第一世界 リスタート
ボロボロの看板横倒れ、割れている照明。人気のない寂れた商店街を、一人が軽快に闊歩する。
「ははっ!」
どうしようもなく笑いが込み上げる。ただ歩いているだけで愉快になる。
天気がいい、気分がいい。不器用なステップでくるくる回る。
あぁなんて心地がいい。
有り合わせの服を見に纏い、着ていた制服はどこかに捨てた。
その軽快な足は迷いなどなく、ただある場所を目指す。
商店街を抜け、目の前に広がる光景に懐かしささえ覚えてしまう。
空気を目一杯取り込み、軽快に橋に進む。そして一切の迷いなく手すりに登った。
「うわ、高っか」
手すりの上に立ち辺りを見渡すと、かなりの高さだ。そしてかなり揺れる。足元に広がる大きな川がまたさらに迫力をましてくる。
ここに立って初めて理解する。なぜ人がここに立つのか。それはここが救いだからだ。
もし目の前に広がる道が、針まみれだったり、燃え盛っていたり、いきすらできなかったり、そんな死よりも苦痛な道ならば、君はどうする?
そうさ、進めないんだ。進めない。
でも、みんな平等に進んで行ってしまうから自分もまた進まなければいけない。
だから僕たちはここに立つ。だから僕たちはここに進む。
だから僕は一歩、足を踏み出す。
一歩踏み出せば……目の前の光景と格闘していると……
コツ、コツ、と橋の反対側から誰かの足音が聞こえた。
意識は逸れ、僕はその後の先に目を向ける。
「久しぶり、レン」
前と変わらぬ姿で、前と変わらぬ態度で、彼女は僕に声をかけた。
「久しぶりですね、シキさん」
動揺のない僕の態度に、逆にシキさんが戸惑った。
「いや、流石にわかりますよ。この現象に少なからず貴方が関わっていて、僕のことを覚えていることくらい」
「いや、まぁ……そっか」
少し沈黙が続く。
「そういえば、シキさんは最近どうですか?」
この空気に耐えきれず、頭から話題を捻り出す。
「んー、私はぼちぼちかな。二、三個、世界を回ったくらい?」
だめだ、内容が高度すぎてなんも話広げられない。
「レンは最近……ごめんなんでもない」
…………
「シキさん、僕の話を聞いてくれませんか?」
シキさんはコクリと静かに頷き、聞く体制に入ってくれた。
スッと手すりから降り、右手を手すりに掛けシキさんに目を向ける。
「僕、前ここで姫野……あの泥の化け物に取り込まれてた子を止めたことがあったんですよ」
まだ右手にあの時の感触を覚えている。
「ただ橋から飛び降りようとする人影を見て、何も考えず、身勝手に体が動いてそれを止めた。傲慢に手を引っ張ってそれを止めた。」
今考えたらとても…………吐き気がする。
「ほんっと愚かですよね。ここに立つ人間が、何を考えてここに立っているのか理解もしないで!ここは、もう進めない人が救われる、唯一の道だというのに!!それをただ自己満足のためだけに止めて!!」
ここに立つことでやっと理解した。
「僕は最悪のにん……」
「でも、姫野さんは進んでいるよ」
静かに遮るシキの言葉に少し詰まる
「……姫野は違いますよ。あの人は強いから。あの人は立ち上がれる力を持っていた。僕が止めなくてもいつか何かのきっかけがあれば一人で立ち上がれますよ」
「でも、そのきっかけを作ったのはレンだ」
「だから僕じゃなくても……」
「でも今彼女が立っているのは君が……」
「なんですか!!何が言いたいんですかあなたは!!僕が姫野を救ったとでも言いたいんですか!?」
話を遮り、自身の不安や心に巣くっていた諸々を合わせてシキさんにぶつけた。
……だと言うのに、シキさんの目はまだまっすぐ僕を見てくれている。
「レン、さっき言ったね。姫野さんには立ち上がる力があるって。じゃあその力ってなんだと思う?」
「……心の強さ?」
「いや、もっとチープな物だよ。ちっぽけで、すぐにかき消されてしまう弱い弱いそれを、人は、『勇気』と呼んでいる」
「勇気で人が立ち上がれるとでも?」
「ふふ、じゃあ勇気ってどうやって手に入れると思う?」
勇気を手に入れる?その言葉が引っかかる。
「……湧き上がる物なんじゃないんですか?」
「ふふ、違うよ。勇気とは人にもらうことで初めて手に入れることが出来るんだ。」
青い空がだんだん苦しくなっていくのを感じる。でもそれ以上に、この人の瞳に目をそらせそうにない。
「だからさ……レン。君にその身勝手な行動が、傲慢な行動が、姫野さんに勇気を与え、助けたんだ。……君が救ったんだよ」
………………
心の底にあった、一番重い鉛を溶かされた気分だ。
ははっ、そっか。僕が姫野さんを救ったんだな。そっか、そっか。良かった。
……だからなんだよ。それを知ったところで僕に立ち上がる力なんて無いんだよもう。僕はもう進めないんだ。
……だってもう、何をすればいいかすらわからない。そもそも、僕が進める道はなんてものはもう一つもない。もう一つも無いんだよ。
どうしようもない、ただをこねる子供のように。僕はその場にかがみ込み、うずくまる。
「レン、人を救え」
「──は?」
心の底の疑問符が、口から飛び出した。
「レン、人を救う人ってどんな人だと思う?」
「えっと……自己犠牲の精神が高い人?」
「うぅん、まぁそれも間違ってはないんだけど……余裕がある人だよ。なんでもいいお金でも地位でも心でも、そう言う余裕がある人が人に手を差し伸べられるんだ。」
「……そんな人いますか?」
「そう、そこなんだよ。いないんだ。そうそう余裕のある人なんて。この世界も、他の違う世界の人も。」
ゆっくりとこちらに歩き、僕に指を刺す。
「そこでレン、君の出番だ。大抵みんな余裕がない。だから君が、余裕のない君が苦しみながら誰かを助け、救うんだ。すると、君に助けられ、救われた誰かに余裕ができる。そしたらその余裕のできた誰かが、また誰かを助け、救ってくれるかもしれない。またその余裕のできた誰かが、誰かを助け、救う。そんな救いの連鎖がいつか君の元に届く、かもしれない。……これってとても素敵だと思わない?」
「そんな綺麗事……できるわけが……」
「はじめの一歩は誰だって重い。……けど君はすでに一歩進んだじゃない。君はあの時、泥の化け物に私が襲われた時。あの時の君に余裕なんてこれっぽっちもなかった。けど君は、それでも君は、震える足で、怯えた声で私を助けに来てくれてたじゃない。」
「……違う……違う、それは……」
「君ならできるよ。私が証明する。私は見た。私に頼ることしかできなかった少年が、逃げることしかできなかった少年が……立ち上がる姿を、走り出す姿を何かをしてあげたいと、願い……カッコつける君を。」
やめてくれ、やめてくれ、僕はもう立たないんだ。走れないんだ。だって僕は主人公じゃ……
「誰よりも主人公みたいな君を!!」
「────ッ!!」
こぼれ落ちる心が前を覆い隠して何も見えない。力が抜けて座り込んでしまう。震える体が情けなくなってしまう。
突拍子もない、現実味がない、壮大すぎる、夢物語だ。
誰がこんなアホみたいなこと思いつくんだ。あぁ、シキさんか。
こんなアホみたいな理想論に気圧されるバカはどこのどいつだ……ははっ、僕だな。
シキさんの言葉は心の芯に届く。心の底を温めてくれる。熱してくれる。燃やしてくれる。
「ねぇ、レン。一緒に来ない?君を助け、救ってくれる『誰か』を救う旅をしない?」
世界がぼやけて見えてしまう。近くで雨が降ってきているのかもしれない。
けど、そんなことを掻き消すくらいに、差し伸べられた手は大きくて、太陽のように暖かい。
もし、僕の前に無数の道があったとしても、多分、僕の選択は変わらないと思う。だってそれぐらいこの道が輝いて見える。それぐらいこの道がいいと思った。
この選択が良いか悪いのかはわからない。でも、僕は初めて一歩を踏み出せた気がする。
迷わず僕は、差し伸べられた手を掴んだ。
これは、僕を救ってくれる『誰か』を救うための物語だ。
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