ツーリングの始まり
長谷川と話していると、気分的にはあっという間に北海道苫小牧にフェリーが到着した。苫小牧港はなかなかの広さで海風が良く通り、まだ4月ということもあって寒かった。フェリーから一緒に乗っていた乗客たちが次々と降りていく。皆それぞれ厚着をしており、寒さに耐えられる恰好をしていた。一方、大野たちはバイク用の防寒ジャケットに着替えており、こちらも寒さ対策は万端だった。
「着きましたね」
大野が言う。長谷川も寒がりながら、震えながら「そうですね」と言う。ジャケットで覆えない手が特に寒そうだった。大野はそれを察すると鞄からさっとカイロを取り出す。
「よかったらこれ使ってください」
大野が長谷川に差し出すと、長谷川が言う。
「いえ、持っているので大丈夫ですよ。大野さんこそ寒くないんですか?」
長谷川が逆にカイロを差し出す。
「ありがとうございます。でも長谷川さんが使ってください。私何個か持っているので」
そんな優しいやり取りをする2人の周りには幸福が溢れていた。寒さの厳しい北海道の大地に温かさが降り注ぐ。
「ありがとうございます。大野さんって心も温かい人なんですね」
大野照れ笑いを浮かべる。大野は心からこの時間がずっと続くことを祈っていた。
「笑うとかわいいですね。大野さんの笑顔みたいから笑わせられるようにしますね!」
「僕は笑いには厳しいですよ?」
そんな冗談を交わしながら、会話が弾む。
「大野さん、お笑いも好きなんですか? 芸人さんはどなたが好きなんですか?」
「今はランジャタイが好きですね」
「私もランジャタイ好きです! 破天荒な芸風で面白いですよね!」
ここも趣味が合うのかと大野は驚く。なにかの仕込みなのか疑うレベルになってきたと思ってしまう。この人と北海道をツーリングできるなんて、なんて幸せなんだろうと思う。それくらいに大野は感動していた。
「あ、話し込んじゃいましたけど、そろそろバイク受け取ってツーリング行きましょうか」
長谷川の言葉に従って、バイクを取りに行く2人。大野の愛機NINJAは鈍く緑に輝いている。一方長谷川はホーネット250を愛機としているようだ。その機体は赤色で長谷川に似合うな、と大野はなんとなく思った。
「大野さんのNINJAかっこいいですね。綺麗だし、よく手入れしているんですね」
「長谷川さんのホーネットも可愛らしくて好きですよ」
お互いのバイクを褒め合う2人は、傍から見ればカップルにしか見えない。
「あ、長谷川さん」
「なんですか?」
「ヘッドセットって持ってますか? 僕は持っているんですが、長谷川さんも持ってるなら会話しながらツーリングできるなと思ったので」
「あー、持ってますよ。つなぎましょうか」
そう言ってお互いのヘッドセットを連携した。大野はこれでよりツーリングが楽しくなると、ワクワクが増してきた様子だった。お互いグローブをはめ、バイクに乗る準備をする。
「早速行きましょうか」
長谷川が号令をかけると2人はバイクに跨る。エンジンをかけ、轟々とエンジン音が鳴る。2人は北海道の大地を駆け出した。まずはオロロンラインを目指し走り出す。フェリーが着いた苫小牧からは少し距離があるが、オロロンラインの魅力はそれほどにある。
「いい天気でよかったですね。雨だったら寒いし、景色楽しめないし、最悪ですからね」
「そうですね。雨じゃなくてよかったー。私、雨女なんですよ」
「あ、そうなんですか? じゃあ、僕は晴れ男かもしれないですね」
「かもしれないですねー。雨女でいいこともあって、私、運動が嫌いだったので、運動会の日に毎回のように雨が降って運動会が延期になっていたのは嬉しかったですね」
「僕ももともとスポーツ観戦は好きだったんですが、運動音痴で。でも、中学で野球部に入って、運動音痴は改善しましたね。長谷川さんは部活入っていましたか?」
「私は水泳部だったんですが、ほぼ参加してなくて幽霊部員でしたね。大会の応援だけ行ってました。大野さんのポジションってどこだったんですか?」
「僕はファーストでした。一緒に入った友達がすぐに辞めてしまって、1人寂しく野球してました」
「でも、1人でも続けていたのは偉いですね。私だったら辞めちゃいそう」
「僕も辞めようか何度も悩んだのですが、野球が好きだったので辞めませんでしたね。思えばあそこで根性が身に着いた気がします」
二人はそんな会話をしながら北海道の冷たい風を浴びていた。しかしながら、大野はワークマンで購入したバイクジャケットを着ているのであまり寒さは感じていなかった。長谷川もダウンジャケットを着ており、寒さは感じていなさそうだった。
どんどん道をバイクで駆け抜けていく。北海道の自然豊かな道路が心地よかった。まだ市街なので大丈夫だが、田舎道に入ると動物が出てくるんじゃないかと不安を覚える。北海道と言えば野生動物が道路に飛び出す、そんなイメージが大野の中にあった。
「長谷川さん、野生動物ってやっぱり北海道走っていると出てくるんですかね? 僕は前に北海道を車で回ったときは出なかったんですが」
「どうですかね。イメージはありますけど、滅多にはないんじゃないかな」
「出てきたら怖いですね。特に熊なんて出てきたら、命も危ないですよね」
「その時は大野さん、助けてください」
「はい、命を懸けて」
「冗談です。まあ大丈夫ですよ。まあ、本当に助けてくれたらうれしいけど……」
後半は小声で大野には聞き取れなかった。しかし、何か良いことを言われた気がする大野はなんだか誇らしかった。
そんなこんなでバイクを走らせる2人。目的地のオロロンラインが近づいてきた。オロロンラインは綺麗な一本道で海を眺めることができるバイクツーリングにはもってこいの道だった。風を浴びながら道を気持ちよく走る。大野は思わず長谷川に言う。
「すごく気持ちいいですね。もう1回言うけど、天気もいいし」
「そうですね。最高の天候に恵まれましたね。あ、大野さん左見て。すごいいい海!」
「ですね! 景色と空気最高ですね!」
そんなやり取りをしながら、2人は道を駆け抜ける。2人は天国にいるような心地だった。大野の思考も天国に向かっていた。
こんな美人と会話しながら絶景の景色を見ながらツーリングできて、本当にここは天国なのかもな。俺は死んだのか? まあ、それはないけど、ここが最も天国に近い場所なのかもしれないな。ここで死ねたら最高かもな。いや、死にたくないけど。でも今死んでもいいかもしれない。それくらい俺は今幸せだ!
「ケンヂ君、なんだか気持ちがいいですね」
「あはは、またいくじなし」
大野の冗談に長谷川は乗ってくれる。いくじなしのセリフ部分を2人で朗読する。
「なんだか気持ちがいいですね」
「ぐるぐるぐるぐる……」
「兄さん、兄さん、いくじなしの兄さん。脳髄は……」
その後、2人で筋肉少女帯の歌を歌いながらツーリングをする。キノコパワー、マタンゴ、釈迦、サンフランシスコなど初期のナンバーが中心だった。
「国境の橋の上で」
「ダバダバダバ胞子を振りまくよ」
「シャララ釈迦釈迦」
「わがサーカス団をぜひご覧ください」
そんなようにい熱唱していると、ようやく昼ご飯を食べるラーメンの店についた。店の名前は一番。札幌一番なのかなと思ってしまうが、関係はなさそうだ。店内に入ると店主が「らっしゃい」と声をかけてくれる。客はまばらですぐに席に着くことができた。店の中を見渡すと、木製の札にメニューが書いてあり、一番人気らしい味噌ラーメンを2人は注文する。店内に流れる古めのロックミュージックを聴きながらラーメンを待つ。90年代のバンドブームの頃の音楽が中心だった。その間に飲んだ水がとても美味しかった。やっぱり水が違うのだなと思う2人。そこにラーメンが到着する。味噌の濃厚な匂いが鼻をくすぐり、食欲を掻き立てる。まずはスープを蓮華で救うとそのまま口へ運ぶ。味噌の甘い味が口全体に広がり、幸せな気持ちになれる。次は麺をすすると、中太麵に絡んだスープの味と麺の食感が口を支配する。味噌ラーメンはどこまでもおいしかった。旅の途中で寄って良かったなと、純粋に思えるおいしい店だった。
ラーメンをすすっていると店内のBGMが筋肉少女帯の「踊るダメ人間」になった。オーケンのボーカルがダメダメと歌い上げる。2人は顔を見合わせ、
「また、オーケン。私たち、筋肉少女帯に縁がありますね」
「そうですね。会話盛り上がるし、オーケン様様ですね。」
と会話をする。おせっかいなのであろう店主が会話に入ってくる。
「お二人さん、若いのに筋肉少女帯なんて好きなんだね。2人はバイクできたのかい?」
「そうです。オロロンラインを走ってきました」
「そうかい。カップルでツーリングたぁ、ずいぶん楽しそうだねえ」
大野は顔を赤らめる。長谷川の方を向くとまんざらでもない表情だった。
「いや、カップルではないんです。たまたま知り合っただけで……」
大野は照れながら否定する。すると長谷川が
「まあでも、そのうち付き合ってるかもしれませんね」
と反応をする。大野はさらに顔を赤らめてしまった。
「すみません、お会計お願いします」
「あいよ、2人で2100円になります」
「じゃあこれで」
「あれ、彼氏が出すんじゃないのかい」
「ああ、実は財布を家に忘れまして。困っていたところ長谷川さんに声をかけてもらったんです」
「へえ、そうかい。お姉ちゃん、優しいね。お兄ちゃんもこんないい人逃しちゃだめだよ」
「へへへ……」
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