動画投稿

 大野はYouTubeに上げる動画の編集を始める。長谷川との会話がメインになり、当初の目的のトークを中心としたツーリング動画とは離れてしまうが、それはそれでいいかもしれないと大野は考える。俺のチャンネルもカップルチャンネルにしようかななんて思い始めてしまう。それほど長谷川との出会いは大野の人生に大きな影響を与えていた。まずは時系列通り長谷川との出会いの流れから作るか。最初の大洗までのバイク動画はいつものツーリング動画と言った感じで編集を行う。自慢のトークスキルが冴えわたり、なかなか面白い序章のトークになったと大野は思った。特に長尺のトークは大野が自分で思う理想的なトークができていたと自負している。さて、問題はここからだ。大洗のフェリー乗り場に着いて、財布を忘れたところまではいい。SEなんて入れておとぼけの感じを出して、そこで問題の長谷川ちゃんの登場シーンだ。どうしたら面白くなるだろうか。それとも長谷川ちゃんの紹介はサラッとして、なんでもありませんよにした方が面白くなるだろうか。もしくは面白くしなくていいんだろうか。しかし、財布を忘れて美女に声をかけられて窮地を脱するってよくできたお話だよな。本当に夢のような出会いだったな。長谷川ちゃん、アイラブユー。さて編集をどうしようか。こんな美人と出会って一緒にツーリングしましただと嫉妬する視聴者も出てくるかな。やっぱり面白い動画にしたいし、今までの動画とテイストが変わるとよくないかな。いろいろ大野は思案するが、今一つピンとくるアイデアが出てこない。しかしやはり面白い動画路線は変更しないことにした。長谷川との出会いはしっかり描き、道中の会話も流すが、ナレーションベースで茶化していこうと思う大野。早速編集に取り掛かる。ナレーションの録音を始める。

 

「そう大洗のフェリー乗り場にて気づいたのですが、私は財布を忘れてしまったのです。以前の北海道旅行のときも忘れたので、私と財布と北海道の相性は最悪です。しかし、ここで声をかけてくれた人がいたのです。名前はHさんといって、お金を貸しますよと言ってくれて、しかもお金ないと困るだろうし、私もバイクだからといって一緒にツーリングすることになったのです。本当にありがたい話ですよね。Hさんがいなかったらこのツーリングパーになってましたからね。しかも嬉しいことにHさんと私の趣味が合致していて、オーケンの話などで盛り上がっていたんです。フェリーの上でそんなに仲良くなれて、バイクで2人で北海道をツーリングしてこんなに楽しい旅になるとは思っていませんでした。なんだか終わりの挨拶みたいになってしまいましたが、旅はこれからですからね」

 

 フェリー乗り場までのナレーションを取り終えた大野はニヤニヤとしてしまった。長谷川との出会いが本当にいい出会いだったと回想し、嬉しさのあまりにやけてしまったのだ。「いやー、この動画は面白くなるぞ」そんな独り言を言いながら、オロロンラインでのツーリングの動画を編集する。またしてもナレーションを取り始める。

 

「そんなわけでHさんとのツーリングが始まったわけですが、まずはオロロンラインを2人で走っていきます。先頭のホーネット250がHさんのバイクです。女性の間でホーネットって人気ですよね。乗りやすいんですかね。この走っている間も通話をしながらなのでとても楽しく走ることができました。本当にオーケンの話ばかりしていたのでオーケンに感謝しなきゃですよね。ありがとう、大槻ケンヂ。ありがとう、オーケン、筋肉少女帯。しかし、オロロンラインは走っていて本当に眺めもよくて最高でしたね。美女とツーリングできたのもあって予想の100倍楽しかったです。ずっと左手に日本海が見えていて爽快でした。バイク買って良かった。北海道行って良かった。財布忘れて良かった。神に感謝。そんなわけでHさんとツーリングは続いていくわけなんですが、この旅の中で大事件が起きるんです。何かというと、私たち付き合うことになるんです! 最初から私はHさんのこといいなと思っていたんですが、Hさんも話しているうちに私に魅力を感じてきたみたいで、告白したら会って間もないのに成功したんです。いやー、30年生きて初めての彼女ですよ。これが。嬉しいったらありゃしないですよね。生きててよかった。神に感謝。しかしね、ちょっとこの動画よりは未来の話になるんですが、この彼女なかなか予定が合わない。付き合ってからまだ1回しかデートしてないんですよ。しかも30分くらいしか会えなかった。本当にショックですよ。いろいろしてみたいことは多いのに。もしよければね視聴者のみなさんも彼女としてみたいこと、彼女ができたらしてみたいことコメントしていってくださいね。私はもっぱらキスやハグをしてみたいですね。普通ですがね。30年ありつけなかったんだから当然ですよ。俺ちょっとキモいな。みなさん、私に引いて動画再生止めないでくださいね。まあそんなわけで動画に戻りますが、この後、ラーメン屋の店主にカップルでツーリングっていいねとからかわれたり、宗谷岬行ったり、ジンギスカン食べたりしました。終わり。なんてうそうそ。ちゃんと話しますよ。オロロンラインを走ってる途中でラーメン屋に入るんですが、この時点ではまだ私たち付き合ってはないんですが、店主にカップルでツーリングとはうらやましいねなんてからかわれて、顔を赤くしちゃったりしたんですよ。このラーメン屋でもオーケンの話してましたね。オーケンありがとう、感謝感謝。あとは会計の時にHさんが会計したんで、彼女に払わせるのかいなんて言われて恥ずかしい思いをしましたが、まあいい思い出です。宗谷岬までの道のりでは、お互いのパーソナルな話をしてとうとう告白して付き合ったんですよね。ここですよ。この動画の見どころは。ハイライトです。大事なんでループ再生しますね。さすがにうざいか。とにかく私の人生で最も素晴らしい日ですよ。あー感動したなあ。自分のセリフに。こんなに心のこもった告白ないでしょう。そんなわけでカップルになった我々は旭川のジンギスカン屋でおいしい食事をしました。正直、Hさんが可愛すぎて味は覚えていないんですが、おいしかった記憶はあります。でもそれよりも初彼女、それがすべてですね。そして帰りのフェリーではHさんが具合が悪かったみたいで、あまり話せなかったんですが、まあしょうがないですよね。彼女を気遣う彼氏と言った感じで優しい俺を演出できたのかなと。そんなわけで今回の動画は終わりです。高評価、チャンネル登録お願いします! ではまた!」

 

 大野は充足感に満ちていた。いい動画ができた。動画素材も活かせたし、ナレーションも最高に面白いものがとれた。エンコード終わったら、早速アップしちゃおうかな。その日大野は動画のエンコードをかけてから寝た。次の日にはアップするつもりだった。

 

 エンコードも終わり、動画をアップする大野。いつもと再生数は変わらないが、バッド評価がとても多かった。俺に彼女ができたことにみんな嫉妬しているんだろうな、と大野は思った。実際そんな面もあったが、少ないコメントを見るに自己愛に満ちたナレーションや知り合ったばかりの女性に対して、キスしたいだのハグしたいだのの言葉に対する気持ち悪いという反応が大半のようだった。しかし、大野はそれらすべてを自分への嫉妬と解釈し、改善するつもりはなかった。

 

「こいつらキンモー。モテる俺に嫉妬してるんだな。これだから童貞は」

 

 自分のキモさに気づかない童貞の大野はどこまでも痛々しかった。

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