29 盛られる
オーラムは、執事さんが「この時間は酒を飲んでいる」と言われていた時間にやってきて、貴賓室の扉を叩いた。
僕とフェリチがなんの反応もせずにいると、扉の向こうから話しかけてきた。
「考え直してくれたかい?」
開口一番、ありえない話だ。
そのまま無視を続けると、オーラムは更に言い募った。
「なあ、聞いてくれよ。他所の人間にドラゴン退治させるなんて、この国はどうかしてる。近づかなきゃ被害は無いんだし、放置でいいんだよ。むしろ刺激しないほうが良いまである。あんたの……ディールの強さの話は聞いた。もう七匹のうち三匹を討伐したんだってな? そんで死体は消え去ると。いやすごい、凄まじい。でもな、もしうちの国の人間だったとしても、やっぱりドラゴン退治は頼まないよ。民一人に……」
「ディールはひとりじゃないよー」
オーラムのうるさい話を、間延びした声が遮った。
「なんだあんたは……うわっ、おい、やめ……」
複数人の足音と、ばたばたとした物音がして、オーラムの気配が遠ざかっていった。
「ディール、フェリちゃん、大丈夫ー?」
扉を開けて、ピンクのもじゃもじゃした髪をぴょこりと覗かせたのは、セレだ。
「大丈夫。って、オーラムはどうしたの?」
「それって、いま扉の前でうるさかった人のことだよねー? 私に付き添ってくれた兵士さんたちがー、どっか連れてったー」
「そっか、助かった」
「一体なんなのー、あのひとー」
僕とフェリチでセレにオーラムのことを説明すると、セレも「もしかしてー……」と、僕たちと同じ結論に達した。
「なんで道化ぶってるのかは知らないけどね」
「臆病風に吹かれたんじゃないー?」
「同じ台詞をオーラムからも聞いたよ。オーラムいわく、吹かれてるのは他の奴らだそうだよ」
「あははー。ディールはどう思うー?」
「ドラゴンを放置するなんてあり得ない」
「同意ー」
スルカスで初めて倒した凶悪な七匹のうちの一匹が、放置されていたドラゴンの典型だった。
一番被害に遭うのは、近隣に住んでいる人や動物だ。
スルカスでは土地を治めていた貴族の怠慢で、カオスドラゴンと誤認されていた上に、貴族の息子が僕への嫌がらせに使ってきた。あれは本当に酷い話だった。
ドラゴンがいるなら、速やかに倒せる人間を集めて送り込むのが一番いい。死骸を消滅させる手段を忘れずに。
よって、アブシットがドラゴンを倒せて死骸を消滅させられる僕を呼んだのは、自分で言うのも何だが最善の手のはずだ。
「セレさん、こちらへいらしたということは」
「ああ、そうそうー。できたよー。はいこれ、ディールにあげるー」
手渡されたのは、小型通信魔道具をひと回り小さくしたような、真っ白な板だ。
「これは?」
「転移魔法そのものを組み込んであるー。ただし、ディール専用ー。魔力めちゃくちゃ喰うのー」
「凄いな、試していい?」
凄い、はセレが作る魔道具の予想が当たったフェリチにも向けて言った。本人にその事が伝わったらしく、フェリチは誇らしそうにはにかんだ。
「勿論ー」
「じゃあ……城の外へ」
言った瞬間には、アブシット城の城門から少し離れた場所に立っていた。
僕に異常はなにもない。魔力とやらが減っているかもしれないが、元々自力で使えない代物だから、減っていても問題ない。
感動しつつ、今度は貴賓室へ戻るために使った。
「ただいま。思い通りの場所へ転移できたよ」
「おかえりー。さすが、使いこなすの早いねぇ」
「便利ですね」
フェリチが羨ましそうに僕の手の中にある魔道具を見つめると、セレは「にゃはは」と苦笑した。
「ディールの魔力ありきで急ごしらえしたものだからねー。フェリちゃん用はまた今度作ったげるよー」
「す、すみません、ねだるような事を……」
「いいのいいのー。それと、フェリちゃんひとりくらいなら一緒に転移できるからねー」
「助かる」
セレは笑顔だったが、目の下にはべっとりと隈が張り付いている。三日という期限を自分で切ったとはいえ、徹夜もあっただろうし疲れているのだろう。
フェリチも気づいて、セレに治癒魔法をかけた。
「ありがとー」
「どういたしまして。セレさん、休んでください」
「そのつもりー。またねー」
セレは欠伸をしながら、自分にあてがわれている部屋へ大人しく引き下がった。
アブシットへ来て四日目の朝、朝食を摂った僕たちは旅支度を済ませた。
いよいよこの国のドラゴンを討伐しに行くのだ。
「では、手筈通りに……道々に案内人を配置しておりますので」
「わかりました」
セレは見送りに来なかった。フェリチが様子を見に行ったときは深く眠っていたそうだから、起こさずそっとしておくことにした。
それと、魔道具の効果は僕たちとセレだけの秘密ということになっている。
あまりにも悪用が容易な魔道具だし、これこそ国に見つかったら軍事利用され放題だろう。
セレは研究所を借りる際に「ディール専用の、ディールの能力が底上げされる魔道具を作った」と説明したそうだ。
僕に転移魔法は使えないが、ある意味間違ってはいない。
だからドラゴン討伐を成せた場合の帰りも、行きと同じく馬車だ。
「ご武運を!」
「お気をつけて!」
城の人達に見送られて、僕たちは出立した。
「オーラムさん、姿を見せませんでしたね」
オーラムにさん付けなど不要だが、フェリチだから仕方ない。
「合わせる顔が無いんじゃないかな。反対してたし」
馬車の中で僕たちがそんな話をしていると、不意に馬車が挙動不審になった。遅くなったり速くなったり、横に揺れたり。
フェリチはセレ謹製の酔い止めのお陰でずいぶんマシだが、それでも乗り物酔いには弱い。顔を青くして僕にしがみついてきた。
「何事でしょうか」
「魔物ではなさそうだし……あっ!?」
窓から外を見ると、白馬に乗ったオーラムが馬車と並走していた。
僕に見られていると気がつくと、オーラムは腹立たしいほどキラキラした笑顔で手を振ってきた。
「何しに来た」
馬車を止めてもらって僕だけ外に出てオーラムを睨みつけると、オーラムは慌てて馬車から降りて僕の前に正座した。
「止めてくれって言っても聞いてくれないから、いっそ同行してドラゴン退治見届けようかと……」
「どうしてそんな話になる!?」
頭が痛い。
オーラムは身体つきこそ冒険者顔負けなほどがっちりしているが、強そうに見えない。
フェリチ曰く「魔力の気配もない」そうだから、魔法も使えないだろう。
お荷物確定だ。
「ドラゴン相手に足手まといを連れて行く余裕はないよ。帰れ」
「ぐっ……退治中止を聞き入れてくれない限り、ついていく!」
思い切り睨みつけてばっさり断っても、効果がない。
「ディール様」
御者さんが御者台から降りてきて、オーラムの隣に立った。
「ここまで来てしまっては、もうどうにもなりません。下手に置いていくより、監視を兼ねて同行させるほうがよいかと」
御者さんの言うことは理に適っている。
僕はわざとらしく大きくため息をついてから、オーラムに向き直った。
「邪魔はするなよ。あと、馬車にはフェリチがいるから乗せない」
「承知した!」
「オーラムさん、どうするのですか?」
「ついてこさせることにした」
馬車に乗り直してフェリチに一通り説明すると、フェリチも頭を抱えた。
「困った方ですね。ディールさん、いざとなったらオーラムさんを転移魔道具でアブシットのお城へ連れて行くというのはどうでしょう」
「僕もそれ考えたけどね。それだけのために魔道具使うのはもったいない気がするし、僕たちとセレとの秘密は守りたい」
「それはそうですね」
移動初日から、がっつり疲れた。
しかし、旅の方は拍子抜けするほどすんなりと進み、七日経った。
想定されていた魔物との遭遇や戦闘が一切発生しなかったので、旅程は二日ほど縮まり、明日にはドラゴンが出るという山脈へ到達予定だ。
「随分早う着いたな。アブシットも安全な国になったものだ」
呑気なことを口にするのは、何故か一緒に夕食を食べているオーラムだ。
想定外の旅人の路銀はオーラムが持参しているため、
「俺の金だから、どこで食べるのも自由だろう」
と、僕たちにつきまとっている。
「アブシットが安全な訳では……」
「フェリチっ」
咄嗟にフェリチが反論しようとしたので、慌てて止めた。
が、時すでに遅し。
「なんだ? フェリチちゃん」
「いえなんでもないです」
「なんだよ気になるじゃないかー。アブシットが安全じゃないってんなら、根拠を提示してもらいたいな」
フェリチは僕を見た。僕は首を横に振った。
「魔物が出なくてよかったですね。アブシットは安全な国です」
フェリチはそう言い切り、まだ残っていた夕食を急いで食べ終えて、そそくさと宿の部屋へ向かった。
「なあディール。フェリチちゃんの言葉はどういう意味だい?」
「知らない」
「ここまで一緒に旅してきた仲じゃないかー」
「一緒にじゃない、オーラムが勝手についてきてるだけだ」
とっくに夕食を片付けていた僕も立ち上がって自分にあてがわれている部屋へと向かおうとすると、オーラムがついてきた。
「何だよ。僕はもう寝るよ」
「その前に一杯やらないか?」
オーラムはどこからともなく、ワイン瓶よりも二回りほど大きい酒瓶を取り出した。
「クエスト中は禁酒してるんで」
「酔ったら剣が振れないなんて言わないだろう? ちょっとくらい付き合ってくれよ。な? 一杯だけ」
あまりにもしつこいので、一杯で済むならと口にした僕が馬鹿だった。
オーラムを部屋に入れ、備え付けのグラスを二つ取り出して僕とオーラムの前に置き、オーラムが酒を注ぎ、僕が一口……までは覚えている。
気がつけば、真っ暗な場所で全身をきつく縛られていた。
僕を縛っているのは普通の縄のようで、その気になればすぐに自力で引き千切れるだろう。
ひとまずの問題は、ここがどこで、どれだけの時間こうしていたかが全くわからないということだ。
まさか酒に毒か薬を盛られるとは考えもしなかった。
ひとしきり自己嫌悪に陥ってから、行動を開始した。
暗闇にも徐々に目が慣れてきて、今いる場所が倉庫のようなところだと判る。
気を落ち着かせて耳を澄ませると、様々な音が聞こえてきた。
その中には……。
「放してくださいっ!」
フェリチの悲鳴が聞こえた。
僕を縛る縄は腐ったかのようにぼろぼろと落ちた。
扉らしき壁に向かって体当りして閉じ込められていた場所から出ると、突然の陽光に目が眩んだが、かまっている場合ではない。
どこが通れる場所なのかもよく把握できないまま、ただフェリチの悲鳴だけを頼りに走った。
どうやらここはまだ泊まっていた宿屋のようだが、客室とは造りが異なる。従業員用の場所なのだろうか。
「くそっ、女のくせに手こずらせやがって」
忌々しい台詞を吐いたのは、オーラムだ。オーラムの足元には、フェリチが横たわっている。
心音はしているから、気絶させられただけのようだ。
「よし、これで後は御者を脅して引き返させて……んぴっ」
手をぱんぱんと払いながらぶつくさ言ってるオーラムの後頭部に飛び蹴りを入れた。
オーラムは不思議な悲鳴を上げて吹っ飛び、壁に激突して動かなくなった。
殺すのも嫌なヤツだがら、殺してはいない。
「フェリチ、フェリチ!」
「んう……ディールさん? でぃ、ディールさん! 今までどこへ!?」
「わからない。ごめん、油断して監禁されてたらしい」
「ご無事ならいいんです」
フェリチは僕の無事を喜んでくれたが、僕は素直に喜べない。
フェリチの顔には殴られた跡があり、両手首にも痣が巻き付いている。
「回復薬飲んでおいで」
「このくらいなら」
「飲んできてくれ、頼む」
「……はい」
本当は付き添いたいが、今はオーラムを見張らなくては。
結局、フェリチが回復薬を飲み腫れた顔や痣になった手首が綺麗に治って戻ってきても、まだ気絶したままだったが。
「こいつ、フェリチに何しようとしてた?」
「よくわかりません。ディールさんから言付けがあると呼び出されてここへ連れてこられたら、突然その、殴られて……。ディールさんはどうなさったのですか?」
「酒に何か盛られて……飲んだ僕が馬鹿だったよ」
本当に何の申開きもできない。今後、知らない人から勧められた酒は絶対口にしない。
「強引に勧められたのですね。私もそうでしたから。言付けなんて、ディールさんならオーラムさんなんかに伝えず直接伝えに来ますよね。でもどうしてもと何度も仰って、しつこかったので……」
二人してしょんぼりとした時、オーラムが苦しそうな唸り声を上げて目を覚ました。
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