12 追放と剥奪と
翌日は早朝に起こされ、侍女さんたちに囲まれて身支度を整えられた。
ボサボサに伸びていた髪は丁寧に梳かれて紐でまとめられ、顔に色々と塗られたり粉を叩かれたりして、後で自分で触るともちもちすべすべになっていた。
いつもの動きやすさを念頭に置いた冒険者向けの装備ではなく、身体にぴったりとしたシャツとベストとズボンで動きづらいことこの上ない。
小一時間ほど掛けて身体中を触られ、うんざりしたところでようやく解放された。
寝室を出て居間で朝食を取っていると、少し遅れてフェリチがもう一つの寝室から出てきた。
「おお……」
フェリチも、いつもはざっと一つにまとめている髪を丁寧に結い上げられ、紺色の洗練されたドレス姿になっていた。
顔には化粧を施され、大人びて見える。
「へ、変ですか?」
「ううん、綺麗だよ」
「あっ、ありがとうございます……」
なんだか妙な空気になってしまった。
「朝食も美味しいよ。食べよう」
「はい。あのでも、あまり入らないかも」
「どうして? 具合悪い?」
「いいえ、その、コルセットが……」
コルセットは確か、女性が身につける矯正用の下着だ。ものすごくきつく締めるものだと聞いたことがある。
「ああ……。でも少しは食べないと、持たないよ」
「はい」
フェリチは半分に切ったサンドイッチと、紅茶を一杯飲むだけで朝食を済ませた。
騎士団に居た頃、王城内部は必要な場所にしか行かなかった。というか、行けなかった。
団長補佐の立場上、国の偉い人に書類を運ぶ仕事を命じられても、騎士団員の誰かが何かと理由をつけてはその仕事を持って行ってしまうのだ。
書類運びくらいの仕事を僕から奪ったくらいで僕の立場を潰せるなんてことはないし、逆に「僕の仕事を代わりにやらされた」と認識されていたから、損しかなかったはずだ。
人を疎みすぎると、なにか大事なものが欠けてしまうのだろうか。
そんなわけで城内の様子には疎い。
会議室への道順も、最初に僕たちを貴賓室へ案内してくれた侍女さんについていかないとわからなかった。
重厚な木の扉を侍女さんが二度叩いたが、中から返事はない。人の気配もしない。
すると侍女さんはためらいなく扉を開けた。中には誰も居なかった。
「こちらがお二人の席です。どうぞ」
下座の椅子を引かれたので、そこへ座る。
待つこと暫し、次に入ってきたのはアディさんと似たような服を着た文官らしき男性だ。年齢は団長と同じく三十代くらいだろうか。
お互いに会釈を交わし合うと、男性は僕たちの向かいに座り、書類を広げてペンで何やら書きはじめた。
更に待っていると、団長、ゴテゴテした服の人数名とやってきて、最後に若い男が悠々と入ってきた。
若い男が一番上座へ座る。
初めて見たが、おそらく第二王子だろう。
つやつやした黒髪に、青い瞳。聞いた通りの美男子だ。
その青い瞳が一瞬僕を見た気がした。
「では始めようか」
第二王子のこの一言で、会議という名の……僕の吊し上げが始まった。
「ディール・エクステミナに魔物が寄り付かなくなったという話、証拠はあるのかね」
「ありません」
「そもそも、瞳が黒くなるのと止めを刺した魔物が消える現象、関連性は?」
「関連は分かりませんが、止めを刺した魔物が消えるのは間違いありません」
「瞳をこの場で黒くすることは?」
「自分の意志ではできません」
「何一つ証拠も確証もないではないか」
第二王子は僕ばかりを問い詰め、他の人達は下を向いて押し黙っている。フェリチはハラハラとした様子で僕を見上げ、騎士団長は第二王子をじっと睨むように見つめていた。
「魔物を御前で倒させていただければ……」
「私を魔物の前に晒すというのか?」
やっぱり、僕の反論や意見は聞き入れてもらえない。
「殿下、彼の実力は間違いありません。昨日は……」
「君に発言は許していないぞ、リオ・ラソーソス騎士団長」
今は会議であって謁見の場ではないのだから、発言の許可は要らないはずだ。さっきから第二王子ばかりが喋っているのが異常事態だ。
しかし、国王陛下がいない今、誰も第二王子に逆らえない。
「国王陛下は君を国と冒険者ギルドの庇護下に置くよう指示したが、私がそれが正当な行為だと思えない。今この場で、私の権限を持って、ディール・エクステミナの庇護を破棄する。更に、これまでの魔物討伐の功績を虚偽と判断し、冒険者資格剥奪と国外退去を命じる!」
庇護下から外されることくらいは想像していたが、考えていたより重い罰が下った。
「殿下っ!」
騎士団長が立ち上がって叫んだが、僕は片手で団長を制した。
「承知しました。では私はこれで」
冒険者資格剥奪に国外退去ということは、僕はこれ以上この場に居てはいけない。
立ち上がって適当に頭を下げ、そのまま会議室を出た。
「ごめんね、フェリチ」
フェリチは当然のように僕についてきてくれた。
「ディールさんが謝ることはありませんっ! 私も冒険者資格を返上してついていきますっ!」
「そんなことしたら……」
「ディール、待ってくれ」
後ろから団長が走り寄ってきた。
会議室の扉を締めた後、誰かの怒号が聞こえた気がしたが、おそらく団長だったのだろう。胸と腕から、騎士団や団長の勲章を強引に剥ぎ取った跡がある。
「七匹を倒したディールを嘘つき呼ばわりした挙げ句、資格はく奪して追い出す者が上にいる国に、もはや未練はない。ディール、どうか俺も連れて行ってくれ」
「団長、でも」
「もう俺は団長ではない。リオと呼んでくれ」
団長、ではなくリオさんは、僕の肩に手を置いた。
「前々から、この国はおかしいと思っていたのだ。騎士団長になったのも、俺が侯爵家の出身だからという理由だけ。高位貴族の横暴は目に余る」
「でも、国王陛下は話の分かる方だと思っていました」
「そうだな、陛下は良く出来たお方だ。しかし年齢とご病気で、残念ながら長くはない。あの場に居たのが陛下によく似た第一王子だったらよかったのだが、あの第二王子に言いくるめられて、表舞台に立ちたがらないのだ」
「だ……レオさん、ここまだ王城ですから」
「構わないが、そうだな。とっとと出よう。荷物くらいは返してくれるだろう」
貴賓室に戻ると、僕たちの荷物と着ていた服が扉の脇に積まれていた。
そして侍女さんが、僕の剣を運び出そうと奮闘している。
普通の両手剣でも普通の女性には重たい代物だから、僕の剣はさぞかし重たかろう。
侍女さんは僕たちに気づくと、剣の柄を持ち上げたまま、がばっと頭を下げた。
「申し訳ございません! 第二王子殿下の命令でこのような……」
「あの人の命令なら仕方ないですよ。剣、持ちます。あと、着替えたいのですがどこか場所はありませんか?」
「この室内でどうぞ。どうせ誰もいらっしゃいませんから」
僕は剣を受け取り、着替えをとって貴賓室へ入った。フェリチも着替えを手に寝室の向こうへ行った。
手早く着替えを済ませて外へ出ると、侍女さんの姿がなかった。
「あの侍女から伝言だ。城門を出たところで少し待っていて欲しいそうだ」
「へえ、どうしてでしょうね」
「わからん」
リオさんと話している間に、フェリチも着替えを終えて出てきた。
「お待たせしました」
「待ってないよ。じゃ、行こうか」
僕とフェリチとレオさんで城門を出て少し行ったところで、侍女さんの伝言通り立ち止まった。
殆ど間を置かずに、城門から女性がひとり出てきた。
「お待たせしました。では、行きましょうか」
侍女服ではなく村娘が着るような服になり、結い上げていたローズレッドの髪を肩の辺りでゆるく一つにまとめていたからすぐに分からなかったが、侍女さんだ。
「行くって……」
「申し遅れました、私、ルルムと申します。これからディール様と皆様に誠心誠意お仕えする所存でございます」
侍女さん改めルルムさんは、そんなことを言い出して頭を下げてきた。
「な、なんでっ!?」
「そうそう、先程伝言を預かる時に少し話したのだが、彼女も第二王子に辟易していたところだそうだ」
「家事は一通りこなせます。財務管理の心得もあります。どうか侍女として雇ってくださいませ」
「そんな事言われても……」
「給与などは頂きません。他所で仕事を見つけますので」
「いや、あの……僕は冒険者資格を剥奪された上に国外退去命令を出されてるから、今ある拠点も引き払わなくちゃだし……つまり行くとこがないわけで」
「ディール様ほどのお方なら、どこでもやっていけますよ。さあ、参りましょう!」
「ふふふっ」
張り切るルルムさんの様子を見て、フェリチが笑い出した。
「そうですね。ディールさんなら大丈夫です」
「うーん、いいのかなぁ……」
勢いに呑まれてしまっている気がする。
先に一旦王都へ戻り、冒険者ギルドに連絡を入れた。
「はい、資格剥奪処分を受けたと……はあ? 英雄殿が?」
受付の人に、王城での出来事を簡単に話すと、口をあんぐり開けて僕を見上げた。
「話したとおりです」
「なっ!? ほ、えっ!?」
混乱させてしまったようだが、事実なんだ。
「すー……はー……。少々お待ちください」
受付さんは自力で呼吸を整えて自分を落ち着かせると、一旦奥へ下がり、すぐにここのギルド長を連れてきた。
「話は伺いましたが、まだ王城からこちらに何の連絡もないのですよ。第二王子殿下の独断だったのかもしれませんね」
「でも第二王子の命令ですよ。僕は間違いなく言われたのですから、そのうち本当になります」
「ううむ……ですがしかし……」
「僕たちはこれから拠点のある町へ帰ります。他のギルドへの連絡をお願いしていいでしょうか?」
「それは構いませんが……」
ギルド長は最後まで渋っていたが、連絡は約束してくれた。
◇
「はっはっは! 言われたとおりに英雄を追放してやったぞ!」
第二王子は自室へ入り、厳重に扉を閉めるなり、大声で笑い出した。
「それはようございました」
第二王子の肩に、長い緑色の髪に抜群のプロポーションをした女がしなだれかかる。
「連絡官どもは渋っていたが、俺の命令だ。そのうち浸透するだろう。さあ、これで邪魔者は居なくなったぞ、イエナ!」
「ええ、ありがとうございました。愛しております、殿下……」
第二王子の自室にいたのは、あのイエナであった。
しばらく前、王城の周りを散歩していた第二王子は、女が倒れているのを見つけた。
身体は薄汚れ、着ているものもボロボロだったが、その顔は輝くばかりに美しい。
第二王子は侍従らに命じて女性――イエナを保護し、極秘に面倒を見てやった。
やがてイエナは回復すると、倒れていた経緯を「英雄と呼ばれているディールのせい」だと主張をはじめた。
はじめは第二王子も信じなかったが、何度も同じことを聞かされ、ついでに身体も誑かされると、イエナの言うことを信じるようになってしまった。
第二王子付きの侍従たちは異変に気づきつつも第二王子には逆らえず、またどういうわけかイエナを遠ざけることもできなかった。
更に運悪く、イエナが王城に居座るようになってから国王の体調が悪くなり、第一王子と第二王子が代理として国の頂点に立った。
第一王子は何もしていないわけではなく、表舞台に立たないところで自分の仕事をこなしていた。
元々は仲の良かった二人の王子だが、イエナが王城に住み着いた頃から第二王子側から第一王子を避けるようになり、傍目からは二人の仲が「王位を争って」険悪になったと思い込まれてしまった。
そして、第二王子はイエナに骨抜きにされ、ディールに関する嘘を吹き込まれ、今回の愚行に至ったのである。
しかしイエナの洗脳にも似た力は、広範囲に影響を与えるものではない。
第二王子とその側近、専任侍従以外には何の効果もなかった。
「どういうつもりだ」
ディールを国外追放したという話を聞きつけた第一王子が、久しぶりに第二王子の前に現れた。
「どうもこうも。国一番の嘘つきを追い出しただけですよ、兄上」
「彼が嘘を吐いていたという証拠は!?」
「あります。イエナ、こっちへ」
第一王子の前に現れたイエナは、第二王子が贈った品々で、一国の姫のように着飾っていた。
「誰だ貴様は」
「イエナと申します。第一王子殿下におかれましては……」
「お前! こんな怪しい女を城内に入れていたのかっ!」
「し、しかしイエナは……」
「誰か! 誰か来てくれ! 怪しい女が入り込んでいるっ!」
第一王子が叫ぶと、イエナはあっという間に捉えられ、縛り上げられた。
「なにをなさるのです、兄上!」
「目を醒ませ!」
第一王子は第二王子の頬を思い切り張った。
たたらを踏んだ第二王子は、頬を抑えて第一王子を睨みつけた。
「しばらく謹慎していろ。それと、側近たちも総取り替えだ」
第一王子は周囲に指示を出し、第二王子はそのまま部屋に押し込まれ、外側から鍵を掛けられた。
ディールへの処分が取り消された頃には、ディールは国外へと旅立っており、何もかも手遅れだった。
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