第二世界 プレパラシオン第一話 俺の名は①

 泣き崩れてぐちゃぐちゃの僕に、シキさんがそっとハンカチを渡してくれた。

 優しい目で、そっと寄り添うように膝を畳んで、僕に目線を合わせ、シキさんが僕に口を開く。


「じゃあ、行こう」

「……え?」


 唐突にシキさんは立ち上がり、腰から小さな正四角形の白い箱を取り出し、それを少し離れた地面に転がした。

 地面に投げ出された白い箱は、自立するように地面に立ち、そのまま四つに分かれた。

 分かれたした二つは横に広がり、上の二つは宙に浮く。そしてそれらをつなげるように白い光が灯った。

 光が形成された内側は、空間が歪んでいるかのように湾曲しており、先が何も見えないようになっている。


「えっと……どこに?」

「ん?私たちの家」


 当然の疑問を当たり前でしょっと言わんばかりに返答し、僕のことなどお構いないし、シキさんは僕の手を引き、その歪んだ空間──扉かもしれないもの──に引き摺り込もうとした。


「ちょっと待ってください!僕にも心の準備ってものがあるんです!!」

「私はそれを待っていられるほど暇じゃないの」


 抵抗虚しく、僕の全力ブレーキを軽々持ち上げ、シキさんは僕をその歪んだ空間に引き摺り込んだ。


******


「ほら、ついたよ」


 歪んだ空間に入る直前、僕は目を瞑っていた。なんでかって聞かれたら怖いからと僕は答えるが……

 

 シキさんの声に、一様の安全は確認し、僕にそっと瞳を開く。


「────ッ?」


 その光景は、案外拍子抜けだった。と言うのも、目の前に広がるのは少し日常空間感が強い社長室だった。

 社長室というのはあまり馴染みがないように思えるが、こういう形の社長室はよくアニメなどで目にすることがある。

 

 一室が白い壁で覆われてており、広さは縦長の十二畳。奥に、広い窓と木で作られた机、その机の下の空間に仕舞われている黒い椅子。左右には大きな本棚とクローゼット。あと沢山の収納。

 これだけ見るとただの社長室なのだが……なぜか、手前にでかでかと緑色のソファーが置いてある。さらにソファーの前にコタツまで……

 

 と、雰囲気をぶち壊すような品の数々に、未知による漠然とした恐怖はどこかに消えた。

 後ついでに言えば、帰ってきて早々とロングコートを椅子にかけるシキさんに……


 (クローゼット使ってないんだなぁ)


 と少し、残念な気持ちになった。

 

「じゃあレン。色々思うことはあると思うけど、とりあえず、ようこそファイカーズへ!!」


 本当に色々思うことはあるが、それでも目の前の未知に対するワクワクは、レンの心を踊られていく。


「えっと……で、僕は何をすれば?」

「そうだね。とりあえず座って。色々話さないといけないことがあるから」


 僕をソファーに座らせ、後ろからカラカラと黒い椅子を運び、シキさんは僕の前に座った。

 シキさんが、椅子を運んでいる姿を眺めている時、後ろにある窓の外に目がいった。


「…………ッ!!」


 形容し難い漠然としたもの。ただ一言言えるのは、僕の知り得ない何かだということ。

 まるで水中に、青色と赤色、紫の絵の具を流し込んだような景色。しかし、その色達の中にも無数の小さな光が内包されており、それは空というよりまるで宇宙の真ん中に居るような。

 歪んだような空模様に、建物などは無く、それどころか、地面すら見えることがない。あるのは一面の空のみ。

 だが、不思議と恐怖はない。それはこの混色の空が美しいと思えてしまうからなのか、はたまた、あたたかいと思えてしまうからなのか、もう僕にはわからない。


「シキさん、あれは?」

 

 形容し難い気持ちを抑え、僕は指を刺し、シキさんに聞く。


「ん?外だよ」


 素っ頓狂な回答に、僕の淡い期待がうちか砕かれる。


「いや、そのどういうやつなのかなぁって」

「どういうも何もないよ。レンは自分の世界の空について詳しく説明できるの?」

「それは……」

「そういうこと」


 確かにそうだ。急にこの世界の仕組み?とか成り立ち?とか聞かれても意味がわからないよな

 そっと僕が小さく反省したところでシキさんの話す体制が整った。


「じゃあとりあえず、この世界の仕組みや、あの空についても話そうか」


 スゥー、誰か彼女を僕に殴らせてください。

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