倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです

桐山じゃろ

1 パーティを追い出されるまで

 僕の瞳は母譲りの碧眼だ。

 右眼だけが時折、何の前触れもなしに真っ黒に染まる。

 自分で自分の瞳の色を知るには鏡を見るくらいしか方法がないので、自分では全く気づかなかった。

 幼い頃のある日、母が突然黒くなったらしい僕の瞳を見て大声を上げた。

 ところが他の人が見る前にまた碧眼に戻ったので、母も僕の瞳に影でも映り込んだか、見間違いだと思い込んだ。

 別の日、今度は父に黒くなった右目を見られて、大慌てで医者に連れて行かれた。

 視力や眼球に異常は見つからず、変色する原因は不明。

 さらに言えば、僕の家のような貴族の中でも最下級の男爵家、しかも落ちぶれ気味の家には、瞳の色が変わる存在が『特別』だと伝えられていなかった。


 僕の瞳の件は医者経由で王宮に伝えられ、豪華な馬車に乗った国王陛下の使者が僕に会いに来た。

 それから数日後、僕は父とともに王城へ入った。



「ディール・エクステミナ」



 当時五歳だった僕は、やたらと威厳のある男性に、フルネームを呼ばれた記憶が微かに残っている。


「はい」


 五歳にしてはしっかりした返事ができたと思う。


 その後のことは殆ど覚えていないが、どうやらこのときに、僕のこれからの人生の一部に道が敷かれたらしい。


 八歳のときには国から学費を支給され、本来なら伯爵以上の令息令嬢しか入れない貴族学院へ通い、五年で卒業した後は王城へ住み込み騎士団から戦闘訓練を受け、更に二年後の十五歳で冒険者になった。


 冒険者の仕事内容は便利屋と呼ばれるほど多岐に渡るが、僕に課せられた主な仕事は、「魔物」を討伐することだ。







 この世界には「魔物」と呼ばれる厄介な存在がいる。

 魔物は、他の生物を襲い、命を奪う。魔物自身が食べるため、生きるために必要な殺しではない。

 襲い奪う対象については、同じ魔物や人間も例外ではないため、このまま魔物を蔓延らせていれば、世界は死に絶える。


 他の生物はうまいこと魔物をやり過ごすか、弱肉強食の自然の摂理として諦めている中、人間は積極的に魔物を倒す方向へ舵を切った。

 ところが、これにも問題が発生する。


 魔物の死骸の処分方法だ。


 燃やせば猛毒の気体を撒き散らし、なかなか灰にならず長々と燻る。

 土に埋めれば土壌が汚染され、辺り一帯は草一本生えなくなる。

 細かく切り刻んで海に投棄していた時代もあったが、現在その辺りは生き物の住めない死の海、死の大地と化している。

 いくら放置しても腐らず、有毒気体と土壌汚染は燃やしたり埋めたりしたときよりも深刻化する。


 解決策は唯一つ、聖属性を持った人間の女性――聖女のみが扱える「魔滅魔法」で完全に消し去ること。


 よって魔物討伐を主な生業にする冒険者たちは、パーティに聖女を入れるか、教会またはギルド所属の聖女に魔滅魔法を依頼しなければならない。


 瞳の色が変わる人間が発揮する『特別』な力は、魔物に対して何らかの効果があることは解っているが、それが具体的にどういうものなのかは、やってみないとわからなかった。


 僕の場合は、直接止めを刺した魔物の死骸が消え失せる、というものだった。

 聖女の力を必要としない僕はひとりで冒険者をやっていく気でいたのだが、僕の力を重要と見たらしい国とギルドによって、強引に国とギルドが選んだパーティに放り込まれた。


 そのパーティに、僕はつい先程まで所属していた。



「またかディール!」

「ぐっ! ち、違う……」

 パーティのリーダーであるコーヴスが叱責とともに、僕の腹を殴る。

 僕は確かに魔物を六匹討伐したのだが、その魔物の死骸がどこにもないせいだ。

 例の瞳の効果であると言われているものの、魔物と相対して討伐するまでの間に瞳が黒くなったことはない。本当に何故色が変わるのか。

 と、瞳のことは一旦置いといて。

 コーヴスは体格の良い者の多い冒険者のなかでも、更に一際体が大きい。

 そのコーヴスの打撃は弱い魔物なら一発で絶命するほどの威力を持つが、僕の腹を殴る時は流石に手加減しているらしく、あまり痛くはない。あまり痛がらないと再度殴られるので、痛がって見せている。

「何が違うんだ。魔物を倒したふりして逃したんだろう!?」

「もういいじゃない、コーヴス」

 激昂するコーヴスにしなだれかかっている長い緑髪の美人は、イエナ。パーティに所属する聖女だ。


 人が魔物を倒すと、経験値というものを得ることができる。

 不可視の経験値は、冒険者ギルドが発行する冒険者カードには記録される。魔物を倒したかどうかは冒険者カードを見れば一目瞭然だ。

 僕は確かに経験値を得ているのに、魔物を逃しているのではないかと言い出したのは、イエナだ。


 前にいた聖女は、魔物との生死のやり取りに嫌気が差して冒険者を辞めてしまった。

 イエナが来たのは半年前で、僕が起こす「倒した魔物が消える」という現象を目にしたのも、半年前。

 以来、イエナからの当たりが厳しい。


 魔物の死骸を安全に処理できるのは聖女だけのはずなのに、お株を奪われたのが気に入らないのだろう。

 楽で便利で助かる、と言ってくれた前の聖女とは真逆の反応だ。


「もういいって、どういう意味だ」

「この人、パーティに必要?」

 今まで見てきた聖女は皆、顔と手以外を覆い隠すような服を着ていたのに、イエナはやたらと露出度の高い薄手の服ばかり着ている。聖女である以前に冒険者にすら見えないような格好だ。

 そんなイエナがコーヴスの腕に身体を押し付けると、コーヴスの顔はだらしなく緩む。

 そして、コーヴスから思考能力が消え、イエナの言うことを全て真に受ける。

「そうだな、魔物を逃がす奴なんて、冒険者失格だ」

「経験値は入ってるだろう? 魔物はちゃんと倒して……」

「冒険者カードに細工でもしているのでしょう? お見通しよ!」


 冒険者カードに掛かっている魔法は特殊で、一般冒険者がどうにかできるものではない。このくらい、冒険者でなくとも、誰でも知っているのに。


 国とギルドに指定されたパーティから僕を追い出すのは問題があると少し考えれば解るはずだが、こうなってしまったコーヴスには僕が何を言っても無駄だ。



 僕はパーティから追い出されることが決定してしまった。



 他の皆が冒険者ギルドへ依頼達成の報告をしている間に、僕は一人でパーティの拠点へと戻った。

 今日の依頼報酬の取り分は無しで、自分の荷物だけ持って出ていけということだ。

 荷物と言っても、野営の多い冒険者だ。普段の荷物に何着かの着替えと、生活雑貨の備蓄が少し程度のみ。

 全てを背負鞄に詰めて、拠点を出た。

 遠くに、コーヴスたちの姿が見える。

 もうギルドに報告を済ませたらしい。

 僕は急いでその場を離れた。







「ディール・エクステミナを追い出したぁ!?」


 ディールを一人で拠点へ追いやった後、仕事の報酬を受け取りに来たコーヴス達は冒険者ギルドでギルド長に雷を落とされていた。


 ギルド長は元冒険者で、現役の頃はカオスドラゴンという特大危険度の魔物を何体も倒したという腕の持ち主だ。

 胆力や迫力は今も健在で、怒鳴られたコーヴスは縮み上がった。

「で、でもあいつ、また魔物を逃して……」

「彼の特性については何度も説明しているだろう! 全く、お前たちなら信頼できると踏んで彼を任せたというのに」

 コーヴス自身、腕の立つ冒険者だ。

 ギルドや他の冒険者からの信頼も篤く、ギルド長も一目置いていた。


 半年前まで所属していた平民出身の聖女が居た時ならば、こんなことにはならなかったのだが、後任の聖女であるイエナが拙かった。


 聖女は貴族出身の場合が多く、持った力と生まれから気位の高いものが多い。

 イエナは特に、この傾向が顕著だ。

 眼の前で、自身のアイデンティティである「魔物消滅」を、下級貧乏貴族出身の冒険者が易易と行ってしまうのだ。矜持が傷つく。

 何より、ディールが魔物を消してしまうので、成功報酬の取り分を多くもらう意味がなくなってしまうのが問題だった。


 イエナはコーヴスにすり寄って気のある素振りを見せ、自身の吐く嘘を信じ込ませた。

 そうして半年かけてようやくディールを追い出せてとても満足していたところへ、強面のギルド長からまさかの雷を落とされ、コーヴスの背に隠れて小さく震えていた。


「今回ディールが倒した魔物は何体だ?」

「だ、だから、ゼロで……」

「ほほぉう? お前らの冒険者カードの経験値はほとんど動いていないな。六匹全てディールに倒させたか」

「違う、あいつは逃したんだ!」

「魔物が獲物を前に逃げるわけなかろう! 今回の報酬はディールにしか渡さんぞ!」

「そんな! 困るわ!」

 イエナは報酬の話に思わずコーヴスの背から出てきて金切り声を上げた。

 他の者より多くもらっているイエナだが、金遣いが荒く、蓄えるということを知らない。

 自身の報酬は衣類や化粧品、贅沢品に消え、食費や生活費はコーヴスや他の仲間が出しており、時折金を巻き上げたりもしている。

 毎回報酬をきちんと貰わねば、大いに困る。

「私が渡しておくから、報酬を寄越しなさいよ!」

 叫ぶイエナに、ギルド長がずい、と顔を近づける。

 額に血管を浮かせて怒り散らしているギルド長に、イエナは怯んだ。


「駄目だ。ディールを連れ戻してこい。それができなければ、お前たちから冒険者資格を剥奪する」


 この言葉に、コーヴスは慌てた。


「わかった、必ずディールを連れ戻してくる!」


 冒険者になるのは簡単だが、一度資格を剥奪されてしまうと、二度と取り戻せない。

 コーヴスは現在二十七歳。独り立ちしてからの十二年間、冒険者しかやってこなかった。

 他の稼ぎ方は知らないし、あてもない。

 パーティには他に二人の仲間がいるが、こちらも似たような状況である。


 イエナはコーヴス達よりも深刻だ。

 聖女が冒険者資格を剥奪されるなど、あってはならない。

 イエナ自身は元伯爵令嬢だが、聖女になった時点で貴族籍は取り上げられている。

 貴族籍と引き換えに聖女になるのは名誉なことであり、彼女たちの誇りだ。実家には帰れない。

 ディールを連れ戻さねば、厳しく清貧を強いられる教会へ戻るか、最悪路頭に迷う。


 コーヴス達は慌ててギルドを出て拠点へ向かったが、遅かった。


 ディールはコーヴス達の接近に気づき、コーヴス達の居る方とは反対方向へと駆け足で去った。


「おい待て、ディール!」

 パーティで一番足の早い者が追いかけたが、途中でディールの姿を見失い、すごすごと戻ってきた。

「くそっ、馬で追いかけるぞ!」

 イエナ以外の三人は町の貸馬屋へ向かい、乗馬の出来ないイエナは拠点に残った。

 三人はそれぞれ別方向へ向かい、ディールの足跡を探したが、翌朝まで探してもついに見つけられなかった。


「どうするんだよ」


 貸馬は一番安い半日契約でしか借りていなかったため、三人は一旦町へと引き返した。

「絶対に連れ戻すんだ」

 コーヴスはこうは言ったものの、おかしいと感じ、内心大いに焦っていた。

 ディールは冒険者として中堅をギリギリ名乗れるかどうかといったあたりだ。

 能力は平均的で、例の倒した魔物が消える以外は突出したところもない。

 一番足の早い仲間が全力で追いかけたら、すぐに捕まるはずだった。

 それが、馬で追って後ろ姿すら見えないのは想定外だ。


 冒険者として一緒に行動していた時は気づかなかったが、逃げ足が早いのだろうか。

 或いは、何か別の要因があるのかもしれない。

 コーヴスは頭の隅に浮かんだ嫌な予感を、首を何度か振ることで追い出した。


「お前たちは追跡を続けてくれ。一旦、拠点に戻ってイエナに説明してくる」

 コーヴスのみ拠点に引き返し、イエナにディールが見つからなかったことを伝えた。

「馬で追いかけて見つからないの!?」

 イエナは不機嫌だった。

 報酬のこともあるが、元男爵令息などに振り回されるのが我慢ならないのだ。

 そもそも、そんな下級貴族出身のぱっとしない男が国やギルドに重用され厳重に庇護されているのも納得していなかった。

「見つからなかったものは仕方がないだろう。それにお前は馬にすら乗れないじゃないか」

 コーヴスも負けじと機嫌が悪い。

 イエナの言うことなど聞くんじゃなかったと、後悔している。

 乗馬が出来ないことを突っ込まれたイエナは、恥辱で顔を真っ赤にしてギリギリと歯ぎしりをした。

「私は貴族令嬢よ! 乗馬なんて必要ないのよ!」

「元、だろう! 今は聖女で冒険者だろうが!」

「うるさいうるさい! 早くディールを探してきなさい!」

「解っている! でかい声を出すな!」

「それは貴方も同じでしょう!?」

 口喧嘩が始まりかけたが、引いたのはコーヴスだった。

「……お前はここで大人しくしていろよ」

 色々と言いたいのをぐっとこらえてそれだけ言い、コーヴスは再びディール捜索へと戻った。

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