8 実質デー……

 拠点のある町へ帰り、拠点で一旦休んでから、冒険者ギルドへ行った。


 ギルドで待っていたのは、ギルド長と、この国の王宮騎士団長だった。

 ギルド長は解るが、何故騎士団長がここに?

 疑問を呈する前に、騎士団長が僕とフェリチの前で跪いた。


「アロガンティアドラゴンを倒した英雄に、最大の敬意を」

 騎士団長が手に捧げ持つのは、見たことのない色形の勲章だ。

 冒険者ギルドや騎士団、兵団で高危険度の魔物を討伐すると、勲章が与えられる。

 ギルドで時折、何らかの勲章を誇らしげに胸につけている冒険者を見たことがあるが、こんなにキラキラしていなかった。

 差し出された勲章は、おそらく白金で出来た六芒星の土台に、輝く貴石が嵌っている。


 ギルド長を見ると、うんうんと頷くので、とりあえず受け取った。

 ところで勲章はフェリチの分もあった。

「私はアロガンティアドラゴン討伐に全く貢献していません。ディールさんがおひとりで倒しました」

 フェリチは受け取りを拒んだ。

 しかし、騎士団長は立ち上がり、フェリチの手を取ってそこへ勲章をぐいっと押し付けた。

「凶悪な七匹のドラゴンと相対して生還しただけでも、受勲に値する。恥じること無く受け取って欲しい」

 ここまでされて断れるほど、フェリチは気の強い性質ではない。

「では、お受けします。ただ、身に付けるのは遠慮させてください」

「良いでしょう。ディールは着けておけよ」

「ハイ」

 騎士団長は、僕が今まで会ってきた中で最も物事を公平に見る人だ。

 騎士団には嫌な思い出ばかりだが、騎士団長がいてくれたからなんとか無事に過ごせたという恩がある。

 よって、騎士団長には逆らえない。

 僕はその場で、左肩のあたりに勲章を着けた。意外にも軽くて、動きの邪魔にならない。ちゃんと工夫されているのだと感心してしまった。


「では私は所用があるので、これで。また会うときまで息災でな」

「お忙しい中ありがとうございました」

 僕が挨拶を返すと、騎士団長は何故かぐっと顔を上げ、それから一度も振り返らずにギルド長の部屋から出ていった。


「さて、ディール殿」

 ギルド長が僕のことを殿付けで呼び出した。

「ディールでいいですよ、ギルド長」

「そうはいかん。君は英雄なんだよ。本当は『様』付けしたいくらいだ」

「……わかりました。話を続けてください」


 山の麓の村で通信したときに想像した通り、あの山にはカオスドラゴンがいるからという理由で冒険者に討伐依頼が出ていた。

 僕を指名したのは、現時点で元領主となっている、モデンゾ伯爵という人物だ。

「知らない方ですね」

「だろうね。向こうも……モデンゾ伯爵自身も君のことは詳しく知らん。だが、伯爵の息子が一年ほど前に騎士団に入ったんだ」

「ああー……」

 僕は大体察した。

 騎士団を出て六年以上経つが、未だに「男爵令息の分際で国から庇護を受け騎士団長補佐にまで上り詰めた生意気な野郎がいた」という話が残っているらしい。

 僕自身は彼らに何もしていないし何かする気は全く無いのに、向こうが勝手に「男爵令息が騎士団員枠を一つ潰し、男爵でも騎士になれる悪い前例を作った」と、僕を勝手に悪役にしているのだ。

 冒険者になって最初の一年は、騎士団からの嫌がらせの依頼のせいで、パーティを三つほど転々とした。

 ちなみにコーヴスのパーティは六つ目だ。パーティはコーヴスも含めて腕の立つ連中揃いだったお陰で、嫌がらせ依頼も美味しい依頼として処理できたのがよかった。それもイエナが来るまでの話だが。


 で、その伯爵の息子とやらが騎士団で冒険者に仕事を依頼できるほどの権力を握ったところで、僕に嫌がらせを発動したのだろう。

「伯爵家は取り潰し、息子の方は殺人未遂と同等の罪で投獄された」

「重っ」

 思わず感想が口から出てしまった。

「重いものかね。虚偽依頼は伯爵自身も一枚噛んでいるはずなのに、取り潰しだけで済んでいる。甘いと思っているよ。……ともあれ、ディール殿が無事で本当に良かった」


 話を終えると、報酬を手渡された。

 まずは道中の魔物の分が合計で金貨十枚。

 凶悪な七匹のドラゴンの討伐報酬は時価で、今回の場合は虚偽依頼だったため、その分上乗せされた結果……金貨二千枚になった。

 金貨千枚でも今後の人生を余裕で遊んで暮らせる額だ。

「半分ずつに」

「なわけないですよね!?」

 山分けをフェリチに提案しようとしたら、食い気味に却下されてしまった。

「私は今回、酔ったり泣いたり酔ったりしただけで、何もしてません」

「事あるごとに結界張ってくれたし、僕に強化魔法や治癒魔法を掛けてくれたじゃない」

「そんなの仕事のうちに入りません!」

「立派な仕事だよ。何なら僕だってドラゴンぶった斬っただけだし」

「普通は出来ませんからっ!」

 やいのやいのと話し合ったがフェリチは断固として分け前を承諾しなかった。

 僕も全額受け取るのは違う気がしたので、とりあえず当面の家賃と生活費として金貨十枚だけ手元に残し、残りを金貨を教会に預けることにした。

 毎年、寄付金という名目で少々持っていかれてしまうが、アニスさんが所属していた信頼できる教会だ。


 お金をちゃんとしたところへ預けられたと安心していたのに、このあとすぐに一部を引き出す羽目になった。


 剣の手入れをしようと部屋で剣を鞘から抜いたら、真ん中からぼきりと折れてしまった。

「……ええっ!?」

 麓の村からの帰り道で魔物は出なかった。

 それでも毎晩剣の手入れはしていたが、特に異常はなかったのに。

 よく考えれば、巨岩のような感触のドラゴンをぶった斬ったのだ。

 ただでさえ脆くなっていた剣を丁寧に磨いたから、余計に損傷が蓄積されてしまったのだろう。

「ディールさん、どうなさいました?」

 大きな声を出してしまったから、フェリチが扉の向こうから心配そうな声を掛けてきた。

「なんでもな……くはないかな。剣が折れちゃってさ。入っていいよ」

「剣が折れた!?」

 部屋に入ってきたフェリチは、僕が持った剣をまじまじと見つめた。

「ドラゴンを斬ったのですものね」

 無惨に折れた剣を前に、フェリチが黙祷のような仕草をする。

 冒険者になってからずっと使ってきた剣だ。僕も、心のなかで剣に「ありがとう、お疲れ様」と言っておいた。


「不勉強でお恥ずかしいのですが、剣ってどのくらいするものなのですか?」

「実はこれ、騎士団で賜ったものだから、正確な値段は知らないんだ。武器屋では金貨十枚前後のものが多いかな」

「結構するのですね。金貨の使い道、決まりましたね」

 フェリチがほっとした表情を浮かべる。

「金貨百枚出したところで、斬れ味や強度はそんなに変わらないよ。高いの買ったって手に馴染まなければ無用の長物になるし」

「お金を積めばいいというわけではないということですか……」

「でもま、高いほうが品質が良いってのは合ってるかな。百枚は要らないだろうけど、少し使わせてもらうよ」

「そこはディールさんが気にすることでは。あの、私、武器屋さん行ってみたいです」

「じゃあ明日、一緒に行こう」

「はい!」


 翌日、朝食を摂ったあと、すぐに出掛けた。

 近々で魔物討伐の仕事を請けるつもりはないが、剣はいつも持ち歩いていたから、無いとなんだか落ち着かない。


「わあ……。杖も置いてあるのですね」

 町の武器屋はこぢんまりとした店構えに、所狭しと様々な武具が並んでいた。

 フェリチは興味深そうに剣以外の武器もまじまじと見つめている。

「フェリチの杖は教会の支給?」

「いえ、これは実家から持参しました」

「そうだったんだ」

 僕は前の剣と似た長さの剣を何本か手にしてその場で軽く振ってみるも、なかなかしっくりくるものがない。

 あれこれ触っていると、受付台の向こうに座っていた店員の男性がこちらへやってきた。

「何をお探しで……はうあっ! え、英雄様!?」

 手もみしながら近づいてきた店員は、僕の左肩を見るなり両手を肩の横に広げて、一歩引いた。

 それにしても、英雄『様』て。

 随分な勲章を頂いてしまったものだ。

「も、申し訳ありませんが、ここには英雄様のお眼鏡に適うようなものは……」

 まさかのお断りだ。

「そうですか。でも、とりあえずの一本は欲しいんです。前の剣が折れてしまったので」

「でしたら……少々お待ちください」

 店員さんは店の奥から、布に包まれた何振りかの剣を持ってきた。

 その中から、一番しっくりきたのは、前の剣より長く太く、重めのものだった。

 最近なんだか力が強くなっている。

「これください」

「ありがとうございます。英雄様に剣を売れたこと、末代まで語り継ぎます」

 店員は深々と頭を下げてきた。大袈裟だ。


 剣の値段は金貨五枚だった。値札を見せてくれなかったが、剣の質からして、値引きしてくれたのだろう。

 騎士団長命令だから勲章をつけっぱなしだけど、もう外したくなってきた。

 恭しくされるのは性に合わない。


「これでもいいけど、もうちょっと探したいな。仕方ない、王都へ行こうか」

 あの武器屋であの調子なら、町の武器屋はどこも似たようなものだろう。近隣に名匠がいるなんて噂も聞かないし。

 王都ならば、騎士団に武器を卸している武器屋がある。

 最悪でも前と同じ程度の品質の剣は手に入るだろう。

「ちょっとした旅ですね。いつ行きますか?」

 王都へは町から乗合馬車が出ている。片道二日の距離だ。

「急ぎたいからできれば明日にでも。フェリチはどうする? それとも留守番してる?」

「ご一緒したいです。明日で大丈夫です」

「じゃあ今日は帰って、準備しようか」

「はい!」

 帰り際、酔い止めの薬を探しに市場へ向かった。

「あら、ディールくんと、フェリチちゃん?」

 声を掛けられて振り返ると、アニスさんがいた。手には野菜等が入った紙袋を持っている。

「こんにちは、アニスさん。買い物ですか?」

「ええ。ギルドの買い出しも頼まれてて。二人はデート?」

「違います」「違います」

 僕とフェリチで同時に否定した。

「ふふ、そんなに照れなくてもいいのに」

「照れてません」「照れてません」

 また同時に否定が出る。ペアとして息が合ってきたのだろうか。

「剣が折れちゃったんで、新しいのを買ってきた帰りですよ。いいのがなかったので、明日王都へ行こうかと」

「あらあら。王都へは二人で行くの? 家は?」

「空けることになりますね」

「じゃあギルドで管理しておくわ」

 こんな言葉がさらっとでるアニスさん、ギルドで働いているとは聞いているが、一体どんな役職に就いているのだろう。

「いいんですか?」

「勿論よ。英雄の拠点だもの」

「助かります、ありがとうございます」

「どういたしまして。デートのお邪魔しちゃって悪かったわね。じゃあまたね」

「違いますってば」「違いますってば」

 僕たちの反論を、アニスさんは「うふふ」と笑いながら聞き流して去っていった。


 無事に酔い止めの薬と、夕食の食材を手に入れて帰宅した。

 食事は毎食、フェリチが作ってくれる。

 ちなみに僕は料理が苦手だ。コーヴスのパーティに居たときも、僕だけ料理当番を免除されるくらいの酷さだったりする。

 食にあまり拘りがなくて、野営は携帯食料だけで十分だったし。

 でも、フェリチの料理がとても美味しいことは解る。

「美味い」

「ありがとうございます。ディールさん、たくさん食べてくださるので、作り甲斐があります」

「フェリチの料理じゃなかったらこんなに食べないよ。美味しいからいくらでも入るんだ」

 事実だ。アニスさんの料理でもここまで食べなかった。最近身体に肉が付き始めたのも、フェリチの料理のお陰だと思う。

 食べ終わって顔をあげると、何故かフェリチが顔を真っ赤にしてうつむいていた。

「どうしたの? 具合悪い?」

「いえっ、なんでもありません……無自覚なんだから、もう」

「何か言った?」

「なんでもないですっ! ごちそうさまでした」

 食事を作ってもらっているのだから片付けは僕がやると何度言っても、フェリチは「片付けまでが料理です」と言って聞いてくれない。

 せめて流しに食器を運び、後は邪魔にならないよう、いつも通り部屋に引っ込んだ。


 新しい剣を両手で持ち、少し振ってみてから、左手を外した。

 右手だけで、軽々と振れてしまう。

「うーん……」

 あの武器屋では一番しっくりきたのだが、やはり物足りない。

 もう少し重く、大きくても余裕だろう。

 元の剣はそれほど大きくも重くもなかったのに、一体どうしてしまったのだろう。

 騎士団の剣はそれほど質が良かったということかな。

 一人で納得して、剣をさっと手入れしておいた。

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