28 泥酔男

 謁見室では、僕が着せられたのと同じ民族衣装姿の男性が四名待っていた。

 このうちの誰かが国王なのだろうか。


「招集に応じて頂いて感謝いたします。私達はこの国の魔物対策省の者です。本来であれば我が国の王が貴方にお会いするのが筋なのですが、生憎そのう……、陛下は多忙でして」

 今まで国王という存在に簡単に接してきたから、今回も「謁見」と聞いてすぐ国王に会えると思いこんでいた。

 よく考えれば、国で一番忙しいのは国王だ。

 ドラゴンを倒しに来ただけの冒険者に話を伝えるだけなら、代理の人で十分すぎる。

「構いません」

「お心遣い、痛み入ります。では、詳しい話は私から……」

 別の人が書類を手に、ドラゴンの出現場所、現在の被害状況、僕の今後の予定など、事細かに説明してくれた。

 まとめると、出現場所はここアブシット王都から馬車で十日の山脈のどこか。被害は近隣の村で土砂崩れが数回発生し家屋倒壊十軒以上と被害者二十名。僕は明日の朝、一番最近被害があった村へ向かって出発する……ということだ。

 あと報酬の話も出たが、一部辞退させてもらった。

 もう既にウィリディスで何不自由ない生活を約束されているし、被害が出ているのならそちらに回してほしいとお願いしたのだ。

「なんという人格者……」

「爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」

「しっ!」

 説明していない三人がなにやらボソボソ言っている。爪の垢云々は誰の話をしているのだろう。

 僕への話が済んだ後、「人格者」がどうのと言っていた人が立ち上がり、セレに向き直った。

「では次に、セレブロム様の……」

「待ってー」

 セレも立ち上がり、何故か僕を見た。

「転移装置なんだけどー、ちょっと待って欲しいー。あとディールの出発も三日待って欲しいー」

 唐突な提案に、その場にいた全員が隣の人と顔を見合わせた。僕とフェリチはセレを見た。

「セレ?」

 声を掛けるとセレはこちらを見て、ニッと笑った。

「思いついたことがあるのー。研究所借りられるよねー? 資材は持ってきたもので足りるからー、ひとつ魔道具作らせてー」

「いったい、何を思いつかれたのですか?」

「んー、必ずディールの役に立つしー、転移装置のこともちゃんと埋め合わせするからー、今は内緒にさせてー、三日だけ待ってー。お願いしますー」

 相変わらずの間延びした口調だが、セレは頭を深々と下げた。

 大国ウィリディスで一番の研究者にこう頼まれては、国王代理といえど無下に断れない。

 四名の代理は「少々お待ちください」と言って全員立ち上がり、部屋の隅でごにょごにょと相談してから、戻ってきた。

「ディール様の出発も遅らせる必要があるのですか?」

「うんー。完成品を持っていってもらいたいからねー」

「わかりました。ただし、きっかり三日です。守れますか?」

「やるよー。じゃ、これからすぐ取り掛かるからー」

 セレが立ち上がると、転移装置について話そうとしていた人がセレを先導し、謁見室から出ていった。

 セレは謁見室を出る直前、こちらを振り返って笑顔で手をひらひらと振った。



 謁見ではなく連絡会を終え、謁見室を出て貴賓室へ案内されている途中、廊下の向こうから酒の匂いがした。

 匂いの元は、着崩した民族衣装を着た三十代くらいの黒髪の男性だ。

 足元がおぼつかない様子で、壁に肩をがりがりこすりつけながら歩いている。

 今は昼すこし前くらいの時間で、泥酔するには早すぎる。

 異常に気づいた執事さんは慌てて僕と泥酔男の間に入るように立ち回ったが、僕たちは泥酔男に見つかってしまった。


「んー? 誰だあ? おっ、かわゆいねえちゃん。ねねね、俺っちと遊ばない?」

 僕がフェリチの前に出ると、すぐに執事さんが僕たちと泥酔男の間に割って入った。

「おやめください! 彼らはディール様とフェリチ様です!」

「えー、ディールさまとフェリチさま?」

「遥々ウィリディスからドラゴン退治に……」

 僕がドラゴン退治をする人間だということは、特に隠していない。

 ドラゴン退治に関しても、秘匿する理由はない。

 とはいえ、こんな簡単に、不審者に僕の身元や役割を喋っていいものなのだろうか。

 僕の疑いの視線に気づいた執事さんは、慌てて顔の前で手を横に振った。

「あ、あのえっと、こちらはその、なんといいますか……」

「あーはいはい、ドラゴン退治ね。え、もう来てるの? 俺っち聞いてないよ」

「そんなはずないでしょう! 再三申し上げましたよ!?」

「そーだっけー?」

 なんだろう、この泥酔男の態度、とても嫌な予感がする。

「と・に・か・く! 彼らにウザ絡みしないでくださいっ! では失礼します! 行きましょう、ディール様、フェリチ様!」

「はい」「はい」

「えー、待ってよぉーねえちゃーん」

 思わず泥酔男を睨みつけると、泥酔男はヒュッと息を飲み、固まった。

 その隙に全員走ってその場を立ち去った。


「あの、先程の方は一体?」

 貴賓室の前まで来ると、ずっと駆け足だった執事さんが軽く息を切らしていた。

 フェリチが治癒魔法を使ってから問いかけると、執事さんはあからさまに目を泳がせた。

「取るに足らない者ですよ。何度言っても朝酒を止めない、ダメ男です。手癖も悪いので、申し訳ないですが深夜から昼まではなるべくこの部屋からお出にならないようお願いします。特にフェリチ様は、どうしてもという時はディール様か私を伴ってくださいませ」

 ここへ到着したのは昼をだいぶ過ぎた頃だったから、昨日は遭遇しなかったのか。

「どうして昼までと深夜は駄目なんですか?」

 フェリチの新たな疑問に対し、執事さんは諦め顔で答えた。

「彼は、昼を過ぎれば寝てしまい、夜になると酒を飲み始めるからです」

 完全夜型……と言うと夜行性動物に失礼な気がする。要は、夜から朝まで酒を飲んで過ごしているのだろう。

「なるほど、わかりました」

「では、昼食をお持ちします。他にご入用のものはございませんか?」

「大丈夫です。昼食、お願いします」

 フェリチと僕が返事をすると、執事さんは丁寧にお辞儀をして立ち去った。


「セレ、何を作るつもりなんだろうね」

「私ちょっと予想がつきます」

「何だと思うの?」

「携帯型の転移装置じゃないでしょうか。ディールさんがどこへ行くにも一瞬で済むように」

 昼食を食べながらの会話で、フェリチの返答に驚いた。

「携帯型の転移装置って……そんなことできるの?」

「以前、できそうだという話を少し聞いたんです。装置みたいに対となる装置のある場所にしか行けないのではなく、個人個人が行ったことのある場所へ自由に行き来できるかもしれない、って」

「凄いな。でもどうして今この場で、なんだろ」

「それは……わかりませんね。そもそも、私の予想が外れている可能性もありますから」

「当たってたら面白いな」


 セレは結局三日間、アブシットの研究所に泊まり込み、貴賓室へ戻ってこなかった。

 そしてこの三日の間、僕たちは例の泥酔男にめっちゃ絡まれた。


 初めて会った日の深夜、寝ていたら貴賓室の扉を激しく叩かれ、僕が出ると例の泥酔してた男が着流しという服を着て立っていた。

「よう、ええっと、ディールだったか。昼間は悪かったな。ちょっと話があるんだがいいか?」

 姿勢も話し方もピシっとしているから、今は酒を飲んでいないようだ。

 でも僕たちは、昼食の後も執事さんから「例の男が酔っていようといまいと、話は聞かないように」と言われている。

「貴方とは関わらないようにと言いつけられていますので」

 僕が塩対応すると、男は「えええー」と泣きべそ顔をした。

「そんなこと言わずにさぁー、ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」

「眠いんでお引き取りを」

 面倒くさいあまりに本音を言ったら、何故か男はあっさりと引き下がった。

「眠かったか、じゃあまた今度な」

 今度はないよと思いつつ扉を閉めて、このときは終わった。


 翌日の昼食のあと、またしても扉をガンガンと叩かれた。

 フェリチと食後のお茶を楽しんでいた僕は、またアイツかと立ち上がり執事さんを呼ぶ鈴を鳴らした。

 すると扉の向こうでドスンバタンと音がしてしばらくの静寂の後、今度は控えめなノックがした。執事さんのノックだ。

「申し訳ありませんでした。もう来ないよう、よく言い聞かせておきますので」

「よろしくお願いします」


 しかし、あの男が誰かの言うことを聞くはずがなかった。


 夕食のあと、フェリチが風呂を使っている時に、男は三度来襲した。

 執事さんと同じノックだったから迂闊にも扉を開けてしまった僕のミスだ。


「一体なんなんですか」

「話を聞いてほしいんだって!」

「はあ、わかりました。但し、聞くのは僕だけです。フェリチには手を出さないように」

「約束する。ああ、そのまあ、最初はついあんなこと言っちまったが、元々あんたにしか用はないんだ」


 僕は男を貴賓室に招き入れ、僕が使っている寝室へ連れて行った。

 リビングだとフェリチと蜂合わせる可能性があるからね。


 寝室の椅子を男に勧め、僕はベッドへ座った。

 よくよく見ると、男は整った顔立ちをしている。

 体つきも、しっかり鍛えて引き締まっていて、有り体に言えば「真面目にしていればいい男」だ。

「……ちゃんと話を聞いてくれるんだな」

 男は開口一番、妙なことを言い放った。

「内容次第です」

「いや、なんつーか、最近はこうやって話をする場を設けてくれるって段階にも持っていけなかったからな」

 男は頭を掻きながらそんなことを言い出した。

「それは貴方が泥酔しているからでは?」

 僕が言い返すと、男は首を横に振った。

「逆だ、誰も話を聞いてくれなかったから、酒に逃げてたんだ。今日は飲んでねぇぞ」

 どういうことかと問う前に、男はまっすぐ僕を見た。


「改めて、自己紹介といきたいところだが……俺のことはオーラムとでも呼んでくれ。俺もあんたをディールと呼ぶ」

「わかりました、オーラムさん」

「敬語は不要だ」

「わかった、オーラム」

 リオさんやルルムさん、それにナチさんは年上だからいつもさん付けで呼び敬語を使う。

 しかし、目の前の自称オーラムが、たとえ何者だろうと、敬語とさん付けは必要ない気がした。


「それで、話というのは?」

 僕が先を促すと、オーラムは単刀直入に結論から話しだした。


「ドラゴン討伐を辞退してくれないか」

「嫌です」


 だから僕も間髪入れずにに断った。


「はぁー……。腕は立つらしいがなぁ、相手はもしかしたら凶悪な七匹のうちの一匹かもしれん。他国の冒険者に任せるなんざ、俺の矜持が……ああ、いやいや、国としてどうかと思うぞ、と」

 そういえば、連絡会に至ってもドラゴンが「凶悪な七匹」とは断言されなかった。

 謁見室で会った人たちは皆、一貫して「被害者多数の手強いドラゴン」というような表現をしていたっけ。

 どちらにせよ、ドラゴンならば僕の相手だ。

「話がそれだけなら、もういい?」

「もうちょい聞いてくれよぉ。俺は、わざわざ海向こうのウィリディスから英雄を呼ぶのなんて反対したんだ。だけどよぉ……」

「話聞いてくれないだけで拗ねて酒に逃げる人が反対したところで、効果ないでしょ」

「うぐっ、それ言われるとキツいな。お前けっこうズケズケ言うなぁ。うん、気に入った。やっぱりドラゴンの餌にするにゃ惜しい」

 オーラムは腕を組んでうんうんと頷いている。

「餌になるつもりなんてないよ」

 あと別にオーラムに気に入られたくはなかった。

「わかってる。わかってるが……。ディールお前、執事や他の連中から、俺と話をするなって言われてきただろう?」

「うん」

「逆だ。俺の言うことだけ信じてくれ。本当に臆病風に吹かれてるのはあいつらなんだ」

「どういう意味だ?」

 ここで、オーラムが窓の外を見た。細い月がくっきりと見える。

「時間か。明日の夜また来る。ドラゴン退治、なんとか断ってくれ」

 オーラムはそれだけ言うと慌ただしく立ち上がり、部屋から出ていった。


「何だったんだ……」

 僕が独り言ちながらリビングに戻ると、フェリチが風呂から出ていた。

 オーラムとはうまいことかち合わなかった様子で安心した。

「なにかあったのですか?」

「例の人が来てたよ。オーラムって名乗った」

「お話ししたのですか?」

「少しね。ドラゴン退治に行くなって言われたよ」

「ということは、まさか……」

 僕とフェリチはオーラムの正体について、同じ見解に辿り着いていた。

 正体が何であれ信用できない、という点についても一致している。

「明日も来るって言ってたから、フェリチは隠れてて」

「わかりました」



 そして連絡会から三日目の夕方、オーラムはまたしてもやってきた。

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