第2話 貴族というもの。
♢ ♢ ♢
ここ、神に護られた国、マギアスガルドでは「貴族というものは魔力をもって人々を護るもの」だと定められている。
いわく、貴族たるもの人々を導く規範となれ。
そして。人々に危機が訪れた時にはその身をかけ守ること。
ノブレス・オブリージュ。
高貴な身分にはそれに応じた責任がある。
それが守れる自覚のあるものだけが貴族を名乗ることができるのだ。
貴族の子の魔力の多寡は遺伝する。
それも、母親の素質が高いほどより能力の高い子が生まれることが多い。
魔力至上主義である貴族の家ではその家系を引き継ぐ為の政略的な婚姻が多いのだけれど、そんな中にも一つだけ、親や家、周囲の影響を排除して自分の意思でその婚姻を終了させることができる方法がある。それが「三年間白い結婚であること」という条件だった。
本人同士に子を残す意思がない。
その意思を明確に示すことで、両家の契約等を反故にしリスク無く離縁が可能となるのだ。
もちろん本人同士が同意の上で契約婚を継続している夫婦も存在する。
愛がなくとも両家の繋がりのため、その政略的な婚姻を継続する貴族は多い。
子供に関しては第二夫人や愛人に産ませればいい、そう考える貴族の家も。
嫌な話、女性が不貞をすると咎められるのに、男性にはそれがない。家督を継ぐ貴族の当主にはより高い能力を持つ子が望まれるため、子は多ければ多いほど良い、そういう風潮もその一夫多妻の慣習を後押していたから。
それもあって、「三年間の白い結婚」をもって離婚を切り出すのは通常であれば妻の側が圧倒的に多かった。
お飾り妻に納得できない貴族女性にとって、親や家に逆らい離縁を勝ち取るにはそれしか方法がなかったのもある。
それなのにまさか。
ラインハルト様から離婚を言い出されるとは思ってもいなかった。
家同士の関係も良好であったし、今のトランジッタ侯爵家の事業の建て直しにもわたくし達の婚姻が大きく寄与していると云う自負もある。
離縁されるいわれなど、どこにもないはず。そう確信していたのに。
「おはようございます奥様。お目覚めになられました?」
そう言ってカーテンを開ける侍女のフィリア。実家のエルグランデ公爵家時代からずっとわたくしについてくれている彼女は勝手知ったるといった感じでテキパキと朝の身支度の準備を始める。
キャスター付きのチェストの上の洗顔の為のタライにはぬるめのお湯がなみなみと張られ、ふわふわなタオルを手にした彼女、わたくしが起き上がるのを待ってくれている。
「おはようフィリア。今朝は朝食もこちらで摂りますから、そう準備をお願いしていい?」
「ええ、でも。旦那様とご一緒でなくてよろしいのですか?」
「ちょっと色々あって。今はあの人のお顔を見たくないの」
「昨夜もお食事を召し上がっていらっしゃいませんし、何かあったのですか?」
心配そうな瞳でこちらを覗き込むフィリア。まだ少女だった頃よりずっとそばにいてくれたフィリアは、わたくしにとっては身内も同然。彼女に心配をかけるのは本意ではないけれど、それでも。
「まだわたくしの心の整理ができていないの。あとでちゃんと話すから」
こんな気持ちのまま、あの人に対する愚痴をこぼすのも違うと思う。ただただ彼女をも不安にさせたくなくて、言葉を選ぶ。
「わかりました奥様。でも、お食事はちゃんと摂ってくださいませね? 奥様がお好きなものをいっぱいご用意して参りますね」
そう云って踵を返す彼女に。
「ああ、食事のあとでいいからマクギリウスを呼んでくれる? 色々と打ち合わせしなきゃいけないことがあるの」
と声をかけ。
「承知しました」
と、極力明るめの声を出したのであろう彼女の背中を見送った。
離婚するとなると色々とやらなければいけないことがある。
それを思うと、いっそう心が重くなった。
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