第二世界 リスタート第一話 教育実習生

「……ん!……ん!…………レン!!」



 朦朧とした意識の中で突っ伏している右肩を揺らされる。

 起こそうとしてくれているのは、きっとヒロイン的美少女だろう。そんな淡い期待を胸に、僕は少しずつ意思を取り戻す。

 


 意識ははっきりしているが、まだ体を起こさない。これは決して僕を起こしているのが、男の声だからではない。違うよ?違うからね!?

 

 もしかしたら手持ち扇風機ならぬ、手持ちボイスチェンジャーなるものを使って美少女が僕を起こしてくれているかもしれない。そんな可能性から目を背けるほど僕はバカじゃない。


 なぜ、僕が体を起こさないのか。それはこの男の声にとても聞き覚えのあるからだ。体は起こさず、チラリと流し目で声の主に目を向ける。


 やっぱりそうだ。目の前にいる、いかにもモテそうな高身長の黒髪のイケメン。

 こいつは鈴谷すずたに晴人はると。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群、プラス彼女持ち。……っとまぁ主人公適正で言えば役満の男。

 

 去年同じクラスだった僕は、普通にむかついたので喧嘩を売ったのだが……いい奴すぎて喧嘩にならなかった。むしろ気があってしまって今では一番会話してある友人だ。

 いや、やっぱ悪友にしといてくれ。なんかムカつくから。

 


(面のいいやつは大体性格もいいのなんでだろ……神はアホなのか?)



 妄想に耽っていると、晴人とバッチリと目が合ってしまった。



「おい、蓮」

「……はい」



 晴人の声色はそれはもうキレていて、即座に椅子の上で正座した。しかし目線は晴人の膝あたりにやった。怖いので。



「お前さ、寝るなとは言わないよ?言わないけどさ、なんで俺の席で寝るんだよ!!」



 そう。この席じゃない僕の席では無い。僕の席はここの一個前の窓側末席の一個前。言うなれば主人公ニアピン席だ。

 

 でも、おかしいだろ!なんで、こんな完璧な奴が、僕から主人公席まで奪おうとするんだ!……と言う事で、悔しいからもう一回寝ます。


 体制を元に戻し、再び机に突っ伏そうとする蓮を前に、半分呆れながら晴人は蓮の首根っこを掴み、一個前の蓮の席に放り投げた。



「あの……もう少し丁寧に扱って欲しいんだけど」

「丁寧に扱われる努力をしろ」



 晴人の正論パンチに取り繕うように鼻を鳴らし、紫紺の瞳に涙を貯め、不貞腐れるよに机に突っ伏した。

 

 蓮の完全敗北だ。


 教室に予鈴が響き渡り、他の生徒も席に着く。同時に担任が教室に入り、少し空気が切り替わる。

 どうせいつものように出席確認とお知らせか何かをして帰るのだろうと、目を瞑り聞き流していると異変が起きた。

 

 教室がざわめき出したのだ。当然僕は担任の話など聞いてるわけもなく……


(なんで騒がしくなってるんだ?)


 あたりの騒がしさ、この時期に来るお知らせ、何より!男子のこの盛り上がり様!!可能性は一つ。

 この問いに、僕のスーパーコンピュータが叩き出した答えは……


(美少女転校生がくる!?)


 興奮冷めやらぬ中、確証を求め辺りに耳を澄ます。聞こえてくるのは……『教育実習生』と言う言葉だった。

 

 迸る期待はあえなく散った。なぜって?だってそうだろう。

 どこの世界に教育実習生との恋愛物語などあるんだ。そんなものがこの世にあるなら持ってこい!僕が作者ぶん殴ってやる。

 

 荒ぶる蓮は「もういいよ」と嘆くように目を閉じてふて寝した。


 

 再び違和感を感じたのはその少し後。


 妙に寝やすいのだ。と言うより心地がいい。ドアを開ける音を最後に……


 

 ……あぁ、そうか。静かなんだ。

 

 ガヤガヤと教室の前で話している人たち、横でヒソヒソと話す人たち、少し長い距離にも関わらず話す人たち。人々の話し声からその人達が起こす雑音までも、その全てが消失している。

 

 まるで、もうこの教室には誰もいないかのように……


 この違和感に対する知的好奇心が、重かったはずの体を上げ、前に視線を向ける。……そして理解する。この違和感の正体に。


 教壇に立っているのは一人の女性。背は多分僕より高い。そのしなやかな肢体は、目算で百七十五センチは超えてるだろう。

 

 でも、その背丈より先に、その瞳が僕の目を釘付けにして離さない。

 黄色い瞳、黄金のような瞳、琥珀の様に澄んでいて、トパーズのように輝く瞳。人を惹きつける瞳。どこを見ても目が合うような瞳。安心感をくれる瞳。ただ人を圧倒する瞳。

 

 音が消えるのも納得だ。だだ言葉が出ないんだ。その瞳にみそめられた瞬間、心臓が握られるように萎縮する。


 ただ、綺麗だ。

 

 脇の下に届くような長すぎない白髪。だが、インナーには飲み込むような漆黒が入っており、それが襟足の方まで流れている。

 華奢にも見えるその体にはしっかりとした凹凸があり、見上げるその顔はまさに、違う世界の住人のよう。


 誰もが息を呑む。この瞳が、この顔が、何をするのかを。今か今かとその口が開かれるのを待つ人々を前に…今、その時がくる。

 

 

 ……多分、僕はこの時が一番幸せだったと思う。



「初めまして!四季シキです!よろしく!気軽に四季先生って呼んでね」


 ……少し教育実習生にしては砕けた話し方だなと、少し親しみやすさを覚える程度の疑念。けれど、蓮は少し嫌な予感を感じ取った。

 そんな事などお構いなしに四季が話し始める。



「みんなは先生ってどう言うものだと思う?私はね……可能性を潰す悪魔だと思ってるよ」


 ……おっと??


 どうやらみんなも感じ取ったようだ。教室の空気がどよめき始め、後ろにいる担任の顔色がだんだん青ざめていく。


「人は可能性の塊だ。何にだってなれるし、なんだってやれる。なのに先生と言うものは……先生というものは……!!」


 面のいい人の威圧はとんでもないと聞くが、それがこんだけの美人ならば、それはどうなってしまうのだろう。

 鬼気迫るその眼差しで、四季は語る。呼応するように皆、前のめりになりながら耳を傾ける。


「私の夢である、首元をトンとやるだけで気絶させる技を……私の先生は、あれはフィクションだからできないとか、本当にやったら暴力だからだめだとか……」


 ん?


「他にも、欲しいものを好きなだけ手に入れては行けないとか、倫理が何たらかんたらと……」


 それからも四季先生の文句は続き、次第にみんな呆れはて聞き流していた。

 

 約二十分に渡る四季先生の話を要約すると、「先生は私のやりたいことを否定するから嫌いだ!!」らしい。

 あなたの後ろにその教師がいるにも関わらず……

 

 四季先生の話に熱が入るたび、生徒の中の四季先生の株が下がり、比例して担任の先生のお怒りメーターがぐんぐん上がっていく。皆、呆れより心配が勝つほどに。

 

 案の定、担任のお怒りメーターが爆発。話途中の四季先生の襟をひっぱり、廊下を引きずりながら校長室に姿を消していった。


 ……後で聞いたが、それから校長室に連れてかれ、二時間ほど説教を喰らっていたらしい。


 静まり返った教室で、生徒たちは心の中で皆一同に声を合わせる。


(((なんだったんだ今の?)))

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