第二世界 プレパラシオン第二話 死にたがり③

「早く構えてください、アルマ」


 木剣をアルマに向けて言い放つ。


 ここに来てからかれこれ数ヶ月。ぶっ飛ばされては起き上がり、気絶しては叩き起こされない日々は僕の日常になっていた。


「生意気言える様になったじゃないか、レン。その性根叩き潰してやるよ」


 ここ最近では初めにあった剣術訓練が無くなり、頭から戦闘訓練になりつつある。

 まぁ……まだ気絶して訓練はあるんだけど。

 

 今の目標はとりあえず、気絶しないで訓練を終えること、それと……今日こそアルマに一撃を与える。

 近頃は、何度か惜しいところまで行けるんだが、あの化け物の超人的な反射神経のせいで全部塞がれてしまっている。


「行くぞ」


 アルマが左足を前に踏み締め地面を蹴り上げようとする。

 それを見越し、アルマが踏み込もうとした瞬間にレンがアルマの懐に飛び込む。

 瞬く間に懐に飛び込んで来たレンを前に、アルマは動揺することなく、右手に持っていた木剣で最短の距離でレンに向けて振り抜く。


 単純な一振り、されどアルマが振ることより、その一振りは簡単に音速を越える。

 

 普通なら反応できない。当然、本来レンも反応はできない。

 しかし、だからこそレンは最初にアルマの懐に飛び込んだのだ。初めにレンがアルマの懐に飛び込むことで、アルマの次に起こす行動を絞る。

 そのおかげで、アルマの剣筋が予測できた。


 左肩から右下に振り下ろす一振りを、木剣を同じ角度に流し相対する。

 衝突する二振りの木剣はレンの木剣をなぞる様に受け流される。

 

 間一髪を凌いでもまだ次がある。アルマは間髪入れずに、右下に振り抜いた木剣を力で止めて切り返し、振り上げる。

 

 レンは姿勢を引くし剣横に倒している状態。この攻撃は避けも、流せもしない。

 

 その切先がレンを襲う次の瞬間、レンは下に溜めていた力を解放して後ろに飛び上がる。

 当然、アルマはそれに合わせて一歩踏み込んでレンに木剣を当てに行くが、レンが後ろに飛んだことにより、勢いが後ろに逃げ、レンの木剣の防御でも受け切れた。

 一瞬の攻防、されどアルマにレンの攻撃が届くことはない。


 ふぅ……何とか凌いだ。けど、どうにも僕の攻撃を当てる隙がない。どうするか……


 ここ数ヶ月、分かったことがいくつかある。一つは……アルマは化け物だってこと。いやまぁ最初から分かってはいたけど、そうじゃなくて、ただ想像の百倍は強いってこと。

 そのせいで何度、壁と「こんにちは」したことか……

 それともう一個……これは多分、いやかなり致命的な隙の話だ。まぁ、僕にはその隙を叩けるほどの力は無いからあまり意味は無いんだけど……いや、でもやるしか無い。それしか、あの人に攻撃が当たるイメージが湧かない。


 ……一か八か、


「行きます」


 再び木剣を握りしめ、アルマと相対する。

 大きく肺に空気を送り、吐き出す。すると次の瞬間、僕の瞬きの一瞬にアルマが僕の懐に飛び込んだ。


「──ッ!?」


 突然の出来事に、咄嗟に木剣をアルマと僕の前に挟み防御の構えをとった。

 しかし見え見えの防御をアルマは軽々交わし、左足を軸に回転し、足をムチの様にしならせレンの脇腹に直撃させる。


 体に雷が響く様に激痛がレンを襲い、そのままレンは宙を舞い、壁に激突する。

 

 アルマに慈悲の心などはない。壁に叩きつけられたレンに即座に追撃を入れようと地面を蹴り上げ、接近。

 

 そんなこと等に慣れたレンは、同じように即座に立ち上がり、アルマの追撃に備える。


 壁にもたれかかるレンにいつもの様に大きな横薙ぎの追撃。


 ……ここだ。


 アルマは普通に容赦ない。剣術訓練が無くなった辺りからそれに拍車がかった。壁とダイレクトコミュニケーションしている僕に、容赦なく追撃を入れてくるように……

 

 あれほどこの人に恐怖を覚えた日は無い。

 だが、何度か……いや何度もその追撃を食らい続けてあることに気付いた。

 その時の追撃は大抵、隙の大きな横薙ぎなのだ。

 まぁ、その時はだからなんだと思っていたが、けれどこれを使えば最近気付いたアルマの隙をつける……かもしれない。


 レンはアルマの横薙ぎに木剣を向けた。


 ……これは半分ズルだ。けど許してねアルマ。


 二振りの木剣が衝突する瞬間、レンは木剣から手を離す。当然、レンの木剣は宙に飛ぶ。

 だが同時に、衝突するものを失ったアルマの木剣も想像以上に振り抜きすぎ、アルマに大きな隙が生まれる。


 木剣から手を離したレンは、同時に左足を地面に叩きつけていた。万力で踏み締めた左足は支柱となり、軸として回転する。その力を存分に受け取った右足が、大きくムチの様にしなりアルマに向かう。

  

 本来まだアルマには使っていない、左腕で防御をするという手段がある。

 しかし、おそらく今は使えない。


 ここ数ヶ月、何度も見てきた。何でかは知らないが、アルマの左腕は咄嗟の瞬間、コンマ何秒かラグがある。だからこの攻撃は通る!!


 レンの読み通り、アルマは左腕で防御しようとしたがラグのせいで間に合わず、レンの右足は直撃した。


 やっっっったぁ!!やっとこの人に一撃を与えることが出来た……と、本来は喜びたい所なんだけど……


 目の前の化け物は脇腹に直撃を食らっても、一切怯むことはなく、無傷で堂々と立っていた。


 化け物かよ……いや、多分化け物だ。


 無傷の化け物は左手を動かす。木剣を捨て無防備なレンは、咄嗟に顔を覆い目を瞑った。


「…………」


 しかし、追撃はやってこない。恐る恐る目を開くと、少し困惑したアルマが突っ立っていた。


「……えっと?攻撃しないんですか?」

「……ぷっははっ。私を何だと思ってるんだ。初めて攻撃を入れられたんだ。私だってちょっとは褒めるぞ」


 そういい、少しラグのある左手で頭を撫でられた。


「すいません、褒めるとかの概念知らないと思ってて」

「怒りはするからな」

「……はい」

「それより、反省会だ」

「褒められるんじゃ無いんですか?」

「あ?もう褒めたろ」


 やっぱり、そんな概念知らないじゃん。


「今のはまぁいい攻撃だった」

「そうで……」

「あれで私を倒せれたらな。剣を捨てての捨て身の攻撃。機転の効いたいい攻撃だ。だが同時にこれで決まらない場合、お前は死ぬ。実際、私は立ってるしな。これが実戦だったら確実に死んでる」

「……はい」

「次を考えろ。相手の行動、自分の行動、その次を」

 

 考えもしなかった。というより、思考の外にあった。ただアルマに一撃を与える。それしか頭になかった。


「はぁ……」


 これは私のミスだな。ここ数ヶ月、レンは目を見張る成長を遂げている。相手を観察する目や戦闘中の思考。

 確かにこれはもすごいが、レンはそれ以上の超人的な耐久力を持っている。

 それもここ数ヶ月の伸びが凄まじい。耐久力だけでなく、受け身や攻撃を食らった後の切り返しなんか目を見張る成長をしている。

 

 私はそれを伸ばしたほうが……いや言い訳だな。私が逃げてきただけだ。


 レンには危機感がない。というより、攻撃を受けることに慣れてしまっている。そのせいで戦闘中、攻撃を受ける前提で動いてる節がある。

 はぁ……私のせいだな。


「レン、ちょっと来い」


 言われるがままレンは、すぐ横にある木剣置き場について行く。


「どうしたんです……」


 するとパッと一振りの剣を渡される。


「これからはそれでやる」


 初めて見るそれは木剣と全く違う質感。光輝く銀色は僕の顔を反射する。手にはずっしりとした重厚感が。


「……ロングソード」

「構えてみろ」


 見た目とは裏腹に僕は内心、少しワクワクしていた。

 だってそうだろう、僕の世界にはこんなものを持つ習慣は無かったんだから。

 

 目の前の非現実をレンは前向きな気持ちで構えた。


 瞬間、閃光と空気を裂く衝撃音が左頬を伝う。

 唐突の出来事に、腰が砕け尻餅をつく。怯えながら衝撃の元に目を向ける。

 後ろの壁には突き刺さったロングソードが、刃先には少量の鮮血。


 呆然と左頬に触れる。薄皮一枚、裂かれた頬から垂れる鮮血。左手の指が赤で染まる。

 

 ロングソードが飛んで来た先に目を向ける。

 

「もう一度言うぞ、構えろ。その刃に何が出来て、何を相手にしているのか、その刃が何なのか、その全てを飲み込んで……構えろ」


 頬の痛みは、いつもの戦闘訓練の時の痛みより遥かに弱い。それでも深く深く痛いと感じる。

 今、僕が握っているものが何なのか。やっと認識する。

 これは人を殺す道具だ。僕の世界に、僕の日常とはかけ離れた、人を殺すために作られた武器。人を殺すために振るう武器。


 先ほどのワクワクなどどこかに行った。あるのは鉄など比にならないほど重い、何か。

 

 重い……怖い……苦しい……


 剣を握る手が震える。剣が持ち上がらない。


 

 そうだ、考えろ。理解しろ。お前が持とうとしているそれが何なのか。

 それを理解しなければ、それを理解せずにそれを振るえば、その重さに耐えられず、一生鎖に纏われ続ける。誰かさんのようにな……


 逃げるのも一つの手だ。……いや、その方がこいつにとっては幸せなのかもしれない。

 

 とどまれ、折れろ、逃げてしまえ。

 ここは逃げてしまった人間にも、呆れる程優しい奴らの集団だ。だからいいんだ、逃げてしまえ。その方が……


 まぁ、分かってはいたさ。ここ数ヶ月、何度も見てきた。だから分かっていたが……


「僕は……もう大丈夫です」


 震える右手を万力で押さえ込み、恐怖を飲み込み、決まった覚悟を曝け出す。

 怯えながらその紫紺の瞳はただ前だけを覗く。


 この短時間で、お前は飲み込めたのか……


「ははっ…………すごいな……」


 いつもとは違う心から絞り出したかの様な掠れた言葉が吐き出る。


 そのままアルマも剣を手を掛ける。


「はぁ……ふぅ……はぁ……」


 大丈夫、大丈夫だ。


 剣を手に取る。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」


 『アルマ!』『おい、聞いてんのか?アルマ』『どうした?アルマ』


 流れ出る夢の様な記憶。そして……


 『アルマぁ!!』『すまないな、アルマ』『早くいけ、アルマ』


 溶け落ち、汚れる地獄の現実トラウマ


「──ッ!!」


 即座に剣を手放す。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 手のひらを額に当て、座り込む。


「大丈夫ですか?」


 心配そうにそばに寄ってくるレンに正気を取り戻す。


「あぁ?あぁ。大丈夫だ。少し席を外す」

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だって言ってんだろ。お前は素振りでもしてろ。木剣と真剣じゃあ色々違うだろうしな」


 そういい飛び出す様にアルマは部屋を出る。向かう先は……


「だいぶ綺麗だな」


 屋上の花畑。シキに頼んで作らせてもらった場所。ここの管理は元々私がしていたが、ここ数ヶ月手が回らないからシェリー任せてあったが……


 花を愛でるようにゆっくりと花畑の真ん中に向かう。

 

 ……そして花々の真ん中で腰についてる短刀を抜き、首に突き刺す。

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