13 旅支度に追い打ち
◇
約ひと月ぶりに拠点のある町へと帰還した。
すぐに出ていかなければならないわけだが。
「フェリチ、大丈夫?」
「はい、だいぶ慣れてきたみたいです」
フェリチは酔い止めの薬が良く効いたのと、本人の言うとおり慣れてきたお陰で、今回は殆ど酔わずに済んだようだ。
「ならよかった。早速……ええっと、どこから手を付けようかな」
拠点の片付けと冒険者ギルドへの諸々の報告、教会に預けたお金も引き取りに行かなければ。
「拠点引き上げの準備は、私がやりましょう」
ルルムさんが手を挙げてくれると、フェリチが「では案内がてら私も一緒に」と、女性二人で拠点へ向かった。
「俺は先にギルドで話を聞いておこう」
「助かります、リオさん。じゃあ僕は教会へ」
僕が応えると、リオさんは眉間にぎゅっと皺を寄せた。
「ディール、俺たちはまだパーティを組んだ訳では無いが、対等な仲間だろう。敬語や敬称は不要だぞ」
「そう言われましても……」
フェリチが未だに僕をさん付けで呼ぶ気持ちがちょっと分かった。
「慣れるまで待ってください」
「仕方ないな」
リオさんは肩をすくめて引いてくれた。
教会で聖職者の男性にお金のことを話すと、男性はあからさまに慌てた。
「そっその、あの……」
この反応は……嫌な予感がする。
ここはアニスさんが聖女修行をした場所だというから安心して預けていたのに、何かあったんだろうな。
「どうしたんですか? なにか不都合でも?」
「いえその……急に全額は……その……」
「何故ですか? 僕のお金なのに」
半分はフェリチのお金だが、今は細かく言ってる場合じゃない。
「僕はこれから他所の国へ行くつもりで、急いでいるんです。ある分だけでいいので、ひとまず返してください」
「は、はいぃ……」
返ってきたのは、金貨百枚。残りの約千九百枚は一体どうしたのだろう。
「残りのお金は準備出来次第、送ってください」
「……申し訳ありませんっ! 実は、返せないのです!」
「は?」
貴族の息はここにも掛かっていた。
僕が大金を預けたことがどこからか知れ渡り、貴族たちが何やかやと理由をつけて、教会から「借りて」いったそうだ。
無利子、無期限で。
確か、ルルムさんが財務管理にも詳しいって言ってたな。
「詳しい人と相談してきます」
お金自体に執着はないが、これは流石に酷い。
僕が席を立つと、男性も立ち上がって縋るように「ど、どうか他言は!」とか言ってきた。
借りた貴族も屑なら、この人も信用ならないな。
僕は男性を振り払って教会を出た。
次にギルドへ行くと、リオさんと受付さんが押し問答していた。
「あの英雄ディール様が資格剥奪に国外追放なんて、嘘でしょう!?」
王都とこの町は馬車で二日かかるが、連絡用魔道具ならすぐに話は伝わるはずだ。
まだあちらのギルドにも通達が行ってないのかな。
「本当なんだ。俺はその場に立ち会った。そのうち本人もここへ……おお、ディール、こっちだ」
「こんにちは。そこで聞こえてましたが、リオさんが言ったことは事実ですよ。なので、カードと勲章返します」
「そ、そんな……」
左腕の勲章を剥がそうとした手を、リオさんに止められた。
「待て、勲章は持っておけ。それは冒険者ギルドとは関係なく、国王陛下が授けてくれたものだ」
「そうだったんですか!?」
そういえば、勲章を持ってきたのはリオさんだった。
「でも国外追放だからやっぱり」
「七匹討伐は世界中で通用する。一国と冒険者ギルドが討伐を認めたのだ。誰も、あの第二王子ですらも覆せない」
「……わかりました、じゃあカードだけ」
「それもお待ち下さい!」
今度はギルドの受付さんに止められた。
「でも資格剥奪者が持ってたら咎められますよね」
「ですから、その剥奪という話はまだこちらで伺っておりません! 冒険者ギルドは世界中にありますから、もし本当に剥奪だった場合に立ち寄った町でご返還いただければ」
「では、そうします」
結局カードも勲章も手元に残った。
「資格剥奪はきっと撤回されるでしょうし、この国に残るつもりは……」
この国を出たいから、どこか別の良い国は無いかと尋ねたら、まず引き止められた。
「ないです。流石にうんざりしました」
「ですよね……。では、どのような土地が良いですか? 人が多い少ないだとか、発展しているものが商業か農業かだとか……」
「そうですね……貴族制のない国ってあります?」
ここに至って、僕は他の国の知識が殆どないことを思い知った。
そして、もう貴族嫌だな、と思ったら、いっそ貴族なんていない国に住みたくなった。
「ありますよ。ここから乗合馬車だとひと月掛かってしまいますが」
「あるんですか」
最初からその国に生まれたかったなぁ。
拠点へ帰ってみると、片付けと掃除、荷造りはほぼ終わっていた。
「おかえりなさい、ディールさん、リオさん」
リオさんはフェリチにまでさん付けされて何か言いたそうにしたが、大人しく「戻った」と応じた。
「すごいな、もう終わってるじゃないか」
「あとはディールさんの細かい私物だけです」
特に大事なものなんて無いから好きにしてくれて構わなかったのに。
「ありがとう、自分で片付けるよ」
「ところで夕食はどうする? 何か出来合いのものを買ってこようか」
リオさんの言葉に、僕とフェリチが「あっ」と声を上げる。
「そうですね。うっかりしてました」
食材は王都へ出かける前に食べきったりギルドへ持ち込んでアニスさんに貰ってもらったりしていたから、今この家の食料庫はからっぽだ。
「ご案内しましょうか?」
「不要だ。ギルドへ行く途中で美味そうな匂いのする露店を見つけておいた。ルルム、一緒に行かないか」
「はい」
フェリチの案内を断ったリオさんは、何故かルルムさんを連れてさっさと出て行ってしまった。
綺麗に片付いていっそ殺風景な部屋に、僕とフェリチだけが残される。
「ここで過ごしたのはほんの少しでしたが、離れるとなると寂しく思えますね」
「ごめんね、巻き込んじゃって」
僕が謝ると、フェリチは首を横に振った。
「ディールさんが謝ることはありません。……こんなにいい人が、誰かを騙すわけないのに……」
フェリチが下を向いて唇をぎゅっと結ぶ。
「僕がいい人かどうかはさておいて。いい加減、この国の僕の扱いに嫌気が差してたところだからね。向こうから追い出してくれて、清々してるよ」
瞳のせいで学校へ行かされ、騎士団に入れられ、冒険者にさせられた。
どれもそれ自体はいい経験になったが、一部を除く周囲の人間が本当に鬱陶しかった。
冒険者ギルドは世界中にあって、一度資格を剥奪されたらどこの国でも冒険者に復帰することはできないから、これを期に他の職業に就いてみるのもいいかもしれない。
何ができるかは、まだわからないが。
「ディールさん……」
「僕は気にしてない。むしろこれからのことが楽しみなんだ。だから、フェリチも気にしないで」
「……わかりました」
「じゃ、片付けてくるよ」
「お手伝いします」
「いいよ、帰ってきてから動きっぱなしでしょう? 少し休んでて」
フェリチを居間に残して、一人で自室に入る。
僕の荷物は全てテーブルの上にまとまっていた。
と言っても、予備の着替えとか、使っていたコップや爪切りといった、本当に細々したものばかりが少しだけだ。
嵩張らないものをなるべく小さくまとめて背負鞄に詰め、残りは適当な紙に「処分お願いします」と書いて添えておいた。
これで、出ていく支度は済んだ。
居間に戻ってフェリチとこれから行く国についてギルドの受付さんから聞いた話を伝えていると、リオさんとルルムさんが帰ってきた。
「遅くなった。色々と美味そうで目移りしてしまってな」
そう言いながらリオさんがテーブルの上に次々と料理を並べていく。
「どれだけ買ってきたんですか、食べきれませんよ」
テーブルの上には、明らかに四人分以上の料理が乗せられている。
僕はフェリチの料理ならいくらでも入るが、普通の食事は普通の量しか食べない。
「そうか? 女性が二人いるから少なめにしたのだが」
「これで!?」
「残ったら責任持って俺が食べる」
リオさんは有言実行した。というか、普通の食事量が多かった。
僕の倍は食べてたと思う。だから身体が大きいのか、大きいから量が必要なのか。
「ディールはそれだけで足りるのか?」
「もうお腹いっぱいですよ」
「少食だなぁ」
リオさんは豪快に笑った。
一息ついたところで、教会での出来事を皆に話した。
「……ってことなんだけど、ルルムさ」
「教会が! 預り金を無断で無利子で無期限で教会が保持する以上の額を貸し出すなんて! 絶対に許されませんっ!」
ルルムさんが立ち上がりながら叫んだ。
「これは国家裁判ものの事態ですよ。……ううう、本当なら私が残って代理裁判に出席して徹底的にぶちのめしてやるのに……」
ルルムさんはどうやら、何かあると自分の親指の爪を噛む癖があるようだ。ギチギチと音が聞こえるほど、爪を噛み締めている。
「ルルムに全面同意だ。しかし、我々はもう国を出るつもりでいるからな。どうする」
ブツブツと何事か呟いていたルルムさんは、ぱっと顔を上げた。
「私にお任せ願えませんか? 信頼できる人……といっても、私自身がディール様にとって新参者ですから、頼りないのは承知ですが……」
「どうせ僕には何もわからないしできないので、お願いできるなら是非」
「いいのですかっ!?」
「はい」
「では、一時間だけお待ち下さい」
ルルムさんはそう言ってすごい勢いで拠点を出ていき、きっかり一時間後に戻ってきた。
「私の伝手を最大限に使って、件の教会と金を借りていった貴族たちの洗い出し、預け金の取り戻しの段取りを付けてまいりました。少々お時間かかりますが、全額、いえそれ以上に取り返してみせます」
「凄いですね……って、それ以上までは要求しませんよ」
「経費ですので、手伝いを頼んだ方への手数料も含んでおります」
「そういうことなら。ありがとうございます」
「いいえ! 早速お役に立てて何よりです」
ルルムさんは最初に会った時とは印象がガラリと変わった。でも、とてもいい人だ。
この町での用事が全て済んだ僕たちは、荷物を持って乗合馬車の待合所へ向かった。
乗合馬車の中には、大きな客車を引き乗客が車中泊できるものもある。
定期的に御者と馬を交代して夜通し走るから、目的の国までの移動日数は三分の二の二十日に縮まる。そのため運賃が少々割高になるので、普段は急ぎの行商人くらいしか使わない馬車だ。
「ディールくん! フェリチちゃん!」
待合所で四人分の運賃を支払っているところへ、知った声が僕たちの名を叫んだ。
アニスさんが息を切らせながらこちらへ向かって走ってくる。
「アニスさん!」
「はぁ、はぁ……。ギルドで聞いたわ。もう、行っちゃうのね」
「すみません。国外追放処分なもので」
「多分それも撤回されると思うのだけど……止めに来たんじゃないの。これ、持っていって」
アニスさんは小脇に抱えていた包みを渡してくれた。
中身は、黒くて手に収まるほどの大きさの長方形の薄い板……最新式の小型遠距離通信魔道具だ。
確か金貨二十枚くらいするんじゃなかったっけ。それが四台も入っている。
「これは?」
「ギルドからの餞別」
「でも、こんな高価なもの……」
僕が包みを押し返そうとすると、包みごとアニスさんに手を握られた。
「ディールくんを酷い目に遭わせた国ですもの、いつか戻ってきてなんてことは言えないわ。これは皆が、遠くからでもあなた達と話がしたいっていう意味なのよ」
正直、驚いた。
コーヴス、イエナ、貴族たち、騎士の一部、第二王子。
嫌な連中ばかりと対面してきたから、この国にだって、アニスさんやフェリチ達以外にもいい人がたくさんいることをすっかり忘れていた。
「受け取ります。ありがとうございますと、お伝え下さい」
「ええ。道中気をつけてね」
アニスさんとの別れを済ませた僕たちは馬車に乗りこみ、そのまま町を出た。
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