長谷川との出会い③

 長谷川は自分の部屋に帰っていった。大野も自分の部屋に戻り、シャワーを浴びながらいろいろ考えていた。

 

 あんな美女と仲良くなれるなんて俺の人生一体どうしちまったんだ。いや、もちろんうれしいけど、こんなことあって良いのか? しかも、話も合うししゃべっててとにかく楽しいとしか思えない。俺の人生にもとうとう月が回ってきたんだな。ざまあみろ俺をこけにしてきた有象無象の人間たち! 特に山上! お前は死ぬほど悔しいだろうなあ。俺の勝ちだ、全てにおいてな。ざまあ! ざまあ! ざまあ! いやーしかし、明日からの北海道ツーリングも一緒に回れるなんてこんなご褒美あっていいのか? まじで楽しみすぎる。ほんと、会社謹慎になって良かった。会社のやつらサンキューな。そうだ、明日のルート考えてきたけど、長谷川さんにも聞いておかないとな。回りたいところあるだろうし。ルート的にはオロロンラインを走って宗谷岬に行くくらいしか考えてなかったな。まあいいや、長谷川さんとルートをぶつけてみよう。あ、そういえば俺はヘッドセット持ってるけど、長谷川さんは持っているんだろうか。持ってたら会話しながら走れるし、最高だな。とにかくこの出会いは絶対ものにしよう。こんなチャンス一生巡ってこないんだ。キモくならないように振る舞わないとな。さっきの俺の会話キモくなかったかな。不安になってくるな。オーケンの話をしたときちょっとオタクしゃべりになってたかもしれないな。気を付けよう。あと、PassCodeさんの話して偶然向こうも好きだったけど、アイドルとか特撮の話はやめたほうがいいな。でもPassCodeさんは一緒にライブ行けるだろうから怪我の功名だな。しかし、メンバーチェンジあってからあまり最近好きじゃないなんて言えないな……。でも曲はずっと好きだし、嘘でもないか。しかし本当にこんな美人でサブカル好きの女っているんだな。不思議だわ。今まで出会わなかったことが。出会わないからいないもんだと思っていたけど、いるところにはいるんだな。筋肉少女帯好きはたまにいるとして、オーケンの小説まで読んでいるのは意外だったな。グミチョコレートパイン好きは嬉しかったな。マジで神様出会わせてくれてありがとうございます。助かります。神様なんていないと思っていたけど、いるんだな。美人でサブカル好きの女と一緒だわ。いるところにはいる。話さなかったし、話すのやめようと思ったけど、特撮の話振って私も好きって言われたら恋に落ちるな、俺。いや、もう恋に落ちてるけど。あー、明日が楽しみすぎる。ワクワクする。今日は眠れないかもな。

 

 大野はシャワーから出ると、すでに一時間ほどシャワーに費やしていたことが分かり、いろいろ妄想しすぎたなと思ったが、後悔はせずすぐに床に就いた。ベッドの上ではなかなか眠りにつけなかったが、なんとか眠ることができたのは2時間ほど経ってからであった。


 朝になり、長谷川と朝食のバイキング会場で合流する大野。

 

「おはようございます。長谷川さん」

「おはよう。大野さん」

 

 朝でまだ眠たそうな長谷川はそれでも美人だった。そんな美人と朝ご飯を共にできる大野は朝からテンションが上がっていた。2人はバイキングの列に並ぶと、思い思いのおかずを皿に乗せていく。パンやご飯、サラダにスープなど種類は豊富だった。大野はご飯系のおかずを選んでいく。一方で長谷川はパン系の食事を取るようだ。

 

「長谷川さんは朝ごはんはパン派なんですね」

 

 大野は意外と自然に話を振ることができ、自分を褒め称えたくなる。よっしゃ、朝からうまくいったぞと思う。

 

「そうですね。どちらかと言えばパンが好きですね。大野さんは逆にご飯派なんですね」

「そうなんですよ。実は実家が魚屋で、朝はいつもご飯でしたね」

 

 自然な会話をしながら席に着き、ご飯を食べ始める。大野が鮭の塩焼きを食べていると、長谷川が言う。

 

「おいしそう。一口もらえませんか?」

「え」

 

 大野がリアクションを取るとすぐに、長谷川がフォークで鮭をつつき、自分の口に運ぶ。

 

「うん、おいしい!」

 

 大野は少し唖然としたが、自分が口をつけたものを躊躇なく口に運んだ長谷川に嬉しさを覚えたのは事実だった。

 

「ちょっと、食べていいなんて言ってないですよ」

 

 大野が笑いながら言うと、長谷川が言う。

 

「あ、ごめんなさい。ついおいしそうで」

 

 こちらも笑いながら言う長谷川。和やかな空気が2人の間に流れる。どこまでも幸せな時間だった。

 

「じゃあ、僕もお返しです」

 

 大野はそう言って、長谷川の皿に乗っているウインナーを箸でつまんで口に運ぶ。

 

「さらにお返しです」

 

 そう言って長谷川は大野のサラダをつまむ。わちゃわちゃした空気が流れる。結局2人はお互い選んだおかずをシェアしながら食事を終えた。

 食事を終えた2人はデッキに向かった。波風が心地よく、2人を癒した。

 

「大野さんと会えてよかったな」

「え」

「大野さんと会って、1人でツーリングするつもりだったのに2人でツーリングできることになって楽しそうだから」

「ああ、そうですよね。僕も楽しみが増えました」

「そういえば昨日アイドルの話したけど、私、PassCode以外だとフィロソフィーのダンスも好きなんだよね。特に奥津マリリが好きで、大野さん知ってる?」

「知ってますよ! 友達にすごくフィロのス好きな奴がいますね。そいつも奥津さんが好きなんですよ」

「そうなんだ。その人と私も気が合うかもね」

 

 大野はしくじったと思った。フィロソフィーのダンス好きの友達とは何を隠そう山上なのだ。山上に長谷川を取られるわけにはいかないと思い、フィロソフィーのダンスの話題を変えようと大野は考える。

 

「僕は他のアイドルだと……」

「大野さん、私にもしゃべらせて。フィロのスはね……」

 

 大野の話題転換を遮り、長谷川はフィロソフィーのダンスの魅力について語りだす。大野にとって良くない展開であった。大野の耳には長谷川のフィロソフィーのダンスの話が一切入ってこなかった。大野は焦る。山上に長谷川さんを取られるんじゃないか。いや、それは絶対避けたい。あいつと推しが一緒なんてあってはならないことだ。なんとか興味を別な方に持っていかないと。しかし、長谷川はまだ何か話している。話題を変えることはできない。大野にとって地獄の時間が流れている。大野は勇気を出して言う。

 

「フィロのスもいいですが、長谷川さんの他の趣味ってなんなんですか?」

「私は他だと洋服が好きかな。古着が好きで結構メンズライクな服装をする感じですよ。大野さんは洋服興味ない?」

「僕はまったくないですね。あ、でもフィロのス好きのその友達が洋服好きですね」

 

 大野はしまったと思った。長谷川が食いつく。

 

「え、そうなんだ! その人は何系が好きだかわかる?」

「そいつも古着好きだったような……」

「え、そうなの!? ますます興味出てきます、その友達に!」

 

 大野はせっかくの話題転換にもかかわらず再び山上の話になってしまい、がっかりする。長谷川が続ける。

 

「もしよかったらその友達に会わせてね」

「いやです」

 

 大野はつい本音を話してしまう。長谷川がえっという顔をして聞く。

 

「なんで?」

「いや、その……長谷川さんを取られるのが嫌で……」

 

 後半は小声になっていたがしっかり聞こえたようだ。

 

「あ、嫉妬したんだ。大野さんかわいい」

「かわいい?」

 

 女性にかわいいと言われ赤面する大野。初めてそんなことを言われたのだ、無理もない。長谷川が続ける。

 

「じゃあ会わなくていいや。大野さんが嫌なことはしないよ」

 

 大野は赤面して何も返せなかった。

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