ダサい

 久しぶりに長谷川からLINEが届いた。


「大野くん、またお金をかしてほしいんだけど……」


 大野は考えて返信をする。


「いくら? 貸すのは構わないけど会った時に渡すね」


 大野は会えるように算段をしていた。長谷川からはすぐに返信が返ってくる。


「今度も100万円なんだけど、大丈夫? ごめんね。うん、短い時間しか会えないかもしれないけど会った時に貸してほしい」


 大野は思わずガッツポーズをとる。ようやく北海道ツーリング以来に会うことができるのだ。大野もすぐに返信を返す。


「新宿に今度の土曜日の13時集合でいいかな?」

「いいよ。よろしくね」


 大野は咆哮をあげる。「よっしゃ! よっしゃ! よっしゃ!」こうして会う約束をした大野はデートの服装を考え始めた。犬の総柄の半袖シャツで可愛さを出して、ストライプのパンツにしよう。靴はVANSのハーフキャブにしよう。シャツもパンツも柄物だし、サイズもタイトなのでどう考えてもダサいのだが、大野にはわからなかった。


 土曜日がやってくる。待ち合わせ時間の10分前に着いた大野はソワソワしていた。ダサいくないよな? 久しぶりだから何を話そうかな? 待ち合わせ時間ちょうどに長谷川がやってくる。長谷川はフリルのついた白い半袖のブラウスに、細身の濃い目のデニムを履いていた。きれいなお姉さんといった感じで大野は興奮する。こんな可愛い人が俺の彼女なのか。長谷川は大野に会うなり言う。

 

「お金持ってきた?」

「持ってきたよ。はい、どうぞ」

「ありがとう。本当に助かるわ。でもごめんね、時間あんまりないからコーヒー一杯くらいしか付き合えないかも」

「ぜんぜんそれでいいよ。喫茶店行こう」

 

 喫茶店に向かいながら大野は言う。

 

「長谷川ちゃんおしゃれだね」

「大野くんもおしゃれになったね」


 服のことを褒められ舞い上がる大野。そりゃそうだ、俺は努力しておしゃれになったんだ。褒められて当然だ。しかし、大野にはその言葉が皮肉であることが分からない。


 喫茶店に着くと、アイスコーヒーを2人は注文する。


「事業はうまくいきそうなの?」

「うん、ぼちぼち頑張ってるよ」


 長谷川の嘘の状況報告に安堵する大野。アイスコーヒーが運ばれると長谷川はミルクも砂糖も入れず、ブラックで飲み干す。そしてすぐに「用事があるからまたね」そう言って去って行ってしまった。大野はしばし呆然とした後、声にならない唸り声を出す。「畜生!」その言葉には今までの報われない人生が現れているようだった。なんだよ! せっかく会えたのにこんな30分ぽっちかよ。俺は本当に長谷川ちゃんと付き合っているのか? 付き合ってないのかな。そんなわけないよな。でも忙しい中会いに来てくれたんだから感謝しないとダメなのか。だからって忙しいからって彼氏に久しぶりに会って、30分ではい、さよならはないよな。なんなんだよ。本当に。せっかくおしゃれにしてきたのに。それに100万円だぞ? 100万円貸してやったんだぞ? それなのに感謝もそこそこであんなあっさりさようならはないだろ! まったくどいつもこいつもなめやがって。ここのコーヒー代も長谷川ちゃん置いていかなかったし。俺は財布か。しかたない、せめてここのコーヒー飲んで、伊勢丹でも行って服を見て帰るか。大野はどこまでも報われない人間だった。


 伊勢丹メンズ館に着くと高級ブランドの服ばかりが並び、緊張してしまう大野。しかし、俺はおしゃれなんだという根拠のない自信から緊張はすぐにほぐれた。なんとなく服を眺めていると店員が話しかけてくる。「なにかお探しですか?」「いえ、見てるだけなんで」そう答えて、ぶらぶら服を眺める。100万円貸したばかりの男には高すぎる服ばかりが並んでいた。大野が店を出ようとすると、大野のことを上から下まで値踏みするような目つきで眺める客がいた。するとその男がぼそっと言う。


「ださっ」


 大野は目を白黒させて状況を整理する。俺がダサいって言われたのか? そんなわけないよな? 俺は服を勉強しておしゃれになったし、こんな高級な店にも気兼ねなく入れるんだからこの店にも相応しい程度のファッションはできているはずだ。大野がその男をじっと見つめると男が続けて言う。


「なに見てんだよ。キモいわ」


 大野はとうとう本当に自分がダサくてキモイと言われていることを認めざるを得なかった。大野はなにか言い返そうと思ったが、特に言葉が出てこずにその場を立ち去ることしかできなかった。その立ち去る大野の背に向けて男は


「二度と来るなよ」


 とまたしても言葉を浴びせ、大野の自尊心はズタボロになってしまった。


 大野は自宅に着くと、手も洗わずにベットに倒れこんだ。それほど長谷川に金を渡したのに、そっけない態度を取られたこと、伊勢丹で男に言われたことが響いていたのだ。


「あー、畜生」

 

 冷静に怒りの言葉を絞り出す大野。次第にその冷静な怒りはヒートアップし、枕を殴りだす。

 

「畜生! 畜生! 畜生!」

 

 ぼすっ、ぼすっとむなしい音が部屋に響く。長谷川も、あのキモイ男もなんなんだ。俺様になんでたてつくんだ。俺は世界で一番偉いのにあの雑魚共が。長谷川に至っては100万円貸したんだぞ。俺も金がないのに。事業を始めたいってなんのだよ。俺に一切説明ないし。説明義務があるだろ、普通。今度会ったら聞かないとな。そして初キスや初セックスもさせてもらわないとな。そしてあの伊勢丹のキモイ男はなんなんだ。お前がダサくてキモイわ。俺様は世界一おしゃれなんだぞ。お前に言われる筋合いはないわ。長谷川ちゃんに服装おしゃれって褒められたんだぞ。あー、全身真っ黒でどう考えてもダサかったわ、ホント。あれだったら全身タイツの方がまだおしゃれだわ。髪型もロン毛だったし、まともな仕事してないだろ。絶対。あー、不愉快だ。気分転換に北海道の動画編集するか。

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