ファッション
大野は約束の100万円を長谷川の口座に振り込んだ。振り込んだよと長谷川にLINEすると「ありがとう」とそっけない返事と可愛らしいキャラクターのスタンプが送られてきた。大野は満足感に満ちていた。あー、俺長谷川ちゃんの役に立ってる。俺も人に頼られる男になれたんだ。嬉しいな。100万円は痛いけど、でもそれよりもこの感動は素晴らしい。長谷川ちゃんと早くデートしたいな。聞いてみるか。
「役に立てて良かったよ。今度またご飯でも行きたいんだけど、空いてる日ない?」
「ごめんなさい。しばらく忙しいから会えないかな。でも時間できたら連絡するね」
「了解」
そんな淡白なメッセージに大野は落胆した。せっかく付き合ったのに、まだデートできないのか。北海道ツーリングもデートみたいなもんだけど、またデートしたいんだよなあ。まずどんなデートしたいんだろうか、俺は。そうだなあ、ご飯行って家に連れ込んでそのまま泊まるデートがいいよなあ。でもいきなり過ぎるか。まあまずはご飯だけか。それか遊園地とかもいいかもな。ってか俺そういうことに疎遠だったからデート事情に疎すぎるな。勉強しないとな。そういうことも。しかし、長谷川ちゃん可愛いよな。あんな美人となんで俺付き合えたんだろうな。まあ、それほど俺の魅力があったということだろう。でもどんな事業を行うんだろうな。金が要る理由はわかったけど、どんな会社を興すんだろうな。それも会った時、聞いてみるか。もし仮に結婚したら2人で会社経営になるんだろうなあ。それも大変だけど楽しそうだな。今のうちにいろいろ勉強しておかないとな。俺本当に恋人という存在と一生無縁だと思ったから、なんにもわからないな。ダメだな、今のままじゃ。俺、勉強して変わろう。まずはデートスポットでも調べるか。
そのようにして大野はカップルのデート先や、守るべきことを調べ始めた。その内容は大野にとって無縁過ぎて、耳なじみのないことばかりだったが、素直に吸収できた。頑固な大野とは思えないほど、早い吸収速度だった。あっという間に大野はカップルについて詳しい気持ちになれた。大野の悪い癖で少し調べただけで詳しくなった気がしているのだ。もちろん調べる前よりは詳しいが、実際はまだまだだった。しかし、大野は過信する。これで長谷川ちゃんともうまくいく、と。あとはそうだ、服装だな。俺やっぱりダサいし、服も買わないとな。長谷川ちゃんに恥はかかせられない。そう思った大野は次の休みに服を買いに行くことを決めた。
大野は原宿に来ていた。ダサい自分が行くと街から浮くとわかっていたが、飛び級でおしゃれになるには行くしかないと考えたのだ。周りの目線が痛かったが長谷川ちゃんのためだと思い耐える大野。とりあえずと思い、大野でも知っているセレクトショップBEAMSに向かう。店内に入ると店員からの目踏みされるような目線が大野を襲う。しかし大野は勇気をもって店員に話しかける。
「すみません。全身コーディネートしてくれませんか?」
「ああ、はい。いいですよ」
意外にもあっさりと了承を得た。大野の想像ではバカにされ、断られるのではないかと思ったのだ。店員がさらに言う。
「ご予算はいくらくらいですか?」
「そうですね。5万円くらいですね」
そう言った瞬間、店員が一歩引いた立場になる。
「5万円ですと全身は難しいですね……。今のお客様の服装を活かすことを考えて、ジャケットまたはパンツを一着お勧めするくらいになってしまいますね」
「そうなんですか……。お勧めのジャケットかパンツを聞いてもいいですか?」
「はい、もちろんです。こちらのジャケットはリネン100%でして、これからの季節でもTシャツの上に羽織るだけでおしゃれになると思います。また、こちらの黒のスラックスですと、流行りのワイドシルエットでどんな服装にも合うと思います」
「試着してもいいですか?」
「もちろんです」
そう言って2着とも着させてもらう大野。大野としてはまったくピンとこなかったが、店員の勧めであれば間違いないのだろうと思う。しかし、今着ている他の服がくたっとしていて、大野の見た目はまったくおしゃれとは程遠かった。
「お似合いです」
店員はそう言ってくるが、大野としては納得がいっていなかった。
「そうですかね? 自分じゃわからないのですが……」
「いやおしゃれだと思いますよ」
「でも、他の店舗も見たいのでとりあえず保留にさせてください」
「かしこまりました。お待ちしております」
そう言ってBEAMSを去る大野。5万円じゃ全身コーディネートは難しいと理解した大野は、なんとか安く済む方法を考える。そこで思いついたのは古着屋だった。原宿はやはりファッションの街だけあって、古着屋も豊富にある。以前、山上に連れていかれたキャットストリートにある古着屋に足を運んだ。
店内は古着屋のイメージのまま服がごった返しており、値段もリーズナブルな物から高価なヴィンテージ物まで様々であった。大野はまたしても勇気をもって店員に話しかける。
「あのすみません。実は全身コーディネートをしてほしいんですが……」
「あ、はい。どんな感じの服装が好きなんすか?」
先ほどのBEAMSと違って店員は若くけだるそうだった。大野はさらに勇気を振り絞って言う。
「服のことまったくわからなくて……。店員さんの思うおしゃれな感じでいいんですが……」
「わかりました。じゃあこのタイダイのTシャツにアイスブルーのデニム履いて、靴はこの古着のVANSでいいんじゃないすかね? あ、予算いくらっすか?」
「5万円あります……」
「じゃあ余裕っすわ。2コーデくらいいけますよ」
「そしたらもう1コーデもお勧めください」
「うーん、そうっすねー。このラコステのネイビーのポロシャツに黒のスラックスとかいいんじゃないすか? 足元はレザーシューズで」
「ありがとうございます。ちょっと試着してもいいですか?」
「いいっすよ。こちらどうぞ」
案内されるがままに試着室で試着をする。カーテンを開けると店員が「似合いますねー」と言ってくれる。試着室の鏡に写った大野は見違えた自分に驚いたが、サイズが大きめな気がして気になった。
「サイズ全体的に大きくないですかね?」
「そうっすか? 今大きめが流行っているのでいい感じだと思いますよ」
大野はその言葉を信じて、店員に勧められた服を購入した。
そうして原宿で服を購入した大野はなんだか自分がとてもおしゃれになった気がした。案外ファッションってのもいい趣味かもな、なんて服に興味のなかった男が思った。今度は自分で服を選んでみようなんて思う大野。100万円送金した大野だったがまだ少し金はあった。今度上野のマルイにでも行って服を買うことを計画した。
大野は予定通り上野のマルイに来ていた。大野はずんずんとメンズ服のフロアに進んでいく。目的の店に着くと、とりあえず端から服を見始める。途中で店員が「何か気になることあればおっしゃってくださいねー」と声掛けをされ、「わかりましたー」などと言って店員をかわす。大野は犬の総柄の半袖シャツが気になった。店員に勇気をもって「試着してもいいですか?」と尋ねる。「いいですよ」などと言われ、試着室に案内してもらう。大野が試着して登場すると、店員が「お疲れ様です。よくお似合いですよ」と言ってくれる。大野自身も気に入ったがサイズが少し小さい気がした。店員にもうワンサイズ上はないか尋ねると、「それラス一なんですよー」と言われ、少し迷う大野。しかし、気に入ったこともあって購入することに決める。そのシャツは少し小さいどころかパツパツと言ってもいいくらいの小ささだった。だが、大野のようなファッション初心者にはそれはわからなかった。
大野はよく服を見に行くようになった。しかし購入した服のどれもがジャストすぎたり、小さかったりしていて、どうにもおしゃれには見えなかった。それとは反比例的に大野のファッションに対する自信は増していった。実際にはかなりダサいにもかかわらず、だ。本人としては自分はおしゃれだと思い込んでいるのでたちが悪い。原宿で店員に勧められた服自体はサイズ感も良くおしゃれだったが、勧められた組み合わせを無視して、自分で購入した服と組み合わせているのでどうにもおしゃれにはなれなかった。人のアドバイスを聞かない頑固者の大野の悪いところが出ていた。これで長谷川ちゃんとも釣り合う男になれたなと思いこむ大野。実際はただのダサ男が誕生しただけだった。
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