第一世界 リスタート第二話 僕がいない世界

 ぼんやりとした視界。徐々に鮮明になる思考。重い腰を起こし、辺りを見渡す。


 寂れた公園、錆びたブランコとボロボロのジャングルジムが目に映る。上を見上げれば木目調の屋根、座っている場所は木目の長い椅子、横には長方形の木目の机もある。


「本当に、ここどこ?」


 身に覚えのない場所、おそらく公園だろう。けれどそれ以上の情報がない。

 とりあえず今のどこにいるかを確認するため、蓮は自身の右ポケットに手を入れる。しかし、目的のスマートフォンは見つからない。

 他のポケットや周囲を手当たり次第に探すが、そもそも所持品自体ない。

 ある物のと言えばもともと着ていた制服のみ。

 

「スゥー……これ、詰んでない?」


 とりあえず動かなければいけないと心に迫る強迫観念が、半ば無理矢理に体を突き動かす。

 

 公園のを出てすぐ、右から左へと伸びる舗装された一本道が見える。

 徐に足元にある一本の小枝を拾い上げ、その場に立たせる。当然小枝にバランスをとる能力は無く、小枝は右に倒れた。

 

「よし、右だな」


 自身の命運をその小枝に預け、蓮はその一本道を右に進む。

 五分ほど進むと道の脇にバス停が立っている。


 知ってる所だといいんだけど……そんな淡い期待を乗せ地名をに目をやる。


 どうやら僕は運がいいらしい。僕はこの場所を知っている。っと言うのもここは前に姫野さん関連の話の時に来たことがある。

 まぁ、姫野さんの地元だ。さらに言えばこのバス停は姫野さんの最寄りのバス停だ。

 つまり、このバスの通る道を辿れば家に帰れるということだ。


 自身の運に興奮冷めやらぬ中、最後に人の気配がした。どうやら僕の運はまだ上がるらしい。

 振り返るとそこにはほんわかとした雰囲気を纏う姫野さんが立っていた。


「よかった。姫野さん意識戻ったんだ。」


 すぐさま声をかけた。どうやら僕は姫野さんに会えてかなりホッとしていたらしい。


「えっ、えっと……」


 少し興奮気味の僕は怖かったかもしれない。全身を包む孤独感が姫野さんを前に解き放たれ安心してしまい、少し食い気味に話しかけていた。

 

 案の定、姫野さんはまるで急に知らない人に声をかけられた女の子みたいに肩を縮こませながら怖がっている。


「あの、すいません人違いしてませんか?」

「え?」


 このタイミングで完璧なボケをかます姫野さんに不意を突かれ、心の底から「え?」が出てしまった。

 

 ……姫野さんもボケるんだな。


「ちょっと、ボケないでよ姫野さん」

「いえ……その……本当に。貴方誰ですか?」


 本当に何も知らないように受け答えをする姫野さんに、背筋を変な汗が滴る。

 嘘を言っている様には見えない。けどなんでだ?

 

「姫野さん?本当に言ってんの?」


 姫野さんの表情は困惑半分恐怖半分。次第に恐怖が強くなっている。


「本当ってなんですか。そもそも、なんで名前知っ……やっぱいいです。私もう行きますね。あともし着いてきたりしたら警察呼びますからね」


 そう言って走り去ってしまった。


 あの表情、ドッキリとかでは無いようだ。じゃあ何が起きて……

 瞬間、四季さんの言葉が頭をよぎる。

 

「……記憶が消えたのか?」


 四季さんは異物がどうとか修正がどうとか言ってたから……おそらくあの変なペンダントと一緒に姫野さんの記憶が一部消えた。


 僕のことを忘れられたのは多少、いやかなりのショックではある。

 けれど少し考えれば、怪我もなく記憶が少し消えるだけで済んだんだ。

 これでよかったと思うことにしよう。また仲良くなればいいしね。



 バス通りをつたい、お金というか諸々全てないので当然徒歩で家に向かう。

 その短くはない道のりは蓮の学校に行く気力を削ぐには十分すぎる。


「はぁ、疲れた……」


 見覚えの道のりを通り、丁字路を曲がる。安堵の用意はできていた。今日は学校休もうかなんてのも考えていた。

 でもそんな考えは一瞬で吹き飛んだ。


 ないのだ……いつも見ていた見慣れていたものがなかったのだ。


「……家がない」


 様々な家が並ぶ住宅街。丁字路を右に曲がってすぐ前にそれはあるはずだった。

 けれど目の前にはただの溝。住居と住居の境目。

 まるでそこにもともと空間すらなかったと言わんばかりにとても自然な光景に、ただ立ち尽くすしか無かった。


 言葉にできない、浮遊感の様な物が身体を覆う。背筋は凍り、全身の血の気が引いた。動悸が激しい。心臓の音が直接耳に届く。


 力の入らないおぼつかない足が何か突き動かされるかのように動き出す。

 

 息は絶え絶えに千鳥足で駆け回る。訳もわからず行き着く先は……学校だった。

 校門を押し通り、自身の名のない下駄箱には目もくれず、二-Bと刻まれたプレートをもつ扉を開ける。


 息を切らしながら教室に入ってくる生徒。そんな人に普通はなんて声をかけると思う?


「どうしたんですか?誰かに用ですか?」


 真っ先に駆け寄り、優しく声をかけ要件を聞く。正しく模範的な優しい行動だ。

 

 こういうことを出来るのが、モテる秘訣なのかな?ねぇ晴人。……それは知らない人に対しての応対だろ?


「……何言ってんだよ晴人、冗談きついぞ」


 困惑した表情。目を逸らし、記憶を駆け巡られせる。しかし見つからない。


「えっと……ごめん……名前わかんなくてさ」


 精一杯相手を気遣った言葉がまた、僕の心を不安に染める。耐え難い感情が溢れ、やり場のない思いはその矛先を晴人に向ける。

 胸ぐらを掴み、興奮気味に問い詰める。


「いい加減にしろよ。冗談じゃ済まされないぞ」

「はぁ?ちょっ……なに!?」


 やらせない気持ちを弾けさせ晴人にぶつけるがすぐに止められた。

 後ろにいた男三人組の一人がつかむその手を引き剥がし、乱暴に振り解いた。

 反動で尻餅を着いた僕はその三人を見上げる。

 決して仲のいいわけでもない三人。けれど悪いわけでもない。話したことはあるクラスメイトくらいの関係値。だがその目はは友を傷つけた敵を見る目。

 

 とてもクラスメイトを見る目ではない。重ねてその男が口を開く。

  

「何してくれてんだ!お前誰だよ!!」


 確信を突く言葉。なんとなく、そんな気はしていた。だけど理解したくなかった。


 だがそれも……周りの視線で、姫野さんの言葉で、四季さんの言葉で……嫌でもわかってしまう。

 信じたくなかったけれど、この現状がそれを物語っていた。

 

 それから騒ぎを聞きつけた先生たちが僕を指導室に連行した。

 それからは答え合わせをするように、次々と事実が突きつけられた。先生たちの記憶にもいなく、記録もなく、生徒名簿に僕の情報なんか一つもない。

 先生からはどこでこの制服を手に入れたんだと説教された。

 ……ここの生徒だったんだけどなぁ


 悲壮感は現実を、孤独感は身体を、パンクする頭はただ時間を欲していた。

 

 気づけば僕は走っていた。無我夢中で、行く宛などもう無いというのに……

 


 どうやら……僕という存在はこの世界から忘れ去られたらしい。

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