大野の告白
大野は苦笑いを浮かべ、情けない今の状況を悔いていた。家に財布を忘れなきゃなあ。でも忘れなかったら声をかけてもらえてないし。そんなことを思っていると、顔に出てしまったのか長谷川がこう言う。
「大野さん、戻ったらご飯でもおごってくださいね」
「あ、もちろん。というか会ってもらえるんですね」
「当たり前ですよ。私たちの仲なんですから」
大野は昇天しそうな気持になった。
ラーメン屋を出るとまた冷たい風が襲ってきた。ラーメンで温まった体が冷えていくようだった。2人は寒い寒いと言いながらジャケットを羽織る。バイクにまたがりエンジンをかけまた走り出す。オロロンラインも終盤に差し迫っていた。
「オロロンラインも終盤ですね」
「そうですね。いやー、本当に眺め良かったですね」
そんな会話をしながらバイクを走らせる。すると左手には広大な海があり、右手にはオトンルイ風力発電所が現れた。オトンルイ風力発電所は建て替えが計画され、今の風景を見られるのは今しかなかった。広大な海と巨大な風力発電所の組み合わせ、その美しさは素晴らしかった。
「ずっと見えていたけど、きれいな海ですね。あと、オトンルイ風力発電所も雄大でいいですね。なんだか広い心になれますね」
「そうですね。オトンルイ風力発電所は今しか見られないし、来てよかったなあ」
さっきからつまらない会話パターンばかりで飽きてこないか不安になったが、結局同じような話しか振ることができない大野。しかし、長谷川はそれでも楽しそうだった。大野はそれに安心しながらも、うまく会話をしようと必死だった。
「なんか似たような話ばかりですみません」
「そうですか? 私は特に気になりませんよ?」
大野が思わず言った後悔の念にも優しく対応する長谷川は女神だった。大野は内心ほっとしていた。俺の会話つまらないよな、と思っていたけど、長谷川さんは優しいな。こんなアラサーのキモイおっさんの話を優しく聞いてくれるなんて。しかし、オトンルイ風力発電所は本当にきれいだな。俺の心まで浄化されるようだ。いつも、というか今もキモイ事ばかり考えているのに、今は少し抑え目になれてるし。それにしても、長谷川さんはいったい何者なんだ。見ず知らずの男に声をかけて、お金を出してくれて、ツーリングにも付き合ってくれるし。お金持ちのお嬢さんとかなのか。まったく謎だ。でもプライベートなこと聞いていいんだろうか。なんの仕事しているのかとか。家のこととか。いや、やめておこう。関係が切れたら最悪だ。今のままでいいんだ。でも長谷川さんと付き合いたいなあ。こんなこと思っていいんだろうか。行きずりで知り合った人と付き合うなんて。だけど、それが本来の恋愛なのかもしれないな。こんなこと付き合ったことのないアラサーのおっさんが考えているのキモいな。冷静になろう。長谷川さんとはこれからも関係は続くだろうし、もちろんへまをしなければ。だから、今のままで関係を続けていって、いい感じになったら告白しよう。それがベストだな。今はただ2、3日一緒にいるだけの人だしな。さて、東京戻ったらどんなところに誘えばいいんだろうか。最初は食事だろうな。レストランとかカフェとか、嫌いじゃなければ居酒屋とか。長谷川さんはお酒飲むんだろうか。俺はお酒好きだから、好み合えば嬉しいな。最終的には家に来てもらって、一緒にお酒飲んで、そのまま泊まってもらって……。そんな未来最高だな。その未来のためにもここはミスれないな。キモくならないように頑張らないと。とりあえず今現時点ではまだミスはないはずだ。ここからは加点を狙っていかないとな。加点って言っても何をすればいいんだ? レディファーストとか男らしさを見せるとかだろうか。でもどの場面で見せればいいかわからんな。とにかく今は長谷川さんとの会話を楽しませるように努力しないとな。オーケンの話ばかりじゃなく、いろんな話を振らないと。だけど、どこまで踏み込んでいいんだ? わからんな、女との会話は。とにかくなんにせよ、楽しませないと。
そんなことを思いながらバイクで走る大野と長谷川。2人の目的地は宗谷岬で、ここから一時間半ほどかかる予定だった。大野が思い切って話を振ってみる。
「長谷川さんがバイクに興味持ったのってなんでですか?」
「昔から父の影響で男らしいものに興味があったんですよ。バイクとかギターとかね。大人になってバイクも買えるくらいの収入にもなったので買ったって感じかな。大野さんは?」
「僕は就活で郵便局の内定もらって。郵便局では結局働かなかったんですが、バイクの免許をその時取ってたんで、いつかバイクを買おうと思っていて、とうとう買ったという感じですよ。なんでホーネットにしたんですか?」
「単純に見た目で選びました。大野さんは?」
「僕も完全に見た目です。バイクって見た目ありきだと思っているので」
「ですよね。私もかっこよければいいって気持ちなので」
そんな風に道を進んでいくと、目的地の宗谷岬が見えてきた。流石は日本本土の最北端の地で、防寒していてもさすがに寒かった。2人は辺りを見渡してみる。観光客と思しきバイク乗りたちが幾数名か目立っていた。
「さすがに寒いですね。でもやっぱりバイク乗りはいるもんですね」
「ですね。日本本土最北端の地だからか、やっぱり観光地として人気あるんですね」
そんなやり取りを交わしながら、海を眺める2人。日本海は雄大でどこまでも美しかった。
「でも、来てよかった。こんなに美しい風景が見られるなんて」
「本当にそうですね。ここまでいい場所だとは思ってなかった」
大野たちの手は冷たくなり、手を繋いだらお互い暖かいだろうなと思う大野。大野は考える。手をつないでもいいのかな。恋人ではないけど、俺たちの仲ならつないでも不自然じゃないよな。でも知り合って少ししか経っていない男が手をつないできたらキモいか。そうだな、やめておこうかな。いや、でもつなぎたい。俺、30年生きてきて手をつないだこともないんだぞ。せめてそれくらいやってみたい。拒否られないかな、大丈夫かな。そのように大野が逡巡しているとその瞬間、長谷川が大野の手をつかんだ。
「寒いからつないじゃいました。だめ?」
「あ……、いやだめじゃないです……」
大野はその時、音を立てて恋に落ちた。恋に落ちた大野は興奮のあまり、勃起した。無理もない。30年間まったく女性と接点のなかった男が、急に美人と仲良くなることができたのだから。大野は思う。俺、勃起してるよ。キモいな。でも手をつなぐとこんなに暖かいんだな。北海道が寒くて良かった。長谷川さんの手の暖かさを感じることができるから。俺もとうとう彼女ができるのか。よし、言うぞ。
「好きです。付き合ってください」
大野の口からは告白の言葉が発せられていた。
「さすがに早いです。もっと仲良くなってからにしてください」
長谷川は照れた様子で言った。その様子はどこからどう見ても嬉しそうだったし、少なくとも大野にとっては大野を受け入れている様子だった。
「いや、でももうほぼカップルですよね? こんなに一緒にいて、楽しんで」
「それはそうだけど、物事には順番があるの。大野さん、分かって」
長谷川からはそう言われたが、大野はもうすでに了解をもらったような気持だった。
「これが俺の初彼女か……」
大野は小さな声でつぶやいてしまう。その声は長谷川には届いていないようだった。
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