第4話 離縁。

 ♢ ♢ ♢


「引き継ぎ? 必要ないよ。事業のことならセバスがわかってるだろ? それよりも今週末の王国祭のことなんだけど、そこで私たちの離婚を公に発表しようと思うんだ」


 え?


「ですがラインハルト様!」


 今週末といったら三日後だ。まさかそこで?


「君はもうトランジッタ家の人間ではなくなるのだから、商会の心配なんかしなくともいいよ。それよりも——王国祭にはエルグランデ家の者として参加して欲しい。その方が君にとってもいいだろう? 独身の令嬢として参加した方がパーティーで次の結婚相手を見つけるのも容易くなるというものだよ」


 うすら笑いを浮かべそうおっしゃるラインハルト様。


 ということは何?

 わたくしに今日にでも荷物をまとめて出て行けと、そうおっしゃりたいの?


「今日にでも出て行けと、そうおっしゃるのですか?」


「出て行けだなんてそんな物騒な言い方はしないさ。ただ君も、早くやり直した方が良いに決まっているからね」


「お義父様にもお義母様にもご挨拶できていませんのに」


「父も母も今年は領地の仕事が忙しくてね。王国祭にも出られないと嘆いていたよ。まあ君との離婚については以前から話していたからね。承知しているから安心して良いよ」


 安心? そういう問題ではないでしょう……


 というかご両親ともこの離婚の件は話してたって。それって結局トランジッタ侯爵家が家ぐるみでわたくしの事を騙していたということなのでしょうか……。

 事業を立て直すまでの間の契約お飾り妻として招いただけで、要らなくなったらポイ、なのですか?

 そう考えると情けなくなる。


「わたくしを……ずっと騙していたという事、なのですか……?」


 我慢ができなくて涙が溢れる。


「騙すだなんて、そんな言い方はないんじゃないか? 私は君を愛そうと思ったよ? お爺さまの遺言のまま仕方なく君を娶って三年、そう努力はしてきたさ。しかしそうできなかったからこうして離婚をしようと言っているだけじゃないか。それともなにかい? 君の方は私を愛しているとでも言うのかい? そんなことは無いだろう?」


 それまでのうすら笑いが消え剣呑な表情に変わり、そう吐き捨てるように怒鳴るラインハルト様。


「だって」


「だってくそもない! 君だって、私を愛したことなんて一度もないくせに。この三年、一度も言い寄ってもこなかったくせに。今更離婚をしたくないだなんていうのか!?」


 言い寄って?

 そんなの!


「まあいい。離婚についてはもはや決定事項だ。王国法に照らし合わせても合法であり、それまでの契約を全て反古にできる正当な婚姻の解消だからな」


 バンとテーブルを両手で叩き、立ち上がる彼。

 今まで見たことも無かったような冷たい視線でこちらを睨め付ける。


「わたくしは……、ラインハルト様に尽くすことだけが使命だと、そうお爺さまに言い含められ育ってきました……。嫁いできてからもずっと、あなた様のためだけにと生きてきたわたくしのどこがいけなかったのでしょう……」


 もう、涙で目の前が霞む。

 それでも。

 ラインハルト様のお顔がどんどんとキツくなっていくのだけ、それだけはわかるから。

 声が涙で掠れ、途切れ途切れになりながらもなんとかそこまで言えたところで、彼はすっと背を向けた。


「だから嫌なんだ」


 最後にそう吐き捨てるように言ったかと思うや、スタスタと中庭の扉から屋内に戻っていくラインハルト様の背中を眺めて。

 わたくしはそのままテーブルに肘をつき泣き伏せった。

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