第二世界 プレパラシオン第二話 死にたがり⑥
またいつものように朝が来る。いつもの様に最低なモーニングルーティンをおえ、いつもよりも重い足を訓練場に運ぶ。
あんなとこ見られて、私はどんな顔して会えばいいんだ。
刻一刻と迫る気まずい会合に、少しでも和らぐような言い訳を模索する。しかし、良いアイデアが浮かぶより先に、訓練場の扉の前に着いてしまった。
深く呼吸をする。せめて私だけは笑顔で。そんな思いを胸に、空元気で扉を開ける。
「レン、おはよ……」
か細い挨拶は、白亜の空間を通り過ぎる。目の前に広がるがらんの訓練場。
まぁ……そうだよな。
一人、訓練場の真ん中でアルマは留まり続ける。
しかし、十分、二十分経っても人が来る様子ははない。そしてそのまま、レンが訓練場に訪れることはなかった。
アルマも、レンを呼びに行くことは無かった。
次の日も、その次の日も、レンが訓練場に来ることはなく、アルマもただ訓練場で待っているだけだった。
六畳程の部屋。質素なコンクリートが部屋を隔てている。
中には一人暮らしには少しでかいシングルベッド。それと毛布が一枚。それだけ。
何もない部屋にポツンと置かれた白いベットは少し寂しく感じる。
今の僕ならミニマリスに肩を張れるだろう。
部屋にある唯一の家具に寝っ転がり、布団にくるまる。
その姿は年相応、いやそれよりも少し幼く見えるほどにわかりやすい。
(今日も行かなかったな)
特にそれらしい理由もない。ただ、足が動かなくなった。
強いてあげるなら、どんな顔をして会えばいいのか、わからなくなったことだろう。
本当にそれぐらいの、自分でもわからないようなモヤモヤが、僕をここに留まらせている。
「どうすればいいんだろ……」
「何が?」
そっと口から漏れてしまった。自身が何を…………?
帰ってくるはずのない所から返事が返ってきた。
覆い被っている布団からこっそりと声の主に目を向ける。
「何でいるんですか!?シキさん!?」
当たり前かのように、シキさんがベットの端に腰を掛けてこちらを覗いている。
「何でって……レンが引き篭ったから」
「引き篭ってませんよ!……じゃなくて鍵閉めてましたよね?」
その言葉にシキは不敵な笑みを浮かべ、腰から金属製の何かを取り出す。
「うん、だからこれで入った」
「……一応聞きますけど、それなんですか?」
「ん?マスターキー。私管理者だから」
……一番持たせちゃいけないものを一番持たせちゃいけない人に持たせてる。今度、シェリーさんに抗議しとこう。
「そんなことより、どうしたの?」
「そんなことって……いやまぁ、なんかわかんなくなっちゃって」
「アルマのこと?」
「──ッ!?」
人が少しぼかして遠ざけようとした話の核心を一発で当たる。こういう時のシキさんには、多分僕は一生敵わない。
「わかるよ。てか、レンアルマの話盗み聞きしてたでしょ?」
「バレてましたか」
あの日、アルマの過去を知った日。ただ僕は唖然とした。
ただ痛感したんだ。比喩でも何でもなく、僕とアルマは住む世界が違う。自分の境遇の差に、アルマの過去の傷に、僕はただ聞くことしか出来なかった。
別に僕が何か出来るなんて思ってない。けど、少しくらい気の利いた言葉を伝えてたいって思っただけだ。
そう。思っただけで、僕がアルマに伝えられる言葉なんて一つもなかった。
だから、僕はアルマに会えない。あっても多分、アルマの傷に塩を塗るだけだ。
それだったらアルマに会わない方がいい。
「僕は、アルマに会うのが怖い」
「どうして?」
「多分、今アルマに会ったら、僕はアルマを傷つけてしまう」
「それは会ってみないとわかんないわじゃない?」
「わかりますよ、それぐらい」
「ふふっ」
唐突にシキさんは微笑む。人が真剣に悩んでるというのに。
「何がおかしいんですか?」
「いやちょっとね。レンは臆病なんだね」
唐突に悪口を言われるこの状況に、いつもなら少し悪態をつくレンも、今だけはシキの言葉に、耳を傾ける。
なぜならシキさんはこういう時、いつも真剣だから。
「レンはさ、アルマを傷つけたくないんだよね。だからアルマを避ける。でもさ、それじゃあ傷つけてるのと変わらないんじゃない?」
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「傷つける勇気を持つこと。踏み込んで踏み込んで、もしかしたらその際で取り返しのつかない事になるかも知れない。それでも変わろうと踏み込む勇気」
もし、踏み込んで離れてしまったら。そんな悪い妄想ばかりが浮かび上がる。これが臆病だというのなら、僕はこのままでもいいと思う。
……と、数ヶ月前の僕なら考えていただろう。
「僕の言葉を、アルマが素直に聞くとはおもわないですけど……」
「ぶつからなきゃ伝わらない事だってきっとあるよ」
思えば、アルマの話を聞いた後。アルマに聞きたいこと、言いたいことが、沢山あった。
もし、大惨事になったら……その時考えよう。今はただ、全力でこの思いをぶつけてやる。
思いはここに固まった。
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