14 新天地

 乗り物に弱いフェリチでなくとも、二十日に渡る馬車旅行は「しばらく馬車はいいや」という気分にさせられるものだった。


 箱馬車は人が十人は横になれるほどの広さがあり、数時間に一度の休憩はあるものの、ほぼずっと揺れる車内に乗りっぱなしだ。

 乗っている間にできることといえば武器の手入れや簡単な言葉遊び、あとは寝るくらいしかない。

 五日おきに町へ立ち寄り、普通のベッドで眠れることが何よりの楽しみだった。


「いやあ、他の御者たちも驚いてたんですが、魔物に一度も遭遇しませんでしたねぇ。こんなこと滅多にないですよ。お客さん方は運が良い」

 目的の国の近くで馬車を降りた時に、御者さんにそう言われた。

 僕のせいですとは言えなかったので曖昧に笑って濁しておいた。



 到着したのは、貴族制を廃した国、ウィリディス。その王都のオクリスという巨大都市だ。

 前にいた国、スルカスの王都よりも賑やかで活気がある。

「まずは宿かな」

「その前に冒険者ギルドへ行ってみましょう」

「あー……うん」

 僕の処遇のことなどどうでもいいのに、何故か僕以外の皆が気にしている。

 皆に押される形で、まずは冒険者ギルドへ向かうことにした。


 四人でぞろぞろと街の中心部へ向かって歩く。

 なんだか、周りから見られている気がする。

「見られているな。そんなに珍しい風体をしているだろうか」

 リオさんもこう言うので、僕の気の所為とか自意識過剰ではないらしい。

「あまり冒険者らしい方を見かけませんね」

 よくよく周囲を見回せば、フェリチの言う通り、冒険者や傭兵のような姿をしている人がいない。

 スルカスではどの町へ行っても数十メートル歩けば数組の冒険者がいるくらい、珍しいものではなかったのに。


 一抹の不安を抱えつつ、冒険者ギルドを探したが、なかなか見つからない。

「ちょっと聞いてまいります」

 ルルムさんが適当な屋台へ向かい、飲み物を四つ買って戻ってきた。

 柑橘系の果物を絞った飲み物で、よく冷えていて美味しい。容器は薄い紙で出来ていて、飲み終えた容器は店の近くに備え付けられているゴミ入れに捨てるだけで済んだ。

「冒険者ギルドはこの大通りから北側へ二本入ったところだそうです」

 ルルムさんが聞いてきた通りに進むと、人気のまばらな狭い道に出た。

 冒険者ギルドは、今まで見たことのあるどのギルドよりも小さな建物だった。


「おや、このあたりでは見ない顔だね。どこから来た?」

 受付の年配の男性は僕たちをじろじろと値踏みするように観察してから、ぶっきらぼうに問うてきた。

「スルカスという国から来ました。この国の事情にあまり詳しくないので……」

「スルカスぅ? あのまだ貴族が残ってて死骸の処分を聖女に頼ってる国か。随分田舎から来たんだな」

 愛着のない祖国だが、随分な言われようだ。

「聖女に頼らないとなると、魔物の死骸はどうしているのだ?」

 リオさんが尋ねると、男性は「そんなことも知らんのか」と呆れた。


「魔溶液を使うんだよ」

「まようえき?」

「セレブロム様っていう天才学者が作り出した、魔物の死骸を溶かす液体だよ。聖女の魔滅魔法と違って、魔物が再び湧いてこない。だからもうこのあたりには魔物がほとんど出ない。だから冒険者になるやつは少ない。だからここもこの有様なのさ」

「魔滅魔法で消した魔物は蘇るとでも?」

「生き返るわけじゃないのは流石に知ってるよな? ただ、倒しても倒してもどこからか湧いてくるだろう。あれは、魔滅魔法で消してるせいじゃないかって説を提唱したのもセレブロム様だ」

 考えもしなかった事実を次々と突きつけられて、頭がくらくらしてきた。

「そんな便利な代物をどうしてスルカスでは取り入れなかったのだ……」

 リオさんが顎に手を当てて考え込んでいると、男性は「ふはは」と笑った。

「そんなん、聖女の存在意義を消されたら、聖女を排出して金を得ている貴族が困るからに決まってるじゃねぇか」

「……だろうと思ったが、信じたくなくてな」

 あの国の闇の一端を覗いた気分だ。


「さて、暇で暇でしょうがない冒険者ギルドでございますが、冒険者様にご紹介できる仕事は一応ございます。案内いたしましょうか?」

 男性は急にわざとらしい敬語で受付の仕事をはじめた。

「仕事を探しに来たわけではないのです。僕は……」

 僕が自己紹介をし、諸事情を説明すると、男性は僕の話が進むうちにみるみる顔色が変わった。

「……というわけで、資格剥奪の話がどうなったのかを……」

「大変失礼しましたあ!」

 男性は椅子から飛び降り、その場で土下座した。


「落ち着きました?」

 ルルムさんが断りを入れてからギルドの給湯室でお茶を淹れ、椅子に座り直した男性に飲ませると、男性はぺこりと頭を下げた。

「よく見りゃ腕に勲章着いてらっしゃる……ここへ来る冒険者は他の仕事ができない脳筋ばっかりだから、てっきりあんた方も……」

 男性は一旦言葉を切って、僕を見上げた。

「お聞き苦しい言い訳を失礼しました。英雄ディール様の話は伺っております。すぐに皇城に連絡を入れますので」

「どうして皇城に?」

「他のところではどうか知りませんが、我が国にディール様がお見えになられた場合は、皇城へお越し願いたいとの皇帝命令でして。悪いようにはしませんので、どうかしばらくお待ちいただけませんか」

 僕が皆を見渡すと、皆一斉に頷いた。

 城というもの自体に良い思い出はないが、この男性の態度の激変ぶりや、聖女に頼らない魔物の死骸消滅方法には興味が湧いた。

「わかりました」

 僕が肯定で応じると、男性は安堵したらしく、ほっと息を吐いた。


 待つこと数十分。ギルドの建物の前が急に賑やかになり、数人の兵士らしい人たちがギルドへ入ってきた。

 兵士と言っても簡単な胸鎧を身に付けているだけで、武器は持っていない。

「ディール様はどちらですか」

 兵士さん達はリオさんを見ながら尋ねてきた。

 まあ、そうだよね。リオさんの方が英雄っぽい風体してるし。

「ディールは彼だ」

 リオさんは苦笑しながら僕を前へ押し出した。

「こ、これは失礼を。皇帝陛下が貴方との話し合いを所望しております。話し合いの内容次第では貴方がたの生活その他をご支援するとお約束しますので、どうか我らと共にお越し願えませんか」

「おわ……」

 あまりに丁寧なご招待に、変な声を出してしまった。

 これが前の国の、七匹を倒す前だったら、僕は有無を言わさず馬車に詰め込まれて国の偉い人や貴族の前に放り出され、一方的に命令をされた挙げ句にとっとと帰れと城門から蹴り出されていた。

「失礼、わかりました。行きます」

 慌てて取り繕って返事をすると、兵士さん達は何の裏もなさそうな笑顔になった。

「ありがとうございます。それでは馬車へどうぞ」


 また馬車か、とがっかりしたのは乗る前までだった。

 全く揺れない馬車がこの世にあるなんて。


「すごいです、全然揺れませんね」

「最新技術を駆使した一台です。まだ高値で庶民には浸透しておりませんが、量産化へ向けて国をあげて準備しております」

 フェリチが感動していると、兵士さんの一人が丁寧に答えてくれる。

 なんというか、前の国と違って、兵士の一人ひとりに品がある。

 装備も質素ながら上質だ。

「少々質問をしても構わないか?」

 リオさんが兵士のひとりに、装備についてあれこれと質問しだした。

 元騎士団長として、気になったのだろう。

「あの魔法銀を人工で!? それもセレブロム殿が。多才な方なのだな」

「ええ、我が国の誇りですよ。皇帝陛下も全幅の信頼を置いておられ、研究資金は……」

 話の弾んでいるリオさんと兵士さんの会話を聞いているだけで、退屈しなかった。



 馬車に揺られ……てはいないが、乗ることおよそ半時間。

 巨大な建物の前に到着した。

 城と聞いていたのに、縦はスルカスの王城の半分もない。ただ、幅と奥行きは倍以上広かった。


「しばらくこちらでご休憩ください。謁見は二時間後になります」

 僕たちは一人ひとりに部屋を与えられ、侍女をつけられた。

 が、三十分ほどして全員僕の部屋に集まってきた。

「自分が侍女を付けられる側になるとは思わなくて、落ち着きません」

 こう言うのはルルムさんだ。何なら侍女さんと一緒に仕事をしそうになったと苦笑しながら語っていた。

「なんだか気持ちのいい場所ですね。結界を張った時みたいに空気が綺麗です」

 これはフェリチの感想だ。確かに、いるだけで癒やされるような空気が漂っている。

 侍女さんが置いてくれた紅茶を飲んだリオさんが、驚きの表情を浮かべた。

「美味いな。茶葉は何を?」

「我が国の西の方に茶葉の名産地がございまして、そちらの茶葉を使用しております。たっぷりありますので、遠慮なくどうぞ」

「それは嬉しいな。これなら何杯でも飲める」

 リオさんが大絶賛するから僕も飲んでみた。確かに、香りが良くてほんのり甘みがあり、喉に渋みが残らない。

 他にお茶菓子も出てきて、甘いものがちょっと苦手な僕でも食べやすい代物だった。

 皆であれこれと楽しんでいるうちに、時間はあっという間に過ぎていった。


 謁見時間の三十分前にそれぞれの部屋へ戻るよう促され、再び集合したときには皆こざっぱりとした服に着替えていた。

 前の国なら侍女さんたちに寄ってたかられて動きづらい服に着替えさせられていたが、今回は髪を簡単にセットされた後、服を渡され「お着替えをお願いします」と言われただけだ。

 着替えた服も、物自体は上品なのに動きやすい。

 女性二人もシンプルなシャツとスカートで、苦しくなさそうだ。


「では、こちらへどうぞ」


 城内を歩くこと暫し。階段は一度も登らず、でも五分くらいは歩いただろうか。

 開きっぱなしの扉の中には、既に何人かの人が大きなテーブルの前の椅子に座っていた。

「お連れしました」

「ご苦労でした。皆様、どうぞお座りください」

 声を掛けてきたのは、上座に座っている物腰の柔らかそうな壮年男性だ。

 丁寧な口調で、僕たちを案内してくれた侍女さんをも気遣っている。

 僕たちは上座に近い席へと案内された。


「ようこそお越しくださった。私がウィリディスの皇帝、レデオアド・ヴィタ・ウィリディスだ」

 僕たちは一斉に立ち上がった。

 少し考えれば、謁見と聞いてやってきた部屋の一番上座に座ってるのは皇帝だとすぐわかるはずなのに、すごく低姿勢だから違うと思い込んでしまっていた。

「ああ、そう畏まらないでいただきたい。呼びつけたのはこちらだからな。座って座って」

 侍女さんたちが僕たちの傍へ来て、椅子に座るよう再び促す。僕たちも大人しく座った。

「順にお名前を伺っても?」

「はい。では、僕から」

 皇帝は一人ひとりの自己紹介をうんうんと頷きながら聞いてくれた。

「貴方がたがこの国へやってきた経緯はだいたい聞いております。そしてこれはつい先程伝わった情報なのですが、ディール・エクステミナへの冒険者資格剥奪と国外追放処分は取り消しされたようです」

「そうですか。でも僕はあの国に戻るつもりはありません。この国で暮らしても構わないでしょうか」

 僕がきっぱりはっきり言い切ると、皇帝は真面目な顔でうなずいた。

「七匹を倒した英雄に対し、一時的にでも追放処分を下すなど、有り得ない愚策。スルカス国に何があったのか知る由もないが、こちらもわざわざやってきた英雄を手放す理由はありません。ただし……」

 皇帝は一旦言葉を切り、僕たちを見渡し、それから僕と視線を合わせた。

 何を言われるのか、何を命令されるのかと身構えていると、皇帝は口元にふっと笑みを浮かべた。


「英雄にしか頼めない仕事があります。しかし、今はまだこの国に慣れてもらうのが先決。それに、請ける請けないは貴方の自由だ。それとは別に、英雄には英雄らしい住まいと暮らしを提供させていただきたい。良いかね?」

 良いも何も、好条件過ぎて逆に何かあるのではないかと勘ぐってしまう。

「もし暮らしている間に水が合わなければ、他国へ移られるのも致し方なし。我が国は英雄に気に入られるよう、微力を尽くすと約束しよう」

「本当に、いいんですか、それ」

 喉の奥に込み上げてくるものがある。

 命令を押し付けず、僕の気持ちを尊重し、これまでの働きを評価してくれている。

 初めての体験に動揺して、口調が皇帝に対するものとして不適切になってしまった。

 それでも皇帝は全く気にする素振りを見せない。

「勿論だとも。……とはいえ、今日ここへ来たばかりの君たちには、もうすこし休息が必要だろう。しばらくは城へ逗留し、それから結論を出しておくれ」


 皇帝陛下の合図で謁見は終わり、僕たちは最初に案内された部屋へと戻った。

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