はしゃぐ大野

 宗谷岬を後にした2人は、旭川市へ向かうルートを辿る。そのルート途中でも大野は浮かれていた。ずっと長谷川とデートでどこへ行きたいか、何をしたいかを延々と考えている。大野の頭の中は天国だった。まずはディズニーランドかな、いやシーかな。でもいきなりディズニー行って待ち時間とかで喧嘩したくないなあ。そもそも俺、ディズニー行ったことないし、長谷川ちゃんのこと楽しませられるかな。それを考えると、今回みたいにバイクツーリングデートもいいよな。でも、北海道で濃密なツーリングデートしたわけだし、また今度でもいいのかな。普通のカップルはどんなところでデートするんだ? わからんな。周りに彼女いたことあるの山上くらいだし。でも、あいつに聞くと根掘り葉掘り聞かれるから嫌だな。どこで知り合ったのかとか、写真見せてとか。うん、面倒だ。聞かないで自分で調べよう。もしくはストレートに長谷川ちゃんに聞いてもいいかもな。どこ行きたいなんて。彼女を優先する彼氏になって印象いいよな。でも、最初は俺が企画した方がいいな。うん、あとでじっくり調べよう。

 

 そんな妄想がはかどっている大野に長谷川が話しかける。

 

「大野さん、何もしゃべらないけど、どうしたの? 私と話すの飽きた?」

「あ、そんなわけないです! ちょっと考え事を」

「ごめん、意地悪な質問だったね。ちょっとからかっただけ」

「長谷川ちゃん、性格悪い!」

 

 大野はしまったと思った。ちゃん付けしてしまったし、悪口になってしまったと後悔した。やべー、振られるかも。しかし、長谷川はまったく気にした様子はなく続ける。

 

「性格悪いかな、私? 大野ちゃんの方が性格悪いよ!」

 

 ケラケラ笑いながら長谷川が言葉を返す。大野はホッとすると、

 

「ですね。性格悪いカップルで行きましょう!」

「だから、まだ付き合ってないって!」

 

 楽しい会話が2人の間で続く。道は平坦で走りやすかった。そんな平坦な道ということもあって、会話が弾んだ。

 

「いや、もうほぼOKしてるじゃん? いいでしょ? 付き合ってるで」

「だからー、もっと仲良くなってから改めて告白してよ。待ってるからさ」

「いや、俺は待てないね! 長谷川ちゃん大好きになったんだから。今すぐ抱きしめたいよ」

「それはちょっとキモいかな」

 

 長谷川は終始笑いながらの話し方だったが、「それはちょっとキモいかな」という言葉だけは、本当のトーンに聞こえた。しかし、大野はそのことに気づかない。大野が続ける。

 

「なんならキスもしたいし、早くバイクから降りたいな」

「大野ちゃん、キモいよ」

 

 今度は大野に伝わったようだ。大野は焦った様子になり、言う。

 

「あ、ごめんなさい。調子に乗りました」

「ううん、いいの。わかってくれれば」

 

 少し空気がピリッとしたが、その空気も一瞬で、すぐに朗らかな空気に戻った。大野はやべーこと言っちまった。危ない、命拾いしたと思う。もしかしたら付き合ったばかりなのに振られてたかもしれない。思い込みの激しい大野の中ではすでに2人は付き合っていた。大野はまた妄想する。ここで振られていたら、恋人らしいことなにもできないところだった。やっぱり、抱きしめたり、キスしたりしたいもんな。今はその時じゃない。時を狙おう。でも、もう付き合ってるんだからそういうことしてもいいよな。長谷川ちゃんケチだな。いいじゃんね、少しくらい。俺は今までの人生ずっと我慢してきたんだ。少しくらいさせてくれてもいいじゃないか。もちろんいきなりセックスするわけじゃないし、いいじゃないか。ええじゃないか。ああ、歴史で習ったな、ええじゃないか。そんなことはどうでもいい。とにかく抱きしめたいし、キスしたい。長谷川ちゃん、させてくれ。キモいと言われてもいい。させてくれ。キモいと思われてもいい。させてくれ。振られるのは嫌だが、させてくれ。

 

「大野ちゃん、ガラナコーラ飲みたくない?」

 

 長谷川が不意に話を振ってくる。大野は思考していたこともあって、ワンテンポ遅れて返事をする。

 

「え、ああ、飲みたいね」

「じゃあ、そこのセイコマ寄ろうよ」

 

 目の前にセイコーマートがあったので、2人はバイクを止める。駐車場には何台かのバイクが止まっていた。店内に入ると、やはりライダーと思しき人たちがいる。軽く会釈をして、ガラナコーラと店内調理のおにぎりを手に取る大野。長谷川はガラナコーラだけ購入する様子だった。

 

「大野ちゃん、おにぎりも買うの?」

「はい、ちょっと小腹が空いて」

「私にも少しちょうだい」

「いいですよ」

 

 レジで2人はお金を払い、バイクの元へ戻る。バイクに寄りかかりながら、ガラナコーラを飲む。大野はおにぎりを半分にすると、片方を長谷川に渡す。

 

「こんなにもらっていいの?」

「はい、思ったよりお腹空いてなかったので」

「ありがとう」

 

 ツナマヨおにぎりは小腹を満たすには少し大きかった。この後旭山でジンギスカンを食べる予定なのに小腹を満たすどころじゃないよな、と思う2人。

 

「ジンギスカン食べるのに、ちょっと大きすぎましたね」

「ほんとよ。大野ちゃん、食いしん坊」

 

 笑い合う2人。

 

「というか、大野ちゃん、敬語やめてよ」

「あ、はい」

「また敬語! ため口でいいのに」

「敬語が楽なので」

「まったく」

 

 大野は誰に対しても敬語を使ってしまう。いくら仲が良くても敬語を使ってしまう癖があった。ガラナコーラを飲みながら大野は考える。俺、今までの人生誰に対しても敬語だったな。楽なんだろうな。でも、せっかく彼女できたんだからため口にしないとだめだな。どうすればいいんだ? ため口がわからないぞ。大野は思い切って話しかける。

 

「長谷川ちゃん、ガラナコーラおいしいね」

「うーん、ぎこちないなー。まあ、これから慣れていって」

「はい」

「また、敬語」

 

 大野はこれから頑張ってため口に慣れていこうと思った。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「はい」

 

 バイクを出発させる2人。だんだんと市街地に近づいてきた。車やバイクの通りが増え、にぎわってきた感じがある。

 

「どんどん、旭川に近づいてきたねー」

「そうですね。もう山道って感じではないですね」

 

 旭山の目当てのジンギスカン屋が見えてきた。店構えはいかにも昔からあるという雰囲気で、おいしそうな気がしてくる。中に入ると快活そうな男性の主人が威勢よく出迎えてくれる。

 

「いらっしゃい」

「2人なんですが入れますか?」

「空いてるよ。奥の席へどうぞ」

 

 2人は奥の席に案内され、腰を下ろす。メニューを眺め、とりあえずジンギスカン2人前を注文する。お酒も頼みたいところだったが、それは我慢する。

 

「いい雰囲気の店ですね」

「そうねー。昔からあるんだろうね」

「ジンギスカンを北海道で食べるのは初めてなんで楽しみです」

「あ、そうなの? 私は何度かあるけどおいしいよ!」

「前来たときは魚介系やラーメンを食べたので」

「そうなんだ。お寿司とかもおいしいもんね」

「そうなんですよ! 前は回転寿司に行ったんだけど、それもレベルが高くて」

「へえ、そうなんだ。行きたいな」

「明日、寄れたら寄りましょう」

 

 そんなことを話していると、ジンギスカンがテーブルに運ばれてくる。

 

「あいよ。これが2人前ね。肉を真ん中の出っ張ってるところで焼いて、周りで野菜を焼いて食べてね。味はついているからそのままね」

「ありがとうございます」

 

 2人は言われた通りに肉や野菜を焼いていく。煙がモクモクと上がり、おいしそうな匂いが2人の鼻孔をくすぐる。セイコーマートでおにぎりを食べたが、お腹は空いていた。箸でそれぞれの口に肉が運ばれる。それに続いてご飯も口に運ぶ。肉の脂とタレがアツアツのご飯と混ざり合い、間違いない味を演出していた。

 

「おいしい!」

「これはいいですね」

 

 長谷川はおいしさを素直に表現する。一方大野はおいしいにも関わらず、穿った答えでおいしさを表現する。性格の違いが現れる。

 

「素直においしいって言いなよ。その方が可愛いよ」

「僕はおいしいって言ってますよ。別に可愛い評価されたいわけではないので」

「本当に素直じゃないなあ……」

 

 大野がニヤニヤしながら、またしても穿った答えを返す。長谷川が少しばかりイラついていることに気づいていない様子だった。大野が続ける。

 

「まあ、この店構えでまずかったらおかしいですからね。及第点って感じかな。おいしいけど、人生でのおいしいものランキングに入るわけじゃない」

 

 またしてもにやつきながら、ベラベラと言葉を述べる大野。はたからみてかなり痛いやつということに気づいていない様子だった。

 

「ああ、そう……」

 

 長谷川がトーンダウンする。大野はそこにはすぐに反応を返す。

 

「え、私おかしいこと言いましたか?」

「いや、うん……」

「思ったこと言って何が悪いんですか? まずいなんて言ってないし、許容範囲でしょ?」

「はい……」

「なんでテンション下がってるんですか。おいしいんだし、もっと楽しみましょうよ!」

 

 完全に長谷川と大野のテンションが乖離する。ジンギスカンを食べている間大野は何かしらずっと話していたが、長谷川には味はもちろんなにも言葉が入ってこなかった。

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