第一世界 リスタート第一話 淡い日常

 終業のチャイムが響き渡り、あたりの生徒は帰り支度をする。もちろん帰り支度なんて五時間目には終わらせている僕は、皆がいそいそと荷物をまとめている中、悠々と教室から出る。

 

 人から見れば、少し急ぎ足に見えるかもしれない。これは決して晴人が彼女とイチャイチャしているところを見たくないから早く出ているわけではない。

 

 僕にだって用事くらいある。階段と廊下の肩が壁に削られるくらいのインコースを通り、ほぼ最速で下駄箱に到着する。流れるようにに外履きを取り上履きを放り投げ、下駄箱の扉を閉める。うん、完璧だ。

 

 外に出る前に、僕よりも早く下校している先駆者達を掻い潜り、校門にもたれかかってるいる女の子に目をやる。

 

 この学校では珍しい漆黒の髪、それが腰の高さまで伸びている。こじんまりとした背丈と顔はまるで幼子とおもわせるよう。

 高校という場においてその体型は少し場違い感もあり、制服に至っては着てるというより着させられてるの方と言った方が近い。

 けれど、つぶらな瞳には透き通るような緑がかかっており、その容姿は幼い印象を与えはするが、同時に美しさも感じられる。

 

 首にかかっているリボンが僕の青と違い、赤色であることから彼女は一年生であることがわかる。

 その緑色の瞳は、校門にもたれかかりながらもキョロキョロと辺りを見渡している。どうやら人を探しているらしい。

 

 そして次の瞬間、彼女と僕の紫紺の瞳がバッチリと合う。目があった彼女はそのまるい頬を引き上がらせ、ニコニコと駆け寄ってきた。


「蓮さんー!」


 そう、さっき連絡をくれた人物というのがこの子なのだ。

 彼女は姫野姫野美里みり。最近この学校に転校してきた子で、色々あって友達になった子。今日もある件の相談のために一緒に帰ることになった。


「こんにちは。今日はご機嫌だね、なんかあったの?」

「はい!新しい友達ができました!」

「そう、よかったね」


 姫野さんがどんな話でも笑ってくれて、それにつられて僕のも顔がにやける。

 たわいもない会話。帰りながら話す内容は、これくらいくだらない方がいい。これくらい平和な方がいい。


 

 姫野さんと初めてあったのは今から四ヶ月ほど前、まだ彼女が前の学校にいた頃だ。


 ******


 濃い灰色の雲に覆われ薄暗く、降り注ぐ雨は一寸先をも見ずらくする。傘を叩く轟音は人の思考を鈍らせ、足取りを重くする。

 雨は人の心を弱くする。一時的にあたりの見えない閉鎖空間を作り、絶え間のない雨音で心を揺さぶり、人の体温を吸収する。まさに水の化け物だ。

 

 皆が寄り道もせず自宅へと急ぐ中、ある少年はチャプチャプと音を鳴らし、傘を回転させ陽気に歩いている。

 果たしてその紫紺の瞳は何を思っているのだろうか?

 

(雨の中、悠々と歩く僕。すごい主人公っぽくない!?)


 帰りの時間。皆が雨の中帰るのを躊躇っている中、彼は我先にと教室を飛び出し駆けていく。その姿はまさに勇者であり、皆に勇気を与える。

 当の本人はそんな事、梅雨知らず。今もなお雨に御執心だ。それはもう……いつもの帰り道を間違えるほどに。

 

「えっ、ここどこ?」


 まるまる一時間ほど雨に意識を奪われ、やっとのことで目を覚ますと、辺りには知らない光景が広がっている。

 

 小さな商店街の出口。あたりに人影はなく、近くの街灯は切れかかっている。

 雨音でほとんど機能しない耳を澄ませば、より大きな水の流れる音がする。

 雨で周囲が見れないせいか、少々不気味に見えるその場所に、さっさとこの場を離れたくなった蓮は、あまり機能しない耳を頼りに大きな水の流れる方へと向かった。


 商店街を抜け見渡せば、音の正体が明らかになる。……大きな川だ。それもこの雨のせいかかなり荒々しく波打つ。

 目の前に広がるのは、そこを渡るために作られた大きな橋。


 後から知るが、ここはある界隈で有名なスポットらしい。……多分、皆んなが想像している通りだよ。

 

 流石の僕も、この雰囲気に飲まれて少し怖くなってしまい、さっさと家に帰ろうと早足でその橋を渡ろうとした。

 しかし、橋を半分くらい過ぎたところで、僕はある物を目撃する。


 人影だ。その人影に傘を刺してる様子はなく、ひどく脱力しているようだった。それがどんなる人なのか判断できる視界ではなかったが、何をしようとしているのかはなんとなくわかった。

 

 次の瞬間、何を思うか僕は駆け出していた。何かを感じ取ったのか、はたまた何かに掻き立たれたのから、自分でもあまりよくわからない。

 

 そして、それに連動するかのように人影もまた橋の手摺に登り、前に一歩踏み出して行った。


(っ──!!)


 傘は手から離れ、服はすぐに豪雨を浴び、手に持っていたカバンなんかはどこかに消えた。

 それでも、落ちる人影の手は拾えていた。

 

 握られたそれは恐ろしく華奢な腕、ずぶ濡れになっている黒髪で顔は見えず、ただチラリと見えたその緑色の瞳は、ひどく霞んでおり、光が灯っていなかった。まるで世界に絶望しているかのように。


 その少女は、僕が手を掴んでいると理解すると酷く暴れた。その華奢な体を大きく揺らしたり、反対側の手で僕の右手を叩いたり……


「ちょっ、痛い痛い。やめて」

「じゃあ!さっさと離してください!」


 怒号にも関わらず耳に届くのは掠れた声。その声でやっと目の前の子が女の子だと気づく。


「ちょっとそれはできない」

「なんで!」

「……流石に目の前で死なれては」

「意味わかんない!なんなんですか貴方は!早く、早く……」


 自分でもよくわからないんだから、なんでと言われても……咄嗟の行動に理由を求められてもと永遠に主張する蓮を前に、その少女は泣き出してしまった。


「なんで、なんで……」

「待って待って、泣かないでよ」


 宙吊りにで泣き始める彼女に、流石の変人も罪悪感を覚えたららしい。「一回引っ張り上げるよ」と彼女を手摺の内側まで運び、飛んでいった傘を拾い上げ彼女に刺さす。

 

 ひどく震える彼女は下を向きながら啜り泣く。顔の血色は悪く、寒さのせいか──もしかしたら僕のせいかもしれない──ひどく震えている。


「とりあえず、落ち着ける場所行こう?」


 この土砂降りの中、ここに長居すれば本当に危険かもしれない。

 すぐさま屋根のある場所を探すが、どこの店も空いていない。というより店自体がない。ほとんどが廃ビルかやっていない惣菜屋。

 

(近くに屋根のある場所といったら……あれしかないか)


 僕は渋々、目についた屋根のある公園に彼女を運んだ。

 放り投げたカバンの中のまだ濡れていないタオルを彼女の渡そうとするが拒んで受け取らない。その上こちらを見る緑の瞳はかなり警戒していた。

 仕方なく、大きくタオルを広げふわっと乗せるように頭に被せ、抵抗される前に話をし始める。


「どうして、なんであんなことしようとしてたの?」


 さっきよりかは少し落ち着いているようなのでバッサリと聞いてはみたが、またオロオロと泣き出してしまい話が進まなかった。

 

「……」 


どうしたものかと頭を悩ませると、昔晴人言われた言葉を思い出す。


「はぁ?女の子を笑わせる方法?そんなん、お前の自己紹介でも話せば一発だろ」


 晴人は信用してないが、彼女持ちという称号は無視できない。……やってみるか。


「あぁ、そうだった。名前!僕の名前はれん好きなことは物語を見る事。夢は主人公になる事!その為に日々主人公っぽいことは手当たり次第やってるんだ!君は?」

  

 泣き崩れていたはずの彼女の顔は……普通にまじかこいつみたいな顔になってた。頬は引き攣り、絶望していた目は人を憐れむような目に。


「え、待って。なんで哀れむ目で僕を見るの?僕そんな可哀想な奴に見えるの!?」


 やはり晴人を信用するべきではなかった。


 くそ、どうしよう。この子中で僕の好感度メーターが地に落ちて行くのを感じる。……っと思っていたが、なぜか彼女はクスクスと笑みをこぼし始めた。

 

「はい、初めまして。私は姫野ひめの姫野ひめの美里みりと言います」


 えっと、なんで笑っているの?この子。今のでよかったの?なんで?僕もうわかんんないよ女の子。

 

 心の内で晴人を殴るべきか褒めるべきかの葛藤の中、姫野さんは自己紹介をしてくれた。


 

 これが姫野さんとの出会い。え?なんで彼女が死のうとしてたのかだって?そんなの聞くまでもなくわかるだろう。

 子供が死のうとする理由は大体限られている。一つ家庭内の事情。二ついじめ。三つ全てを失った時。

 

 姫野さんの場合はいじめだったらしい。というのも結構ありがちなやつで、もともとクラスのボスみたいな女の子がある先輩を好きだったらしい。で、その男の子は姫野さんに気が合って……ね、ありがちでしょ?


 人が死ななくなる理由の中で、いじめは一番解決方法が楽なものだ。ちょつとコツはいるが、ボイスレコーダーや小型カメラを使えば簡単に証拠が集まり、それらを使うと簡単に訴えることができるからだ。

 

 まぁ僕の好きな物語の受け売りなんだけど。っとまぁ晴人や他の人にも協力してもらい、無事解決。裁判も終わり、高校もうちに転校し、晴れてこの事件は幕を閉じた。


 血色の良くなった白い肌は満面の笑みをはらみ、軽やかな足取りはまるで子供のように楽しげで、そんな姿を見ると改めて僕は凄いことをしたんじゃないかと顔の力が抜ける。


「どうしたんですか?」

「んー?なんも」


 顔の緩む僕はこの時、彼女の首元のチラリと輝く、真新しい銀色のチェーンに気が付かなかった。

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