第35話 【Side】マリアーナ 2。

 うちのお父様とお母様は恋愛結婚だった。

 それでも、お父様には幼馴染でいとこの婚約者がいらっしゃって、おまけにその方が王女さまだったものだから婚約解消をすることはできなかったのだそうだ。

 それに。

 身体の弱かったその第三王女フランソワ様には当時家格の釣り合う独身男性がお父様しかいなくって、半ば王命での結婚だったものだからもうどうしようもなかったってよく聞かされた。

 結果としてフランソワ様が第一夫人、男爵令嬢だったお母様は第二夫人ということになったわけだけど、それでもあいしているのはお母様の方だからとおっしゃってたお父様。

 フランソワ様には愛情がないの? そんな会話もしたことがあった。

 その時は、「家族としての愛情はあるよ。子供の頃からよく知っているからね。もう兄妹みたいなものだよ」とそうおっしゃってたっけ。

 それでも。

 そんな両親を見て育ったわたくしは、結婚するならやっぱり恋愛結婚がいいな。って。

 お姉さまも本当はほんとに好きな人と結婚できたらよかったのにな。って。


 ずっとそう、思ってきた。


 わたくしを優しい眼差しで見てくださる目の前の彼。

 まだ名前もしらないそんな彼に、わたくしはいつのまにか恋をしていた。

 きっと、この時のお酒がそんな気分にさせたのだろうと今ならわかる。

 でも。

 この時のわたくしは、これこそが真実の愛なのだ、と。そう思い込んだ。刷り込まれたのだ。


 パーティーが終わったあと。

 名前も告げずに別れた彼。


 ああ。もう、これで会うことはないんだろうな。

 そんな気がしていたのに。


 なんのことはない。数日後エルグランデ家を訪ねてきたその彼は、わたくしの目の前でラインハルト・トランジッタと、姉の旦那様であると、そう明かしたのだった。


 ラインハルト様はおっしゃった。

 このままではアリーシアお姉様がかわいそうだと。

 今のお姉様はまるで人形だ、ブラウド商会からは解放してあげるべきだ、と。

 自分たちには愛もない、白い結婚であること。

 お姉さまもちゃんと自分の好きな人をみつけてその人と添い遂げたほうがいいと。

 それがお姉様にとっても幸せなことなのだと。


 そして、ここからが肝心なことだったけれど。


 ラインハルト様がわたくしを愛してくださっている、と。


 両親の前でそうおっしゃってくださった。


 それが、嬉しくて。


 多分それ以上のことが考えられなくなっていた。



 もう一年、このまま白い結婚を継続すればお姉様ははれてなんの過誤も無く離婚ができる。

 貴族社会では独身であったのと経歴上は同じとみなされるのだ、と。

 そうすれば、きっとお姉様は幸せになれる。


 だから……。


 ♢ ♢ ♢





「ああ、でもよかったわ。お姉様、これで解放されたのね。お祖父様の命で渋々嫁いだのでしょう? 好きでもなかったのに。お姉様にはこれから本当に好きな方を見つけて幸せになってほしいわ」


「どう、して……」


 え?

 動揺しているお姉様。どうしてって……。


「え? 違うのです? お姉様は離婚をされて帰っていらっしゃったのよね?」


「そう、ね。正式な手続きはこれからだけれど、離婚をすることになって帰ってきたのですわ……」


「そうよね! だから、おめでとうございます、だわ! お姉様はちゃんと恋愛をするべきなのよ」


「ちょっと、待って。わたくしが嫌がっていただなんて、誰から聞いたのですか?」


「はい? 違うのです? お父様も、お母様も、ラインハルト様も、みんなそうおっしゃっていましたわ。この離婚はお姉様のためなのですって。さあお部屋の用意はできていますわ。まずはごゆっくり休んでくださいね。もう夕食の時間は過ぎてしまっていますけれど、お夜食を準備していますから」

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