15 これが英雄への至極真っ当な対応
皇帝陛下のお言葉に甘えて、僕たちは暫くの間、皇城に逗留した。
陛下があの調子だからどれだけ手厚くもてなされるのかと戦々恐々していたが、蓋を開けてみれば拍子抜けするほど放置された。
放置と言っても、いい意味だ。
こちらが要望を出せば最大限叶えてくれて、向こうから何かを強制することが一切なかった。
僕とリオさんが「腕が鈍るから身体を動かせる場所がほしい」と言えば、騎士団の訓練に混ぜてもらえたり、ルルムさんが「何かしら仕事がほしい」と訴えれば、お城の侍女の仕事の一部を任されたり。
フェリチは「勉強がしたい」という希望を出し、毎日城の研究者や学者の元で何かを教えてもらったり、覚えたりしている。
会う人達は皆いい人ばかりだ。
騎士団の人たちは僕との実力差が大きいと知ると、僕に教えを請うてきた。
「人に教えたことなくて」
「大丈夫です、そこで素振りでもしていてくだされば、見稽古しますので」
僕が助けを求めてリオさんを見ると、リオさんはニヤニヤ笑っていた。
「あちらのリオさんはスルカス国の元騎士団長です。剣術は彼から教わりましたから、彼のほうが適任かと」
「なんと、騎士団長でしたか!」
「他国の騎士団に興味があります、なにかお話を聞かせてくださいませんか?」
「えっ、いや俺はそういう立場だったこともあったが今は……ディールっ」
僕がにやりと笑ってみせると、リオさんは「やられた」という顔をした。
ルルムさんの方も順調のようだ。
「年齢や勤続年数による上下関係はもちろんあるんですけど、貴族が挟まらないので気を遣うことが少なく済んで、仕事しやすいです」
初めての馬車旅行がウィリディスまでの箱馬車だったルルムさんは、到着直後、酷い疲れを隠していた。
気づいたフェリチが治癒魔法を掛けて休ませたお陰で寝込むようなことはなかったが、今もフェリチにはルルムさんの監視を頼んでいる。
フェリチ曰く「ルルムさん、侍女の仕事を受け持ってから、お肌ツヤツヤになってるんです」だそうだ。
好きなことを適度にやっていると、人は健康になるらしい。
そしてフェリチは、城の研究者さん達に大いに気に入られた。
聖女なのに魔滅魔法が使えないことを打ち明けたときは色々と調べられたりしたが、魔道具を使って体に触れない方法での調査ばかりだったらしく、少しも不快にならなかったと言っていた。
フェリチ自身が調査に前向きで、且つ他の魔法の威力が高く、聞かれたり教えたりしたことを素直に吸収していく姿に、何人かの研究者から「うちの養子にならないか」と言い寄られていた。
全部フェリチが断ると、それ以上は言ってこないところも、好感が持てる。
あと僕はフェリチが誰かの養子になるつもりはないと聞いて、何故か心の底から安堵した。
あまりの居心地の良さにふた月近く居座ってしまったが、出ていけともそろそろ何かやれとも言われない。
「流石にお世話になりすぎだよねぇ」
夕食が終わると、皆が僕の部屋に集まるようになっていた。
ルルムさんが「はいっ」と手を挙げた。
「ディール様がそういうことを言い出したら、お話しませんかと陛下から言付かっております」
これだけの厚遇を授けた上で、僕の気持ちが傾くのを待っててくれたのか。
「是非、すぐにでも……って、陛下もお忙しいんじゃ」
「英雄様との会見は最優先事項だから万障繰り合わせるそうですよ」
ひっ、と悲鳴を上げそうになった。
「なんか、ドラゴン倒したの結構前だから、もう英雄とかいうのも時効にならないかなぁ……」
僕自身は大層な人間じゃない。
アロガンティアドラゴンは、たまたま目の前に現れて、倒せたから倒しただけだ。
「自分を過小評価するのはディールの悪いところだな。普通は中型のドラゴン一匹を倒すことも難しいのだぞ。ましてやディールは一人で七匹のうちの一匹を倒したのだ。英雄は永遠に英雄だ」
「一人じゃないです、フェリチがいました」
「私は何もしてません」
駄目だ、ドラゴンの話になると僕の分が悪い。
「えっと、じゃあ、陛下のご都合が付き次第、早めにで」
「伝えておきますね」
という会話をした翌日の朝食後、陛下との会見が叶った。
本当に万障繰り合わせてきた。
「どうですか、我が国は」
「ずっと城でお世話になりっぱなしで、国はどうかと言われると」
「確かにな。城は飽きたかね」
「いえ、居心地が良すぎて、一生居座ってしまいそうで申し訳なくて」
「それは良かった。一生居てもらっても構わぬが?」
「勘弁してください。僕は一般庶民なので」
もう男爵家出身であることは遠くへ投げ捨てた。実家はとうに取り潰されているし、一度は国外追放処分を食らっているのだから、貴族であったことの意味などない。
「ははは、謙虚だな。あいわかった。と言っても、既に英雄殿に相応しい住まいと暮らしの準備は整っておる。すぐにでも居を移せるぞ」
厚遇すぎてそろそろ怖い。
「過分な優遇、ありがとうございます」
「英雄殿に対する普通の対応だよ。気にするでない」
陛下との会見の一時間後、僕たちは町の中心から少し離れた静かな場所にある、巨大な屋敷の前にいた。
「……いや大きすぎない!?」
「素敵なお屋敷です!」
「英雄の住まいならば、このくらい普通だろう」
「お仕事のやりがいがありますね!」
順に僕、フェリチ、リオさん、ルルムさんの反応だ。
恐る恐る屋敷の扉を開けて入ってみると、これぞ貴族の屋敷といった作りになっていた。
二階建てで、部屋数は十二。内訳は風呂トイレ付きの個室が八つ、書斎とテラスがひとつずつ、多目的部屋がふたつ。
更に居間がふたつに厨房、食堂、倉庫、食料庫、洗い場。
多目的部屋以外は既に家具などが運び込まれていて、今すぐ使えるようになっている。
庭も広く、既に木々や花々が植えられている場所と、武術訓練用に土が踏み固められている場所がある。
それぞれ好きなように屋敷をざっと探索して広い方の居間に集合した。
「やっぱり広すぎるよ」
恐縮しっぱなしなのは僕一人だ。
「大きなお屋敷って憧れていたのです」
「いい屋敷じゃないか」
「私一人では手が足りませんね。人を雇いましょう」
皆の適応速度が速いのも怖い。
「とりあえず部屋割りを決めませんか? ディールさんは二階の奥の一番広いお部屋で良いですね?」
「あっ、はい」
ルルムさんが部屋割りを取り仕切りだして、僕の部屋が速攻で決まった。
「我儘を言わせてもらえるなら、俺も広めの部屋がいい」
「では二番目に広いお部屋で」
「私は小さい方が落ち着きます」
「フェリチさんはディールさんのお隣の部屋です。私は階段の近くの部屋にします」
なんかフェリチの部屋も一方的に決められていた。
各々割り振られた部屋で一旦休憩しようということになり、僕は僕の部屋へと入ってみた。
ざっと探索したときは開けなかったクローゼットを開けてみると、服が何着も掛かっていた。
嫌な予感がして、適当な服を一着取り出し、体に当ててみる。
「……ピッタリな気がする」
僕がこの部屋を使うことを見越していたとしか思えない。
城で支給されていた服はいつも新品か丁寧に洗濯されたもので今も特に汚れていないが、より動きやすくゆったりした服に着替えてみた。
やっぱりピッタリだった。
悲鳴をどうにか抑え込んでいると、扉を叩く音がした。
「ディールさん、いいですか?」
フェリチだ。
「どうぞ」
フェリチも着替えていた。城に居た時は大体白いシャツに紺色のスカート姿だったのだが、今は控えめな装飾が施された、上品なワンピースを着ている。
「あのこれ、クローゼット開けたらちょうどいいサイズの服が何着も」
「フェリチもか。僕もだよ」
「リオさんとルルムさんはどうなんでしょうか」
「……怖いけど、行ってみる?」
「怖いけど行ってみましょう」
二人で部屋を出て、まずはリオさんの部屋の扉を叩いた。
こざっぱりした服に着替えたリオさんが笑顔で出迎えてくれた。
次にルルムさんの部屋へ。
城に居た時と色味の違うお仕着せに着替えていた。
「どういうことなの……」
「驚かれてしまいましたか。実は少々誘導させていただきました」
種を明かせばなんてことなかった。
ルルムさんは、先に屋敷についての説明を受けていたのだ。
「だから部屋割り決めたんですか」
「ええ。リオ様だけが懸念事項だったのですが、自ら広めの部屋をご希望してくださったので助かりました。もしお嫌でしたら、今からでもお部屋を変更しますが」
「このままでいいです。僕たちのために考えてくださったんですよね」
驚きすぎて怖かったが、折角の厚意を無駄にはしたくない。
「よかった! ではそろそろ昼食にしましょうか」
食料庫は最新式の保存用魔道具で、そこへ入れた食材は腐るのが遅くなるらしい。
僕は料理を作れないけど、見学を兼ねて厨房へ入れてもらった。
「ルルムさん、これはどうやって火を着けるのですか?」
「ここの取っ手を捻ってみてください」
「……わっ!?」
どうやらかまど等も最新式の魔道具で、取っ手ひとつを押したり捻ったりするだけで火が入ったり水が出たりするようだ。
「冒険者ギルドでスルカス国を『田舎』と言われたときは思わず少々気が立ったのだが、これを見てしまうと確かにあの国はど田舎だな」
リオさんも見学に来ている。
ちなみにリオさんは簡単な料理なら作れるので、今後必要な時に魔道具の操作ができるようにと、隅々まで確認していた。
料理は、ルルムさんとフェリチが半分ずつ作ってくれた。
久しぶりにフェリチの料理を堪能できた僕は、つい食べすぎてしまった。
「今日は随分食べていたじゃないか」
「何故かフェリチの料理なら入るんです」
夕食も終え、あとは寝るだけという時間になった頃、リオさんが酒瓶とグラスふたつを持って僕の部屋へやってきた。
「ははは、そうかそうか。その調子で食べていれば、身体もでかくなるさ」
「なりますかね。僕、もうすぐ二十二歳ですよ」
人は二十歳を過ぎると成長しづらくなると聞いている。
「背は伸びないかもしれないが、筋肉というのはいくつになっても鍛えられるものだ。しっかり食べて資本を作っていけば、可能性は十分ある」
僕はこれまで食べなかった訳では無いし、鍛えることに関しては人一倍やらざるを得なかった状況がある。
僕がグラスを空けて考え込んでいると、リオさんがグラスに追加の酒を注いでくれた。
「ま、そのままで十分強いからな。気にすることはない」
「気にしてませんよ」
僕が騎士団員時代に団長補佐になった理由のひとつは、リオさんの酒量についていけることだと思っている。
町のはずれの屋敷に住みはじめて半月ほど経過した。
食料や日用品は城の人が定期的に持ってきてくれるが、自分の目と足で町を見聞きするために、何かしら理由をつけては町へ繰り出した。
初めてこの国へ来たときも思ったことだが、この国は清潔だ。
路上にはゴミひとつ落ちていないし、人気の少ない路地裏でも街灯があり、夜でも安全に歩ける。
生活のあらゆるところに魔道具が使われており、人々には余裕とゆとりがあった。
ここより良い国なんて考えられず、ここを出ていく気など微塵も起きなかった。
他の皆も同意見で、僕は改めて陛下に「ここに住みたいです」と申し出た。
それと、仕事があるならお任せ願えませんか、と。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。仕事に関してはまだ調整段階だから、暫く……そうだな、ひと月ほど待ってくれ。その間生活に不自由はさせないから、安心してほしい」
「その、英雄にしか頼めない仕事以外にも何かありませんか。ここまで良くしてもらっておいて何もしないのも落ち着かなくて」
「ううむ……。ああ、ではリオ殿と一緒に騎士団の指南役をしてくれないか」
「わかりました」
魔物があまりいないのでは、冒険者の仕事も少ない。
他の仕事を選ぶ余地もなさそうだから、人に教える方法をリオさんに習いつつ、騎士団へ通う日々となった。
そんなある日、屋敷を尋ねてくる人たちがいた。
ひと月以上、お城の人以外来なかったのに、お客さんは二件同時にやってきた。
一方は、前の国で僕の代わりに、教会に預けたお金を取り返すべく奮闘していた、ルルムさんの知り合いの方。
もう一方は、城の研究所の……魔溶液を作り出した、セレブロムという学者の使いの方だった。
ルルムさんの知り合いの方はルルムさんに任せ、僕はフェリチと一緒にセレブロムさんの使いの方と話をすることになった。
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