2 再会と新しい仲間
◇
とりあえず元拠点のある町を出たはいいが、行くあてはない。
追放を宣告された時に、もうどうにでもなれという気分になり、勢いで走っていたらいつのまにか隣町に到着していた。
元いたパーティは国とギルドから命じられて所属していたのだから、国やギルドに一度報告したほうがいいだろうか。
報告するだけなら、どの町でもいいだろう。
今はとにかく、コーヴス達と顔を合わせたくない。
冒険者ギルドは大抵、大通りに面した人通りの多い場所にある。
その法則に従って賑やかな方へ歩いていくと、初見の場所にも関わらずあっさりと冒険者ギルドへたどり着いた。
報告もすぐに終わった。
受付で冒険者カードと僕の名前を出すと、受付嬢が慌ててどこかへ走り去り、ギルド長を連れて戻ってきた。
前いた町のギルド長と違い、おっとりとした雰囲気の高齢の男性だ。
ギルド同士は通信用の魔道具で常に連絡を取り合っている。
僕の話は既に共有されていたらしく、僕は少し受け答えした後、魔物六匹討伐の報酬を渡された。
「次のパーティについては暫く待ってくれるかね。この建物の隣りにある宿に部屋を用意してあるから、そこで休んでおきなさい」
「パーティ、どうしても入らないと駄目ですか」
コーヴスたちのパーティは、イエナが来るまではそこそこ居心地が良かった。
しかし、イエナ一人のせいでコーヴスは洗脳にも似た状態にされ、他の仲間もそれに追従した。
これは、コーヴスのパーティが初めてのことじゃない。
前にいたパーティも、聖女が僕の力を疎んで、あまり良い気分で過ごせなかったのだ。
僕が魔物を消すためには、直接止めを刺さなければならない。
全ての魔物に止めを刺すのは現実的ではないから、聖女の力だって必要なのに。
パーティというより、聖女と相性が悪い。
どうしてもパーティに入れさせられるなら、聖女のいないところがいい。
もしくはひとりがいい。
「申し訳ありませんが、ディール・エクステミナは冒険者をやることと、一人で魔物の前に放り出さないこと。この二つを上から厳命されているのですよ」
上っていうのは、国だ。国王と言い換えることもできる。
僕はこの瞳のせいで、冒険者であることを強いられ、様々な制限をつけられているのだ。
「あら、ディール君?」
がっかりしていると、後ろから聞き覚えのある声に呼ばれた。
振り返るとそこには、知った顔がいた。
「アニスさん」
イエナの前任の聖女だ。
ゆったりとしたワンピースの上からエプロンを着けて、手には大きな紙袋を持っている。
格好だけなら、どこからどう見ても元冒険者や聖女には見えない。
「どうしてここに?」
冒険者でも聖女でもないなら、冒険者ギルドに用事など無いはずだ。
しかしアニスさんは、ここにいるのが当然のような雰囲気をまとっている。
アニスさんは穏やかな笑みを浮かべて、答えをくれた。
「ここの裏方として働いているのよ。ディール君こそこんなところでどうしたの? ひとり?」
「えっと……」
「君たち知り合いかね。なら丁度いい。アニス、彼はこれから暫くギルド待機なんだ。面倒を見てくれないかい」
「わかりました。後で詳しく聞かせてね」
「はい」
アニスさんの案内で、冒険者ギルドの隣の宿泊施設の一室へやってきた。
最低限の家具とベットだけが置いてある簡素な部屋だ。
「ちょっとまっててね。あ、ディール君ご飯食べた?」
パーティに居たときから、アニスさんは仲間の面倒をよく見てくれていた。
未婚の女性にこんな事を言うと失礼かもしれないが、お母さん気質な人だ。
ご飯、と聞いて僕の腹が正直に応えた。そういえば昼食を摂っていない。
「あらあら。ついでに何か持ってくるわ」
「すみません」
「気にしないで。私はディール君のお世話を任されたんだから」
アニスさんは屈託のない笑みを浮かべた。
癒やされる笑みだ。
程なくして戻ってきたアニスさんは、手に二人分の料理の乗ったトレイを持っていた。
「ひとまずこれで。夕食まで保つかしら」
「十分です、ありがとうございます」
部屋にあるテーブルに一緒について、向かい合って食事をしながら、僕の事情をかいつまんで話した。
アニスさんは話を一通り聞き終わると、上品な仕草で口元を拭った。
「大変だったわね。ディール君のスキル、とても便利なのに……」
聖女の大半はイエナのような性格で、便利だと肯定的に捉えてくれる聖女は、アニスさんくらいだ。
ただ、アニスさんは人格者で聖女としての力も申し分ないが、冒険者としては決定的に向いていなかった。
性格が優しすぎて、魔物ですら倒すのを躊躇してしまうのだ。
「私が冒険者に復帰して……ううん、やっぱり、ごめんなさい」
冒険者時代のことを思い出したのだろう。アニスさんは手で胸を押さえて眉をひそめた。
「アニスさんが謝ることないですよ。ていうか、誰も悪くないです」
イエナとコーヴスに思うところはあるが、彼女らとて自分の収入や矜持が掛かっているのだ。一方的に責める気はない。
「悪いのは誰かってあえて言うなら、変なスキルを持ってる僕……」
「そんなわけないじゃない。変じゃないわ、素敵なスキルよ」
「ありがとうございます」
アニスさんの言葉がお世辞じゃないことは解っているが、素直に受け取りきれなかった。
ギルドの宿泊施設での滞在中、僕は至れり尽くせりの待遇を受けた。
食事は毎食アニスさんが用意してくれて、特に理由がなければ一緒に食べる。
部屋の掃除や着ているものの洗濯も、ギルドの職員さんがやってくれる。自分でやると言っても「ついでですから」と聞き入れてもらえなかった。
やれることと言えば、魔物と戦うための腕が鈍らないよう、毎日訓練するくらいだ。
幸い、ギルドには訓練用の施設や設備が豊富で、練習相手にも困らない。
部屋にいても暇でしかないから、一日の大半を訓練施設で過ごした。
ところで、僕は冒険者歴六年になる。自分で言うのも何だが、冒険者の中では中堅に片足踏み入れたというあたりだ。
冒険者は日々の訓練や魔物との実戦で己を鍛え、強くなる。
自身の力は目に見えないため、相対的な強さを量るには、対人戦が最も効率的だ。
ギルド滞在十日目に、このあたりの冒険者で一番強いという人と手合わせする機会を得た。
この十日で色んな人と手合わせをしてきたが、僕は無敗だった。
その話を聞きつけた一番強い人が、是非にと自ら僕に会いに来てくれたのだ。
結果から言うと、その人にも圧勝した。
「強いな。真剣だったら俺自身が真っ二つにされていただろうよ」
練習用の木剣は僕には軽すぎて、細い木の枝を振り回している感触なのだが、それで相手の木剣を叩くと最悪剣が折れる。
今回は、相手が上段に構えた剣を上から軽く叩いただけなのに、相手が剣を取り落としてしまったのだ。
「大丈夫ですか」
「手が痺れたが、それだけだ。手合わせありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
正直言って歯ごたえがなかった。
皆、僕の話を聞いて遠慮しているのだろう。
かといって「本気でやってください」なんて傲慢なことは言いづらい。
強いと言われていた人は両手をふるふると振りながら、ギルドの建物の中へと消えていった。
練習にはならなかったが、この件が切掛で、僕は少々の自由を手に入れることができたのだから、何がどう作用するかわからないものだ。
ギルド滞在十五日目の朝、ようやくギルド長に呼ばれた。
てっきりパーティが決まったのかと思いきや……。
「君の実力はよくわかった。条件付きで、パーティ未所属を認めることになったよ」
寝耳に水だった。
「僕の実力って何のことですか」
「先日、レンファと手合わせしただろう。彼が『ディール・エクステミナならば余程のことが無い限りどんな魔物にも遅れを取らないだろう』と証言してね」
先日の人はレンファという名前だったらしい。
「レンファさんがそう言っただけで?」
「おや、レンファのことを知らなかったのかね。彼はグーラドラゴンを倒した英雄だよ」
「えっ!?」
ドラゴンと呼ばれる、でっかいトカゲに角と翼が生えた魔物がいる。
小さいものは町からそう離れていない場所にも出没するし、普通の冒険者でも退治できるが、特に凶悪な七体のドラゴンが存在していて、倒せば英雄と呼ばれる。
何年か前にグーラドラゴンを討伐した冒険者がいたことは知っていたけど、まさかこんな近くにいたなんて。
「レンファのお墨付きなら問題ないだろうということでね。ただし、先程言った通り条件もある」
「何でしょう」
パーティに所属しなくて済むなら……聖女と組まなくてもいいなら、条件なんて大したことない。
そう思っていた時が僕にもありました。
その日の午後に、ギルドの小部屋に呼び出された僕は、青みがかった銀髪とほぼ同じ色の瞳をした、小柄な女性と対面した。
「はっ、は、はじめ、ましてっ! フェリチ・パルヴァです、よ、よろしくおねがいしまっす!」
引き合わされたのは……聖女だ。
「ディール・エクステミナです。宜しく」
条件というのは、魔物討伐の仕事をするときは、彼女と行動を共にすること。
確かに二人ならばパーティではなく、ペアという呼び方もする。
結局聖女と行動するのかと内心がっかりしたが、彼女は他の聖女と事情が違っていた。
聖女なのに魔滅魔法が使えないのだ。
聖女は魔力を多く持つ女性の総称であり、ほぼイコールで魔滅魔法を使うことができる。
魔法には攻撃、治癒、補助などの種類があり、魔力と素質次第で魔法が使える。
フェリチの場合、魔力量は多く、特に治癒魔法は得意なのに、どう頑張っても魔滅魔法だけ使えないのだそうだ。
割れ鍋に綴じ蓋という言葉が頭を過ぎった。
「こ、これ、私直通の通信機です。お、お仕事の際は呼びっ出してください。い、いつでも大丈夫です!」
連れてこられたときからこの調子だ。
ずっとなにかに怯えているかのように、おどおどして、話す言葉は噛み噛み。
「まだ初対面だから仕方ないかも知れないけど、僕たちはパーティなんだから、そう緊張されまくるのも困る」
「すっ、すみません、だ、男性とお、お話するき、機会があまり……」
「教会には男性も居たでしょう」
聖女に魔法を教えるのは同じ聖女や女性ばかりではない。魔力を持ち魔法を使い教える人間の絶対数が少ないから、男性がその任に当たることだってある。
「い、いました、が、わ、私、魔滅魔法つかえないって、なって、その……ほ、他の人と、お話、でき、できなくて……」
心が張り裂けそうな話を引き出させてしまった。
「それは……悪かった。でもできれば、少しずつでいいから、慣れて欲しい」
「いえっ! ディール様は悪くありませんっ!」
フェリチが小さな顔を上げて、初めて噛まずに言葉を発した。
澄んだ色の瞳には涙が溜まっている。
泣く要素はどこにあったのだろう。
「わかった、ちょっと落ち着いて話そうか。前に僕とパーティを組んでた元聖女を呼んでくるよ」
女性のことは女性に訊くのが一番だ。
僕はフェリチをその場に残して、急いでアニスさんを探した。
アニスさんはすぐに見つかり、宿泊施設の部屋でフェリチと引き合わせた。
「はじめまして、元聖女のアニスです」
「ふぇ、フェリチ・パルヴァですっ」
アニスさんとフェリチが話すこと約半刻、フェリチはあまり噛まなくなった。
会話の内容は、アニスが僕と同じパーティに居た頃のことや、聖女を辞めてからの生活のこと……つまりは世間話だ。
特殊な話術でもなさそうなのに、フェリチから緊張感がみるみる消えていくのを目の当たりにした。
さすがアニスさんだ。
「だから、ディール君は怖くな……もう、どうして怖い顔してるの」
「えっ?」
アニスさんが僕とフェリチの関係を取り持とうと、僕のことを良い感じに伝えてくれていたのだが、僕を見たアニスさんにそう指摘されてしまった。
とはいえ、僕は怖い顔をしている覚えはないのだが。
「眉間に皺。口もオークみたいに曲がってるわ」
顔に手をやると、言われた通りの状態になっていた。
アニスさん以外の聖女にあまり良い印象がない。
フェリチは、魔滅魔法が使えないとはいえ、聖女は聖女だ。
聖女だって矜持を傷つけるスキルを持つ僕に良い感情を持つはずがない。
そんな人間と組むのかと懊悩していたのが、顔に出ていたのだろうか。
僕が考え込むと、アニスさんが立ち上がって僕の方に腕を回し、フェリチが居ない方へ身体の向きを変えられた。
「聖女に良い印象が無いって気持ちはわかるけれど、フェリチはいい意味で聖女らしくないコよ。大丈夫」
小声でそれだけ言われて、アニスさんは再びフェリチの正面の椅子に座り、世間話を再開した。
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