11 噂なんてろくなもんじゃない
魔物が僕を避ける原因が少しずつ分かってきて、いよいよ「魔物を討伐し続けるべし」という命令のが実行が不可能に近いということが明るみになった。
ギルドと国は僕の情報を迅速に共有し、偉い人同士の話し合いの場が設けられることになった。
これまでならば、当人である僕をそっちのけで話し合いがなされ、決定したことだけが僕に伝わっていたのだが、今回は違った。
王都での用事は済んだので、拠点のある町へ帰ろうとしたら、僕たちが泊まっている宿に尋ねてくる人たちがいた。
どうやって僕の居場所を突き止めたのかと尋ねたら、僕が王都にいることはギルドが把握していて、あとは宿を虱潰しに調べたのだそうだ。
騎士団長と、団長補佐のアディさん。それに、ゴテゴテした衣装を身に纏ったいかにも身分の高そうな人が数人。
僕たちのような冒険者や行商人が使う庶民的な宿だから、団長さんをはじめとした面々の場違い感がすごい。
「悪いが、我々についてきてもらう」
苦虫を噛み潰したような顔の騎士団長さんに宿を引き払うよう命じられ、馬車に乗せられ、到着したのは王城だった。
「こちらの部屋を自由にお使いください。話し合いは明日ですので、それまでごゆっくり。何かあれば、そちらの呼び鈴を鳴らしていただければ、用を伺いに参ります」
「はあ……」
優雅な所作の侍女さんに案内されたのはおそらく貴賓室で、廊下側の扉は一つしかないのに、内部の広い居間に四つも扉がある。それぞれ、寝室が二つに小さな台所。四つめの扉の奥にはさらに二つ扉があって、風呂とトイレだ。
半ば強制的につれてきたくせに、突然賓客扱いされても戸惑いが勝つ。
フェリチも、落ち着かない様子でソファの隅で縮こまっている。
とはいえ、こちらの要望はたいてい叶えてくれると言うので……。
「先に食事を二人分、いただけませんか?」
「畏まりました」
昼食がまだだったので頼んでみたら、あっさりと承諾され、すぐに食事が運び込まれた。
「わあ、美味しい……」
いつも食べている野生の猪肉ではなく、食用に改良、養殖された豚肉のソテーは、柔らかい上に脂身があっさりしていた。
スープひとつとっても高級そうな味がする。
フェリチは何度も「美味しい」と言いながら、よく食べた。
「ディールさん、お口に合わないですか?」
「美味しいとは思うんだけど……僕はやっぱりフェリチの料理がいいな」
「そんな、勿体無いですよ。私の料理はいつでも作りますから、今はこの美味しい料理を堪能してください」
「そういう考え方もあるか」
二人には広すぎる居間の巨大なテーブルに所狭しと置かれた料理を、二人でなるべくたくさん食べておいた。
「はぁー、食べすぎました」
最初の遠慮はどこへ行ったのか、フェリチはソファへ仰向けに寝転がり、お腹をさすっている。
「よく食べてたな。このあと動ける?」
「少しだけ待ってください」
僕とフェリチは日頃から鍛錬を欠かさない。
仕事のある日は最低限になるが、休みの日や暇な時間は積極的に体を動かすことにしている。
フェリチの腹具合が良くなったら、呼び鈴で人を呼んで、鍛錬できる場所へ連れて行ってもらう。
そう考えてフェリチが寝転がるソファの隅に座ったら、扉を叩く音がした。
「はい」
「俺だ、ディール」
「団長?」
扉を開けると、そこには騎士団長がいた。
王都の宿に来た時とは違い、柔らかい表情をしている。
「暇なら騎士団の練習に顔を出さないか?」
「いいんですか?」
僕は「騎士団を抜けた一介の冒険者が国家戦力の最先鋭である騎士団の練習に参加してもいいのでしょうか」という意味で聞いたのに。
「勿論だ。口で言っても聞かない連中をひとり残らず叩きのめしてやってくれ」
「はい?」
団長の言葉に誇張がないことは、すぐ知ることになった。
騎士団の訓練場にはフェリチもついてきた。
団長は「少し先に行っている」とスタスタ歩いて行ってしまい、僕とフェリチは少し遅れて訓練場の近くまでやってきた。
当然ながら他の騎士たちが大勢居て、そのうちの何人かが僕たちに気づく。
「え、かわいい、顔ちっさ。誰あれ」
「知らん。団長の娘さんとかか?」
「それにしては大きいな。そもそも娘なんていたっけ」
「ともかく声かけようぜ。ここにいるってことは、俺たちに興味あるんだろう?」
僕とフェリチは横に並んで歩いていたのに、騎士たちには僕が見えていないらしい。
まだ廊下にいる僕とフェリチの元へ、数人の騎士がわらわらと寄ってきた。
フェリチは即気づいて、僕の後ろに隠れる。
僕は冒険者にしては小柄で、騎士団の中にいても小さい方だった。その僕の背に隠れられるフェリチはもっと小さい。
大男たちが僕を挟んで小さい女の子ひとりを囲むことになる。
「お嬢さん、隠れてないでこちらへどうぞ。怖くないよー」
「花の蜜を入れたお茶なんてどう? 甘いお菓子もあるよ」
誘い方がなんていうかこう……幼女を狙う変態みたいだな。
「お断りしますっ」
フェリチがはっきり言っても、連中はなかなか引かない。
団長はというと、既に訓練場の隣りにある小部屋に入っていて、僕たちの状態に気づいていない。
「本人が嫌がってるので、やめてください」
僕が声を出すと、騎士たちがすごい目で僕を睨みつけてきた。
「あん? なんだお前は」
「新入りか? その割には小さいな」
「関係者以外は立入禁止だぞ。そもそもどうやって
「本人が嫌がっているので、やめてください」
僕は同じ台詞だけを繰り返した。いちいち会話するのも面倒だし、どうせ僕の話など聞いてくれない。
何度か似たようなやり取りを繰り返して、ようやく騎士の一人がしびれを切らした。
「うるっさいな、どけ!」
僕を払い除けるように伸びてきた手を左手で受け、そのまま捻って身体ごとひっくり返してやった。
「何をしたっ!」
「魔法使いかこいつっ!」
ただの体術だ。騎士団で習った技なんだけどな。
今度は別の騎士が腰の剣を抜いた。刃の付いた真剣だ。
どうしたものかと悩みつつ剣の攻撃を交わしていると、先に行った騎士団長がこちらへ戻ってきた。
「何をしているっ!」
「団長! 不審な野郎がここに!」
「彼は英雄ディールだぞ! 俺がここへお連れしたんだっ!」
「……は?」
剣の動きが止まった隙に、僕はフェリチを抱き上げて剣の届かない場所まで下がった。
「あのっ、団長さんもお見えですし、ここまでしなくとも」
「これ以上フェリチをあの連中に近づけたくない」
話している間に僕に剣を向けていた騎士は団長から特大の雷を落とされていて、僕とフェリチのところへはアディさんがやってきた。
「やあディール、久しぶり。そちらのお嬢さんは?」
「お久しぶりです、アディさん。こちらは僕とパーティを組んでいる、魔法使いのフェリチです」
「なるほど。うちの団員がすまなかったね」
「いえ、私は特に何もされていません。ディールさんは剣を向けられましたが」
「え、本当?」
「はい」
「あー……。だからリオさんあんなにキレてるの。あいつらもう駄目だな」
アディさんが頭を抱えながら見ている先では、僕とフェリチを囲んだ連中が剣と騎士団章を取り上げられていた。
「すまん、まさかフェリチ嬢の方に目が行くとは」
団長に頭を下げられて、フェリチが慌てた。
「頭をあげてください団長様っ!」
「団長、もういいですって」
団長は頭を上げてくれたが、まだ申し訳無さそうにしている。
「あいつらは二度と君たちの前に現れないから、安心してくれ。こんなことの後ですまないが、ディールは早速練習に混じってくれるか」
「はい」
木剣を渡され、騎士団に居たときの習慣どおりに、一対一の勝ち抜き試合の列に並ぼうとして、団長に「違うこっちだ」と止められた。
「こちらは英雄ディール殿だ。これから諸君らを指導していただく」
「えっ」
ただ練習をするだけだと思っていたのに、話が違う。
「英雄!?」
「七匹を倒したってのか?」
「あんなチビが?」
ざわつく騎士団員たち。
中には僕がディールだと聞いた瞬間から殺気を向けてくる人もいる。
僕が他の貴族や騎士団の人たちから疎まれる理由は散々思い知っているが、いくらなんでも僕を恨みすぎじゃなかろうか。
「俺から行きます!」
中でも一番殺気立ってる人が名乗りを上げた。
困惑状態のまま、練習は始まってしまった。
……一時間も経たないうちに、ちゃんと立っていて息が上がっていないのは僕だけになった。
「もう終わりですか?」
背後に立っていた団長を振り返ると、団長は首を横に振った。
「時間はまだある。誰か、挑戦しないのか」
団長が叱咤しても、誰一人として返事をする気力もなさそうだ。
僕はただ、攻撃を避けて剣を叩き落したり、怪我をしないように転ばせたりしてただけなんだけどなぁ。
「では俺と手合わせ願えるか」
団長は適当な団員から木剣をもぎとり、僕に向かって構えた。
「お願いします」
騎士団時代にも、こうして団長と何度か手合わせしてきた。
あの頃は一度も団長から一本とれなかったが……。
動きがよく見える。
剣を剣で受けても、力負けしない。
避けて、受けて、払って、団長の背後に周り、喉元に剣を添えた。
「参った。やはり強くなったな、ディール」
「ありがとうございます」
他の団員はこの状態からも無理やり向かってきたりしたが、団長は潔い。本来の練習試合はこうだと思う。魔物と戦っていて寸止めなんて有り得ないのだから、急所に剣を突きつけられたらおしまいだ。
団長が負けを認めると、他の騎士たちが一層ざわついた。
「嘘だろ、団長が……」
「そりゃ俺たち誰も勝てねぇよ」
「つーかあいつ、息ひとつ乱してないな……」
「なあ、あの噂、嘘じゃないか?」
「俺もそう思ってた」
噂ってなんのことだろう。
僕が内心首をひねっていると、アディさんが僕の隣にやってきた。
「お疲れ様でした。気になることもあるでしょうから、団長室へどうぞ」
団長室は相変わらず、掃除が行き届き整理整頓がしっかりされていて、すっきりしていた。
久しぶりの、クッションが少しへたったソファにフェリチと一緒に座ると、テーブルを挟んだ向かい側に団長とアディさんが座った。
「いやあ、手も足も出なかった。全く勝ち筋が見えなかったよ。本当に強くなったなぁ」
「恐縮です」
団長は朗らかに笑い、お茶を勧めてくれた。騎士団名物の、氷結魔法で冷やした紅茶だ。身体が熱くなっていたので丁度いい。
「団員たちもディールの強さを目の当たりにしたから、妙な噂を気にかけることもなくなるだろう。一部はまあ……まだ駄目だが」
「噂ってなんのことですか?」
団長はお茶を飲み干すと、真面目な顔になった。
「ディール、君が『黒眼』と呼ばれていることは知っているか?」
「初めて聞きました」
「誰も本人には直接言わないか。ともかく、『黒眼』は『目が黒くなるだけで国に庇護されており、七匹退治は国が『黒眼』に箔をつけるために流した嘘だ』という噂が流れていたのだよ」
あんまりな嘘だ。
冒険者が自分の手柄を誇張したり、逆に控えめに申告することなどない。どちらも自身の実力の正確性を損ない、適切な仕事が受けられなくなる。
「一体どこからそんな噂が」
「それがな……」
団長は一旦言葉を切り、長嘆息してから、犯人の名を挙げた。
「第二王子殿下なのだよ」
この国の第二王子は、容姿端麗で頭脳明晰。性格が優しすぎて王に向いていないと言われている第一王子を押しのけて立太子するのではないかと噂されているほどの人物だ。
僕は第二王子からも疎まれていたのか。
「ここだけの話、最近陛下のお体の具合が悪くてな。明日の話し合いには第二王子殿下が参加される。もしかしたら、ディールには不快な思いをさせてしまうかもしれない」
僕に関する良くない噂をばらまいた張本人と会わなきゃいけないのか。
絶対話は合わないだろうし、きっと良くないことが起きる。
「だが、何があっても俺はディールの味方をする。それだけは覚えておいてくれ」
「団長、いいのですか」
騎士団長は国に仕える人たちの中でも上に近いところにいる。
そんな人が、第二王子の不興を買ったら、身分剥奪で済めば良い方で、最悪国外追放なんてことも有り得る。
「構わない。元々、ディールの扱いに納得していないクチだからな。俺は俺の信じる道を行く。それが俺の騎士道だ」
「騎士道貫くのでしたら、僕より民を守ってくださいよ。僕は団長より強いんですから、放り出されても平気です。フェリチもいますし」
知らない人に囲まれて緊張しっぱなしで無口になっていたフェリチが、何度もうなずいた。
「そうか」
団長は何故か少し寂しそうに呟いた。
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