第一世界 リスタート第二話 普通の悲鳴
風呂、それは人類史における大発明である。
by蓮
そう思えるほどお風呂は心地よかった。体があったまると心まであったまってくるように感じる。
「風呂と結婚しようかな……」
お風呂を出るとまたマリさんとゲームをし、ボコボコにされて少し腹が立つ。その後夕食を食べまたマリさんにボコられる。
まぁ散々ではあるが、幸せだ。
「レン君そろそろ寝るぞ?」
「勝ち逃げですか?そんなもの世界が許しても僕が許しませんよ!!」
「まぁまぁ、そんなこと言って君私に一回も勝ててないじゃないか」
「何言ってるんですか?だから僕が最後に勝って、気持ちよく寝たいんじゃないですか」
「君って奴は気持ちいいほどのカスだな」
「それどでも……」
「褒めてないよ」
敷布団が
なぜ二つあるのかはあまり詮索しない。というよりしたくない。
ふかふかの布団に腰を下ろすとその包容力に意識が持っていかれそうになる。
布団を発明した人に伝えたい。あなたは神だと。
ここ数日、まともなとこで寝た記憶がない。だが、全て言えることはみな一様に硬かった。だからこそこの包容力にここまでのありがたみを感じる。
「ほらもう寝るよ」
吊り下げ照明の紐をひっぱり明かりを消す。
「おやすみ蓮くん」
「はい、おやすみなさいマリさん」
ふかふかの布団はここ数日ですり減ったものをゆっくりと温めてくれた。
……時刻は午前零時を回ろうとしていた。
目を覚ましたのは案外早かった。
床に着いてから二時間程、大型目覚まし高いにも引けを取らない大きな声で僕は目を覚ます。
まぁ、その声って言うのが悲鳴なんだよ。誰の悲鳴だと思う?答えは簡単だ。
「どうしたんですかマリさん!?」
悲鳴を上げたマリさんは震える足で僕とは反対の壁に寄りかかっている。その瞳は震え、尋常じゃない恐怖に襲われているこは確かだ。
助けになれるのなら助けになりたい。けれどそれは叶いそうにない。
だって彼女の震える目線の先には僕しかいないのだから。
「どうして……僕を見てそんなに怯えるんですか?マリさん」
「どうして?君は本気で言っているのか?」
その目は少し前にも見た。
「知らない人間が自分の隣で寝ていだら誰だった怯えもするだろう。……名前を知っているというおまけ付きなら尚更ね」
あぁ……やっぱり。
「そもそも君は誰なんだ!?どうして家の中にいる!?それにど…………」
疑問は疑問を……マリさんの問いかける全てが無尽蔵に湧き出る刃物のようだ。
「そう……ですよね。……さようなら」
逃げ去るようにその少年は外へと飛び出してしまった。
「なんだったんだ?」
別に悪さをする訳でもなく、すぐに出て行く。まぁ不法侵入してる時点であまり変わりはないか……それにしても……
「なんで……あの子はあんな目をしていたんだ?」
それだけが……心残りだ。
徐に冷蔵庫から缶ビールを取り出そうと扉を開ける。
「あ!!あいつ冷蔵庫の食材食べてる!?」
やはり、次見かけたら捕まえてやる。
******
舞台はまた例の公園。
「何回やるの?このくだり」
硬いベッドにという名の木の椅子に横たわる。
「はぁ……寝よ」
そうしてまた一日が終わった。
翌々日午後一時。
「人は欲望には抗えない」
これは決してポエムを口ずさんでいる訳ではない。ただ人は一度満足してしまうとまたそれを求めようとしてしまうのだ。
つまり、何が言いたいかというと……お腹が空いた。
木の椅子の上で横たわっていると足元の一本道から足音が聞こえてくる。
僕知ってる。これデジャブって奴だ。
少し幼児退行していることには目を瞑って欲しい。
しかし、本当に既視感を覚える。だってその足音は確実にこちらに迫ってきている。
「大丈夫?」
既視感は、どうやら声にまでついているらしい。
瞳には全く同じ双丘が映る。
「ははっ……まじか」
マリさんの瞳に怯えは無く、あるのは初めてあった時と同じ、全てを包み込む母性のみ。
「君、本当に大丈夫?」
どうやら顔に出ていたらしい。今の僕の心情が……
「大丈夫ですよ。それより初めまして僕は
何を弱気になっているんだ。いいじゃないか、もう一度初対面を体験出来るなんて。
……だって今の僕、すごく物語の主人公みたいなんだから。
もう一度、家にお邪魔して、もう一度ご飯を食べた。
もう一度ゲームをして、もう一度マリさんを知った。
もう一度お風呂に入って、もう一度布団に入った。
もう一度幸せを噛み締めて……
そしてもう一度……怯えられた。
「おはよう硬い僕のベッド」
時刻は午後一時を回っている。
そしてもう一度……
「大丈夫?」
…………
どうやらこの現象は午前と午後の零時に起こるらしい。
例えば午後に知り合った人がいても午前零時を過ぎると記憶が無くなる。
そして午後零時を過ぎると今度は知らない不審者と出会った記憶が消える。
そしてこの際、記憶と同時に世界も僕の痕跡を消している。
例えば、午後僕がどこの家の配置を変えたとしよう。それは午前零時を過ぎると元の位置に戻っている。
さらに物理的にこの現象を止めることはできない。
しかし、僕が消費した食べ物に関してはこの現象の対象にはならない。つまり元には戻らない。
マリさんがこの期間何度も買い物に言っているのはこのためだ。
そして最後に、これは世界が巻き戻っている訳ではなく、僕の痕跡を修正しているだけだ。
つまり、僕がどんな怪我をしようが戻ったりはしない。
……どうしてこんなことが分かるのかって?
ふふっ……それは…………試したからさ。何度も何度も。
「大丈夫?」
「初めまして」
「幸せだ」
悲鳴が聞こえる
「大丈夫?」
「初めまして」
「幸せだ」
悲鳴が聞こえる
「大丈夫?」
「初めまして」
「幸せだ」
悲鳴が聞こえる
「大丈夫?」 大丈夫じゃないよ
「初めまして」
「幸せだ」
悲鳴が聞こえる
「大丈夫?」
「初めまして」 初対面ってどんなだっけ……
「幸せだ」
悲鳴が聞こえる
「大丈夫?」
「初めまして」
「幸せだ」 本当に?
悲鳴が聞こえる
「大丈夫?」
「初めまして」
「幸せだ」
悲鳴が聞こえる もう聞きたくない
「大丈夫?」 もう心配しないでくれ
「初めまして」 もう知り合いたくない
「幸せだ」 幸せって何?
悲鳴が聞こえる …………
「大丈夫?」 …………
「初めまして」 …………
「幸せだ」 …………
悲鳴が聞こえる …………
………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………
どんな時でも諦めずに走り続ける。それは必ずしも正解な訳ではない。むしろ殆どの場合、それは自身を蝕む毒にしかならない。
どんな時でも走り続ける。それが蓮の
蓮は確かに
苦しみながら走り続け、光のない暗闇でただ回っているだけ。哀れで無意味な逃走。
行き先の無い暴走列車はついにその燃料の底を尽き、その足を止める。
止まるな……足を止めるな……いいじゃないかこれぐらい。
だって……今の僕は物語の主人公みたいじゃないか……だって……
手のひらに数的の雨粒が落ちる。小さな水面は自身の顔を映し出す。
……あれ?……僕の
ふと頭の中をよぎるその言葉が……蓮の火種を完全に消し去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます