第二章

21 新しい日々

 ウィリディスに住み始めてから半年ほど経った。

 クヒディタスドラゴンを倒した後しばらくは騒がしかった周囲も、今はだいぶ落ち着いている。


 セレに調べてもらったところ、やはり僕の右眼は倒したドラゴンの魔力を吸収するようで、クヒディタスドラゴンの魔力も宿っていた。

 そのせいか、前より魔物が僕に近寄らない。

 僕の近くどころか、ウィリディスのほぼ全域に渡って、魔物が全くいなくなってしまった。


 ウィリディスに僅かに残っていた冒険者は廃業するかよその土地へ行くしかなくなり、どちらの場合も国がこれまでの功績に則した報奨金を支給してくれたおかげで、彼らの生活は守られた。

 二匹目の凶悪なドラゴン討伐の報酬を全てスルカス国に寄付したのは早まってしまったかと、ひっそり焦った。


「何があっても、貴方には一切請求しませんよ」

 僕が不安をぽろっとこぼした相手は、僕に用事がある際に王城から遣わされる使者さんだ。

 ナチという名前の男性で、歳は僕の二つ上の二十四歳。

 歳が近いせいか話が合うので、僕への用事が済んだ後はお茶とお菓子を囲んでよく駄弁っている。

 談笑していてもナチさんは僕に対して敬語だ。

 僕の方もさん付けで呼んでしまっているが。


「そう言っていただけると安心します。でも、原因はどうしても僕ですし」

「魔物なんていないに越したことはありません。冒険者という職業も、他に食い扶持のない人が仕方なくやるものなのです」

「魔物を倒せるほど強い人達が辞めたり、国を出たりしてしまったんですよ?」

「辞めた方は元々辞めたかったのでしょう。大体が国の支援の元、転職に成功しております。国を出たのは他に稼ぐ方法を知らないごく一部です。こちらも隣国までの旅費や当面の生活費として……ああそうそう、ディールさんのお力は、近隣諸国にも影響が出ているようです」

「ええっ!?」

 思わず立ち上がると、ナチさんは両手を広げて「まあまあ」と僕をなだめた。

「魔物避けのお力はどうやら、魔物発生の抑止力にもなっているようです。スルカス以外でも、未だ聖女に頼っている国はあるのですが、その国でも魔物の数が目に見えて減っているそうですから」



 ――聖女といえば。

 スルカスでは僕が出ていった後しばらくしてから、聖女が謎の死を遂げるという事態が相次いだ。

 クヒディタスドラゴンのときにアニスさんが王都にいたのは、国が聖女ならば誰でも、引退していようが隠居していようが、強制招集をかけていたためだった。

 真実を知ったアニスさんは、僕がこっそり渡しておいた魔溶液を活用して、魔滅魔法を使わずに魔物の死体を消している。


 聖女の死の原因はスルカスでは不明だったが、セレが聖女の遺体を取り寄せて調べたところ、原因は魔滅魔法だと断言した。

「元々ー、人の身には過ぎた魔法なのよねー。だから私もー、他の手段を模索したわけだしー」

 人の魔力は脳と心臓に宿るという説は概ね正しいらしい。

 セレは聖女の遺体の脳と心臓を重点的に調べた。

 どちらも海綿のようにスカスカになりかけていたそうだ。

 何より、亡くなった聖女はほとんどが、毎日のように魔滅魔法を使う真面目な人たちばかりだった。

 世のため人のために仕事をしていた人が真っ先に亡くなるなんて、無情にもほどがある。


 スルカスの件から、これまで聖女にのみ頼っていた魔物の死骸処理を、魔溶液を使う方法へ徐々に切り替えていく国が増えている。



 ――つまり、世界中で魔溶液が大活躍しているわけで。

 僕はナチさんの言葉に首を横に振った。

「魔溶液のお陰でしょう」

 自分自身が誰かの役に立っている状況が信じられない。

「勿論それもありますが、どうやら魔物が人間自体を恐れているのではないかと」

 ナチさんからは意外な返答がきた。

 これまで散々人間を蹂躙してきた魔物が、僕一人が怖いからと、人間全体を怖がることなんてあるだろうか。

「なにせ前例のない状況ですからね。全ては憶測です。でも貴方が良い方へ向かわせた一人だと、私は信じてますよ」

 自分で自分のことが信じきれないのに、ナチさんは僕を信じるなんておっしゃる。

 しかもご機嫌取りで言ってるわけではなく、本心らしいから、頭ごなしに否定もできない。




 冒険者の仕事は殆どなくなってしまったため、最近は別の仕事を探そうとあれこれ試している。

 眼のことがあるから冒険者を完全に辞めるわけにはいかないので、なるべく時間的に自由のきくもので、僕にでもできること……となると、幅は小指よりも細い。

 僕は絶望的に不器用だから、料理は勿論、ものづくりは無理だ。頭も良くないので学者や研究者といった仕事もできない。

 この国へ来たときは騎士団や兵団の指導役をと乞われたが、大勢の人の顔を覚えたり、説明したりするのも苦手だと判明したため、今はリオさんに任せっぱなしになっている。

 力仕事は元冒険者たちが大量に流入していて、僕が入り込む余地はなし。というか、彼らの食い扶持を奪いたくない。


 正直八方塞がりで、最近はリオさんにくっついて騎士団へ顔を出し、試合の相手をやったりして時間を潰す日々を送っている。


 そんなある日、ウィリディス王城からナチさんがやってきた。

 いつものように国から英雄への支援の話ではなかった。


「英雄ディール殿に仕事の依頼です。我が国の学者、セレブロムが発明した転移装置を国の主要都市と国外へ設置する一団に、護衛としてご同行願いたい」



 セレが発明した転移装置は、いつの間にか安定動作・消費魔力低下・量産化に成功していて、あとは行きたい場所へ置くだけの状態になっていた。

 将来的には小さな村にも設置し、一旦皇都を経由する形でどこへでも瞬時に移動できるようにしたいらしい。

 何故僕が同行を望まれたかといえば、例の魔物を寄せ付けない性質を期待してのことだ。

「量産化に成功はしたものの、精密機械ですからね。念には念を、です。引き受けていただけませんか」

 僕は二つ返事で了承した。




「セレも一緒なのか」

 仕事をする日がやってきて指定の場所へ赴くと、そこにはセレがいた。

「やあやあディール、久しぶりー。フェリちゃん一昨日ぶりー」

 セレはいつもの袖の長すぎる白衣ではなく、変わった形の革鎧を着込んでいる。

 一見して革鎧と思い込んだが、セレが少し動いただけで革ではありえない光沢を見せた。

「セレ、その格好は?」

 僕が問いかけると、セレは見せびらかすように両手を広げ、その場でくるりと回ってみせた。

「へへー、特注品。リコーンっていう砂の一種を特殊な薬品と混ぜ混ぜしてー高圧縮してー、革の代替品を作ったのー」

「砂!?」

 フェリチは知っていたらしく、僕の反応をニコニコと眺めている。

「今回はこれの性能を体験してみたかったんだけどねー。ディールがいるなら使い所ないかなー」

 セレがえへへと笑う。

「何が起きるかわからないから、備えておいて損はないよ」

「それもそうだねー」

 僕たちが雑談している間にも、研究所の職員さんや兵士さん達が荷馬車に大きな荷物を運び込んでいる。

 布にくるまれた荷物は、僕が使った転移装置の半分くらいの大きさだ。

「あれは何を運んでいるの?」

「ん? 転移装置だよ」

「小さくない?」

「小さくしたんだよー。人がちょっとした荷物持って通れる程度ー。あんまり大容量にしちゃうと、悪用されるかもだからねー」

 セレはこう言うが、後で聞いたら悪用するほうが難しいのではないかと思うくらい、使用には様々な制約が付けられていた。

 まず、今後使用する人は全員必ず、国に書類と髪の毛を提出しなくてはならない。頭髪がなければ眉毛やまつげ、毛そのものがなければ爪など、体の一部ならどこでもいいらしい。

 それをセレが新たに発明した魔導具に登録すると、カードが発行される。

 カードは書類や体の一部を提出した人にしか使えないし、偽造や複製は不可能だ。

 いよいよ転移装置を使うというときは、カードがなければ転移装置が動かない。

 装置が使われたという記録はすべて魔導具で一括管理され、誰がどこへ転移したかは調べればすぐに分かるらしい。

「馬車が入るくらいのサイズも考えてるんだけどねー。カードの認識装置がまだそこまで精密じゃなくてさー」

 セレはもっと難しい言い方や専門用語を使って僕に説明してくれたが、僕に理解できたのはここまでだ。


 セレと話している間に、出発の準備が整った。


 僕とフェリチはセレと同じ馬車に乗り、後ろから別の馬車が装置を乗せてついてくる。

 まずは、皇都から馬車で三日の距離にある、エメラという大きな町が目的地だ。

 馬車で三日ならそれほど遠くないため、転移装置を置く意味も薄いと思ったのだが。

「装置ってー、まだディールとうちの研究員とー、兵士さんや騎士さんたちしか使ってないのー。利用料を格安に設定してー、たくさん使ってもらってー、耐久性を確かめる意味もあるんだよー」

 僕は「なるほど」と頷いた。

「近くなら、故障してもセレさんが直々に見に行けますね」

「そーそー、それもあるー」

 フェリチの意見も尤もだ。


 振動しない馬車の旅はとても快適で、夜通し乗っていても問題ないのだが、なにせ貴重な装置を運ぶ旅だ。日が暮れる前には宿場町に着いた。

「ほんとに魔物はでなかったねー」

 セレがへらへらしながら僕を見上げる。

 道中、魔物はいなかったが、盗賊は出た。

 賊は少人数だったので僕一人で無力化して縛り上げ、その場で皇都に連絡を入れて、兵士さんたちに引き取ってもらった。

「実はさー、ディールが騎士団に稽古つけてるの、たまーにこっそり見てたんだよー」

「いつの間に!?」

 セレの告白に正直に驚く。騎士団にいる間、常に誰かに見られているのは知っていたが、その中にセレがいたとは思わなかったのだ。

「ドラゴン倒した強さなんて気になるじゃないー。でもさー、騎士のひとたち、めちゃくちゃ弱く見えるんだよねー。盗賊たちのときも、ディールぜんっぜん本気じゃなかったでしょー」

 魔物相手なら手加減の必要はないから気楽でいいが、相手が人間だと気を遣う。

「命を取るつもりはなかったからね」

「いっぺん本気が見たいなぁー」

「セレがそう言うなら、少しだけ」

 宿の人に断って、まだ割っていない薪を一本貰ってきた。

 それを左手でしっかりと持ち、薪の中心に向かって手刀を振り下ろす。

 普通、これで薪割りができるなら、世の中の人は薪割り仕事をそんなに嫌がらないだろう。

「えっ、ええー!?」

 セレが珍しく大きな声を出す。

 薪はきれいに六分割されて、僕の手から落ちていた。

「ディールさん、いつの間にそんなことできるようになってたんですか」

 フェリチが僕の右手を掴んでまじまじと観察する。もちろん、怪我一つしてない。

「初めてやったよ。他に壊していいものが思い浮かばなかったから」

「初めてやったのー!?」

 セレはまだフェリチに掴まれている僕の右手をフェリチと同じくらいの熱量で観察し、それから床に落ちた薪を拾い上げて断面を舐めるように見つめた。

「ふわー、すっご。手というよりは手を動かしたときの風圧みたいなもので斬ったんだねぇー」

 セレは僕の手と薪の状態から、そんな推論を展開する。

「たぶん正解。右手は薪に当ててないからね」

 自分でもそこまでできるとは思わなかったし、やった本人ですらよくわからない理屈を解明したセレに内心舌を巻いた。

「今できるのはこのくらいかな。これ以上のことが必要になる事態なんて、起きてほしくないけど」

「それはそうー」

 セレは薪を持ったまま、ケタケタと笑った。



 初日の盗賊は単なる通りすがりだったようで、転移装置やセレを狙った不届き者ではなかった。

 旅は順調に進み、到着予定時間ほぼちょうどには、エメラの町についた。

 周辺を森で囲まれた、緑豊かな町だ。


「帰りもあるけど、ひとまず護衛お疲れ様ー。設置に半日かかるからー、二人は宿で休んでてー」

 セレに見送られた僕とフェリチは、言われた通りに宿へ向かい、しばしの休息を取ることにした。


 その日の夜更け、夕食の時間になってもセレは姿を見せず、僕たちは先に寝ようかと話をしていたところだった。

 宿の部屋の扉を慌てた様子で叩かれ、扉を開けると、転移装置と一緒の馬車に乗っていた騎士さんがいた。


「こちらにセレブロム殿はおられますか?」

「いえ、来てません。今日の昼から会ってないです」

 僕が答え、フェリチが同意だと頷くと、騎士さんの顔が真っ青になった。

 それを見たフェリチの顔も、さっと緊張する。おそらく僕も似たような表情をしているだろう。

「セレさんに何かあったのですか?」

 フェリチが尋ねると、騎士さんは早口で事実を告げた。


「行方不明です」

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