第8話 必要、無かった。

「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」


 あなたがそうおっしゃったから。

 わたくしは今までお飾りの妻でがまんしてきたのに。

 あなたがそうおっしゃったから。

 好きでもない商会のお仕事を頑張ってこなしてきたのに。

 全部全部、嘘だったというの?

 そしたらわたくしはこれからどうすればいいっていうの?


 夢の中でそう涙をボロボロ流して泣いた。


 気がついたらそこはエルグランデ公爵家の客間で。

 豪奢ではあるけれどどこか他人の部屋と思える、そんな場所。

 幼い頃に過ごした自室でもなく、三年間ラインハルト様の妻として過ごしたそんなお部屋でもなかった。


 まだ頭の中では夢で見た景色がぐるぐると回って、いまのここが現実なのか夢なのか判別ができないまま佇んで。

「君を愛することができなかった」

 そう言うあの人の顔を思い出しては涙が止まらなくなる。

 あの人は、わたくしのことなんて最初から愛してはくれていなかった。

 大事にしたいだなんて、そんなの嘘だった。

 たとえきっかけが政略的なものなんだとしても、それでもわたくしは彼に尽くすことしか考えていなかった。

 彼だって、最初は確かに「愛」は、無かったのだとしても。

 わたくしを妻として受け入れてくれた彼の気持ちに偽りなどがあるだなんて、そんなことは想像にもしていなかった。

 お互いにこのまままったりと夫婦の絆を結んでいけるのだ、と、そう信じていたのに。


「君はもっと自由に生きるべきだ。いや、私なんかではなく、もっと君にふさわしい相手と恋をするべきなんだ」


 いかにもわたくしの為だと言わんばかりのこの言葉。

 でも、これが言葉通りの意味ではないことは理解ができた。

 ううん、彼がわたくしを嫌っているってことだって、そのあとの態度で示されて。


 彼の人生にわたくしは必要無かった。


 それがわかったことが、いちばん辛い。


 彼に必要な人間になるようにとそれだけをお祖父様に言われてきたのに。

 そんなお祖父様の期待も裏切ってしまったことも。


 悲しくて、涙がとまらないまま夜が明け。

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