光景に自然とあたりを見渡してしまう。座布団の上に腰を下ろすと少し疲れが襲ってくる。

 こうしている間にもマリさんはテキパキと食事を用意してくれている。

 

 腹の虫が三度鳴く頃、マリさんの料理が完成し、ちゃぶ台に運ばれてくる。

 米と焼き鮭と味噌汁。もうここまでくるとこういうコンセプトカフェにも見えてくる。

 三日ぶりのご飯はそれはもう輝いている。手を合わせ、迷うことなく口へと運ぶ。


「……おいしい」


 噛み締めるように言葉が出たのは、皿を空にしてからだった。


「おかわり食べる?」

「はい!!」


 多分、過去一声を出した。


 ご飯を食べてからはゲームをしたりしてマリさんと遊んだ。

 久しぶりに一日中遊んだ。久しぶり人とこんなに話した。


「どうする蓮くん?泊まってく?」

「いいんですか?」

「いいんですかって、君自分で家無かったとか言ってなかった?」

「いやまぁ、家は無いですけど……」

「じゃあこれまでどうしてたの?」

「ははっ、普通に野宿っ」

「……泊まって行きなさい」

「……はい」

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