ツーリングの終わり

 ジンギスカン屋を後にする2人。今日はホテル泊だった。2人で特に会話のないままバイクでホテルに向かう。フロントに鍵をもらい部屋に向かう。偶然が見方をしたのか部屋は隣同士だった。

 

「あとで長谷川さんの部屋行ってもいいですか?」

「ごめん、疲れたから……」

「ああ、はい……」

 

 そう言って2人はそれぞれの部屋に入る。大野は長谷川の違和感にようやく気が付く。なんかテンション低いな。俺何か変なこと言ったか? ジンギスカン屋出てからあんな感じで、会話もなかったし。ジンギスカンがまずかったとかだろうか。でも、おいしかったしな。それは間違いない。あーあ、せっかく童貞捨てられると思ったのに。お預けだな、こりゃ。初セックスは旅行先で知り合った女と北海道のホテルでなんて最高だったのに。まあ、そうじゃなくてもお酒飲んだりしたかったな。長谷川さんはお酒飲むんだろうか? 俺は好きだし、酒の趣味も合うなら最高だな。でも後で疲れが取れたところを見計らって、部屋に行ってみようかな。たぶん大丈夫だよな? 夜這いなわけではないし……。とりあえず1人でさっき買ったハイボールでも飲むか。そう思いながら1人酒をあおる大野。大野自身も疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。

 

 一方そのころ長谷川は、1人で悶々としていた。あーあ、大野さんいい人だと思ったのに、意外とキモイ人だな。顔は不細工だけど、心は温かい人だと思ってたのにな。すぐに私と何かしたそうだし、マジキモイ。あんな人に声をかけたのは失敗だったな。まあ、今更だけど。どうせあと一日くらいの縁だからどうでもいいか。それに当初の目的が達成できれば本当にどうでもいいしね。長谷川はそんなことを思いながら寝床に着いた。


 ホテルでの朝を迎え大野は後悔の朝を迎える。ああ、せっかく長谷川さんの部屋に行こうと思っていたのに。なんで寝ちまったんだ、俺は。もう今日でお別れなのにな。まあ、連絡先を聞いて東京でまた会えばいいか。そうだな、まだ縁はあるんだから。

 

 バイキング会場で長谷川と再会する。

 

「おはようございます。長谷川さん」

「ああ、おはよう」

 

 すっぴんの長谷川はそれでも美人だった。大野は鼻の下を長くする。朝からいい物見れたな。眼福眼福。

 

「大野さん、変な顔してる」

「あ、いやこれは」

 

 早速指摘される大野は恥ずかしくなる。まじか。女って結構目線や表情に敏感って言うもんな。それは本当だったのか。気を付けないと。あ、長谷川さん今まで気付かなかったけど、胸もでかいな。

 

「大野さん、どこ見てるの?」

「あ、いやこれは」

 

 大野は今反省したばかりのことで指摘され恥ずかしくなる。俺は何やってるんだ。気を付けてないじゃねーか。ここからは平静になろう。うん、そうしないと。そんな会話もありつつ、食事を選んでいく。長谷川はフェリーでのバイキングと同じくパン系、大野もまたパン系を選んでいく。

 

「あれ、大野さん。パンにするの?」

「はい、気分がそうなんで」

 

 もちろん大野は長谷川を意識してパンを選んだ。自分のポリシーなど絶対に曲げてこなかった男が、女が絡むとすぐに変わってしまうのだ。2人でテーブルに座り、パンやらサラダを口に運ぶ。味は特に普通で特筆すべきことはなかった。しかし、大野にとってはものすごくおいしい料理に思えた。

 

「あ、このパンおいしい!」

「うん、まあそうね」

 

 大野は長谷川と同じものを食べていると考え、興奮のあまり味覚が強調されたのだ。オレンジジュースやサラダ、目玉焼きなどをすごい勢いで食べる大野。長谷川から見て引くほどの食欲だった。

 

「大野さんよく食べるね」

「なんかすごい美味しくて。長谷川さんはおいしいと思わないですか?」

「いや、まあおいしいけど」

 

 長谷川は大野の食欲に圧倒されて食欲を失っていた。オレンジジュースを飲むと「ごちそうさま」と口にする。

 

「え、もう食べないんですか?」

「うん、食欲がなくて」

「じゃあもらっちゃいますね」

 

 大野はそう言って長谷川のセレクトした料理を自分のさらによそうと、バクバクと食べだした。

 

「本当によく食べるね」

「いやだっておいしいし、こんなに美人とご飯を共にできるんですから」

 

 長谷川はやはり大野をキモいなと思ったが、大野はそのことには気づいていない様子だった。


 2人はホテルを後にすると、関東に戻るフェリー乗り場の苫小牧まで向かうルートをたどる。その道中でも大野のキモイセリフは止まらない。

 

「長谷川さん、本当に可愛いし、美人ですよね」

「あ、うん。ありがとう」

「東京戻ったら長谷川さんとまたデートしたいです。空いてる日ありますか?」

「まあ、それは後で」

「ですね! 正直言って初めての彼女なのでやりたいことがいっぱいあるんですよ。バカにしてたけど、ディズニーも行ってみたくなったし」

「まだ付き合ってないし」

「でももうほぼ付き合ってますよね? いいじゃないですか。付き合いましょうよ」

「そんな軽くじゃなくて、ちゃんと告白して」

「好きです。付き合ってください。これでもう恋人ですね」

「いや、だから……」

 

 長谷川はほとほと大野に呆れ始めていた。こんなやつと北海道旅行してたのか。ああ、私って運がないなあ。キモイアラサーのおっさんじゃん。本当に無理。でも目的のためなんだから我慢我慢。そんな風に長谷川はうんざりしていたが、大野のキモイ絡みはずっと続いた。ようやく苫小牧のフェリー乗り場に到着する。長谷川にとっての長い旅路が終わった。2人はバイクを預けフェリーに乗り込む。夜も遅くなり、なんとなくいい雰囲気が2人の間に流れた。海を眺めていると、大野はとうとう言う機会が来たかと思い、満を持して言う。

 

「長谷川さん、付き合って……」

 

 そんな大野を遮って長谷川が言った。

 

「大野さん、折り入って相談があるのですが……」

 

 遮られ、なんだろうと思う大野。せっかくがんばって告白しようとしているんだから、邪魔しないでほしかったな。でも長谷川さんのことは尊重しないとな。あ、というか逆告白か? たぶんそうだな。おお、わかっていたけど俺も惚れられているんだな。いやー、モテる男は辛いねえ。しかし、とうとう俺も初彼女か。興奮してきたな。とりあえずキスできるな。そんな下品な妄想をする大野に対し、長谷川が続ける。

 

「実は事業を始めたくてお金を貸してほしいのですが……」

 

 大野は面喰らってしまう。ジギョウヲハジメタイ? どういう意味だ? 告白されるはずだよな? なんでそんな意味不明な言葉を言うんだ? 意味が分からないがもう一回聞いてみるか。大野が再び聞く。

 

「ジギョウヲハジメタイってどういう意味ですか?」

「そのまんまの意味で、会社を始めたくてお金がいるんです。でもこんなこと頼めるの大野さんみたいな優しい人しかいなくて」

 オーケー整理しよう。長谷川さんは会社を始めたい。そしてお金がない。俺が優しいから金を貸してくれると思っている。それは間違いない。俺が優しいかはさておいて、こんな美人から頼まれたら断るわけないよな。うん。しかも恋人の頼みなんだから。大野が尋ねる。

「いくら必要なんですか?」

「100万円ほどです……」

「わかりました。100万円くらいなら貯金があるので、すぐ貸せますよ。口座番号とか後で教えてください」

「ありがとうございます。本当になんと感謝したらいいか……」

「だって彼女の頼みですよ? 断らないですよ。俺、優しいし」

 

 大野はお金を振り込むことを約束した。その後、フェリーで2人はあまり会話をしなかった。というのも長谷川が具合が悪いと言い出し、ずっと部屋にこもっていたのだ。大野も部屋で1人、悶々と考え事をしていた。

 

 100万円貸すって言ったけど、かなり生活きつくなるよな。まあでも、彼女のためなんだから仕方ない。好きな酒も買えないし、ライブも行けなくなるな。でも長谷川さんとデートできるならそれもいいか。だけどデートもお金がかかる場所は行けないな。いきなり家デートもだめだし、場所に迷うな。まあ、ツーリングがいいのか。しかし、この旅楽しかったな。予定通りの動画にはならないだろうけど、動画も回してたし。いい動画にできそうだ。でも長谷川さんの説明に少し困るな。行きずりの人とツーリングするなんて視聴者がなんだ? って思うもんな。まあ、彼女との会話を楽しむみたいなカップルYoutuber的な解釈もいいか。俺のチャンネルも視聴者層変わってくるかもな。それも面白いか。カップルなんてくたばれって思ってたけど、自分がなると案外いいもんだな。しかし、帰りのフェリーも楽しみたかったけど、長谷川さん具合悪いのか。仕方ないけど少し寂しいな。でも、明日になったら具合も治ってるかもしれないし、明日に期待しよう。今日はもう寝るか。おやすみ。長谷川ちゃん。

 

 一方、長谷川は計画がうまくいったことを仲間と電話して、喜びを分かち合っていた。

 

「また男1人騙せたよ」

「よくやった。やっぱりお前はうまいよな。美人だし、男が乗ってくるわけだよ。本当にお前と組んで良かったわ」

 

 そう長谷川はモテない男をだまして詐欺をするグループのメンバーだった。最初からだます目的だったし、その言葉はすべて嘘にまみれていた。大野をだますのはたやすかった。なぜならアラサーの誰とも付き合ったことのない男など、たいてい女と運命的な出会いがあればと心の底で思っているし、免疫がないからだ。詐欺グループの計画としては最初は100万円などある程度少額の要求から始め、だんだんとスケールアップしていく流れだった。

 

「しかし、今回の男かなりキモイよ。すぐに身体の関係を求めてくるし、言動がキモイ。いかにも今までモテてこなかったんだなって感じ」

「まあ、そういう奴はだましやすくていいよな。本当にお疲れ」

「うん。まだフェリーだからもう少し一緒に居なくちゃならないのがマジで苦痛だわ」

「だな。まああと少し頑張ってくれ」

 

 そう言ってグループの男との電話を切る長谷川。長谷川は思う。マジで大野キモイわ、と。あと一日我慢かー。辛いなあ。でもあと一日、あと一日だから頑張ろう。そんなことを思いながら眠りについた。

 

 翌朝もなるべく大野を避けてフェリーの部屋にこもる長谷川。大野から心配のLINEが届くが適当にあしらう。大野は心から長谷川を心配していた。長谷川ちゃん、大丈夫だろうか。昨日からずっと具合悪いみたいだし。北海道は寒いから寒暖差で体調を崩したのだろうか。彼氏としてお見舞いしたいけど、それも断られるし。とにかく元気になってもらいたいな。デートできないし。大野はどこまでも自分の欲求を果たしたいだけの男だった。

 

 そんなこんなでフェリーは大洗に着いた。大野と長谷川は約一日ぶりに再会をする。

 

「長谷川ちゃん、具合どう?」

「うん、だいぶよくなった。心配してくれてありがとう」

「なら良かった」

「じゃあ、私ちょっと寄るところあるから。またね。また連絡するね」

「うん、じゃあまた」

 

 2人はバイクに乗りそれぞれの道へ去っていった。

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