第32話 商人。
「半額セール、でございますか?」
「ええセバス。まずはエリカティーナが大量に抱える不良在庫を処分しましょう。ドレスにしても日常使いの服にしても、もちろん下着や帽子なんかもそう。生地が傷んだり虫がくってからじゃぁ遅いもの。それに。ああいうものには流行があるのよ。廃れたデザインのものをいつまでも高値で飾っておいても買い手なんかつかないわ」
「しかしそれでは懇意にしてくれたデザイナーの方々の顔を潰すことになるのでは……」
「そうね。せっかくうちだけに、ってデザインして縫製してくれた繊維街の職人さんたちも、いきなり投げ売りされるのは気分が悪いでしょうね。だからね、今回は目玉になる新商品を発注して、その宣伝のために過去の商品をセールで売りますって交渉してほしいの。今のうちの現状も少しくらいなら交渉材料にしてもいいわ。服飾ブランドエリカティーナが生き残れるかの瀬戸際だって、泣き落としもたまには有効よ」
わたくしの言葉に目を丸くするセバス。以前ならこうした交渉ごとはわたくしが直接出向くかマクギリウスに行ってもらっていた。
だからまさか貴族の家の人間が工房の職人に泣き落としで交渉するなど、考えもしなかったのだろう。
「しかしアリーシア様」
「ねえセバス? あなたは今、貴族家の執事じゃないの。新興商会であるアリリウス商会の表向きの代表、支配人なのよ? アリリウス商会は別に貴族家の商会って名のっているわけじゃない。それこそ周囲にはグラブル商会の分家くらいに思われているわ。だからね、いい加減貴族の常識は脱ぎ捨ててくれない? そんな身分に囚われていたら本物の商人と交渉事なんかできないわよ?」
これは、本当に大事なことだと思うこと。
貴族で商人、っていう存在はかなり異例だ。
商人っていうのはそもそも生産者でもなく加工で生計を立てる工でもなく、何も生み出さない人たち。役人でもなく騎士や兵士のように国家に尽くす存在でもない。
それこそ国境を越え取引し、いわば国家にとらわれない根無草な存在であったものがルーツでもあった。
だからかな。彼らには国家からは無視され続けてきた歴史もある。
市民権ひとつとっても、農民や職人には生まれながらに普通に与えられるものが彼らには無く。
それを取得する為に多額の金銭を寄進させられるのも当たり前。
ブラウド様のように功をたて貴族に叙爵された商人が過去に居なかったわけじゃないけれど、それでもそれはとっても稀な事例だった。
過去には、とてもあからさまな差別政策を採る王様もいたって聞いている。
そう言う意味でも昔ながらの貴族の中には彼らを平民よりも一段下に見て差別意識を持っている人もいる。
だからこそ逆に、商人のそれも商会の会頭クラスの方達の中にはそんな身分制度そのものに否定的な方も多かった。
貴族、とか、平民、とか、そんな身分に頓着せず、能力のある者を重視する。重用する。
そういう風土が彼ら商人の中には当たり前にあったのだ。
そんな彼らと交渉するのに貴族だなんて意識は邪魔。
マーカスお祖父様は王弟ではあったけれど、ブラウド様に心酔し彼との交友を通じて国家には経済的な意味での繁栄も必要だって意識に至ったっておっしゃってた。
その為には性別や身分によらない教育が必要だとも。
セバスにも、意識を変えてもらわなきゃ。
じゃなきゃこの先困るもの。
「わかりました。アリーシア様。このセバス、意識を変えるよう努力したいとおもいます」
「そうね。わかってくれればいいわ。じゃぁさっそくいろいろお願いね。このイベントセール、絶対成功させなきゃね」
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