マッチングアプリ
次の日、大野はマッチングアプリ、ペアーズをインストールした。プロフィール写真はいいものがなかったので、他撮り風の自撮り写真を撮った。プロフィールにはお笑いが好きであることを強調して書き、他の趣味であるアイドルや、特撮などの趣味は薄めに書いておくに留めた。自分でも女性ウケは良くないことがわかっていたのだ。プロフィール文はざっとこんな感じだ。
「プロフィールをご覧いただきありがとうございます! 都内に住むおおのと言います。都内の教育コンテンツを作る会社でコンテンツ作成の仕事をしています。日々しんどいとは思っていますが、仕事にはやりがいを感じております。休みの日はバイクで遠出をしたり、大好きなお笑いの動画を観たりしています。特に最近はランジャタイのコントが好きで、勢いで突っ走っているように見えて、実は計算されているコントをすごいなと思いながら観ています笑。他にもPassCodeというアイドルのライブを観に行ったり、特撮映画なんかも好きで映画館に足を運んだりしています。こういうアプリは慣れていないため、失礼なことをしてしまったらすみません。いい出会いがあればと思いますので、よろしくお願いします!」
プロフィールも完成し、早速いい人がいないか女性のプロフィールを見だす大野。やたらディズニーが好きな女や、旅行が好きな女が目に入ってくる。プロフィール文を読むと特にディズニーや旅行の何が好きか書いておらず、話にならないなと思う大野。大野は自分を持っている女性がタイプだった。流行りか何か知らないが、なんとなくではなくディズニーの何が好きか、旅行の何が好きかを語って欲しいと大野は思う。ディズニーについて俺は詳しくないが、例えばシンデレラの衣装が好きでや、チップとデールというキャラクターが特に好きだとか語って欲しいのだ。旅行で言うならば、一人旅をして自由に旅先でなんとなく行き先を決めたりだとか、旅行先でとにかくおいしいものを食べたいなど語って欲しいと考える大野。
そんな大野のお眼鏡に適う女性はなかなかおらず、いたとしてもいいね数が500以上で大野など相手にしてくれなさそうな女性ばかりであった。一応いいねは送ってみるが当然のようにいいねは返ってこない。やっぱり俺なんて、だめだ、不細工だからだめなんだ。俺なんてマッチングアプリに向いてなんかいないんだ。俺の人生そうだよな。いつも貧乏くじ引かされるんだ。ここの女どもは俺の魅力なんてわからないんだ。俺は一生彼女もできず、独りで死んでいくんだな。もういいや、登録したばかりだけどもうアプリを消そう。そう思った矢先、いいねが届きましたの通知が来る。早速相手のプロフィールを確認すると、見た目が自分好みかつ、お笑いの趣味が近い女性からのいいねだった。大野は思う。神は居る、と。やっぱり俺には神がついている。人生ここ一番のところでいつも成功してきたんだ。俺はモテるようになってきたんだ。あー、アプリをインストールしてよかった。プロフィール文頑張って考えてよかった。山上も勧めてくれてありがとう、一応感謝しといてやる。
早速メッセージを考え、送ろうとする。まずはお礼、そして共通点のお笑いに関する話を盛り込んで……。などと、頭の中でぐるぐる考え出す。そんなこんなで5分も考えていると、なんと向こうからメッセージが届いた。
「はじめまして。ありさと申します。おおのさんとはお笑いの趣味が近そうですね笑。いっぱいお話しましょうー!」
大野は舞い上がる。俺って意外とモテるのかもしれない。今まではたまたま彼女ができなかっただけで、本当は俺はかっこいいんだ! そんなことを考えながら今書いていた下書きを削除し、返信を考え出す。
「ありささん、マッチングありがとうございます! おおのと申します。僕は最近になってお互いコミュに入っているチョコプラの魅力に気づきました笑。TT兄弟のネタ最高です! どんだけー!」
我ながらテンションが高い文章だな、キモイな。でもこれぐらいがちょうどいいのかもしれない、だから大丈夫だ。きっと、と思う大野だったが、気持ちが舞い上がっていることもあって、そのままメッセージを送ってしまう。送った後にやっぱり俺の文キモかったな、もうメッセージ返ってこないかもしれない。せっかくマッチングしたのに、くそっ! もったいないことしたな。でもまだわからない。少し待ってみよう。すると5分かそこらで返信が届く。
「どんだけー笑。松尾のIKKOさんの物マネのクオリティ高すぎですよね笑。私もTT兄弟好きです! バラエティ番組で活躍するチョコプラ最高ですよね!」
「ありささんは結構バラエティ番組も見るんですね! どの番組が好きですか? 僕はあちこちオードリーが好きです。オードリーも大好きなので」
「うーん、私はいっぱいあって迷いますが、ゴッドタンとか脱力タイムズが好きです! あちこちオードリーも見てますよ! 私もオードリー好きなので。リトルトゥースでもあります笑」
「最近は聴けてないですが、オードリーのANNも好きです! 観たいコンテンツがいっぱいあって追いきれてないんですよね……」
「わかります! 私も最近は追うのに必死で楽しめてないなーと思ってます。いきなりなんですが、もっとお話ししたいので、今度カフェでも行きませんか?」
大野の筆はそこで止まる。さすがに怪しくないか、と。さすがに業者か何かだろう。そうだよな、俺なんかにこんなに可愛い人からいいねが来るはずないんだ。騙されるところだった、危ない危ない。まったく山上め。なんてものを勧めてくれたんだ。あの野郎、とっちめてやる! でもこの人が可愛いのは事実なんだよな。1回くらい会ってみたいな。デートなんかしたことないし、人生で30歳にもなってデートしたことないってやばいよな。1回会ってみよう、そうしよう。でもやっぱり怖いな。やめておこうか。どうしようか。そう思った大野はそこで一旦メッセージを止めた。すると相手から追いメッセージが届く。
「さすがに急すぎましたよね……。ごめんなさい。でも、会ってみたいのは事実なので、もっとメッセージを続けたら会いましょう!」
大野はここで、やっぱりこの子可愛いし、好きだなと思ってしまった。
何日間かありさとメッセージの交換をし、とうとうカフェで会うことを二人は約束した。約束は新宿駅のバスタ新宿前にした。大野はこの日のために、美容院でパーマをかけなおし、服装も買うことさえしなかったが、いつも以上に念入りにアイロンをかけて服のよれや汚れを許さなかった。約束より15分早く待ち合わせ場所に着いた大野だったが、緊張で頭がいっぱいだった。何を話そう、一方的に話さないようにしないとな、しっかりリードしないとな、などと。約束の時間5分前になってありさが到着する。
「おおのさんですか? はじめまして、ありさです」
「どうも、おおのです。早速カフェに行きましょうか」
自然にリードができたと大野は思った。というかありささんめちゃくちゃ可愛いな。もしかして元アイドルかなんて思うほど可愛いぞ。卑屈でキモイ俺にこんな子が釣り合うんだろうか。でも会ってくれたんだから俺に少しは好意があるはずなんだ。それは間違いない。というか何を話せばいいんだ。お笑いの話でいいのか? でもいきなり過ぎるか? まずは無難に天気とかの話をして……なんて考えながら大野は言葉を発する。
「今日天気が良くて良かったですね」
と大野が言うと、ありさは
「そうですね。ずっと雨だったのに今日だけラッキーですね!」
と返す。この子テンション高いな。こんなつまらない話題なのにいい子だな。
「ですね。絶好のカフェ日和ですね。ありささんはここまで遠くなかったですか?」
「私は新宿区に住んでいるので割と近いですよ。おおのさんこそ遠くなかったですか?」
「僕は足立区なので正直ちょっと遠いですが、でも圏内ですよ」
「わざわざありがとうございます」
そんな他愛のない会話を二人は続けながら、目的地のカフェに着く。カフェは広々としていて清潔感のある店内だった。しっかり分煙されているらしく、タバコの嫌な臭いもなかった。我ながらいい店を選んだと思う大野。店員がやってきて「二名様ですか?」と聞かれ、席に案内される大野たち。しっかりとソファ席をありさに譲り、自分も腰を下ろす。メニューを見ながら二人は
「このパンケーキ可愛いですね。私これにしようかなー」
「僕はアイスコーヒーだけでいいです」
とありさが盛り上げ、大野は緊張しながら注文を決める。なんとなく間が開いて、大野が何を話そうか考えているとありさが切り出す。
「おおのさん、お笑い大好きですよねー。いつから好きなんですか?」
「もう本当に小さい頃からで、小学生の頃からバラエティ番組たくさん見てました。トリビアの泉とか大好きでした」
「トリビア懐かしいー! 私も大好きでしたよ! トリビアのタネのコーナーが好きでした」
「でもあれって、番組の終わり頃からあのコーナーばかりになって、つまらなくなりましたよね。やっぱり初期の投稿ネタが多い頃が好きでしたね。ゴリラの血液型のトリビアとか映像が凝っていて好きだったなー。あとニャホニャホタマクローとかも当時小学生だったので面白かったですよね」
大野は一息で言い終わると、後悔した。完全にオタクしゃべりをしてしまった。きっと引かれてる。そう思い、ありさの顔をうかがうと、そんなことは気にしておらず、次の話を切り出す。
「ところで、おおのさんって今なんの仕事をしてるんでしたっけ?」
「教育コンテンツを作っている会社で開発の仕事をしてます」
「今の仕事に満足してるんですか?」
「いや、正直、最近異動になってまったく仕事が面白くなくなってしまって……」
「転職とか副業とか興味ないですか?」
おや、と思い始める大野。もしかして業者なのでは? と考え始める。その予感は的中する。
「いやー、両方興味ないですね」
「今、私もやっている副業で、あ、せどりをしてるんだけど。せどりのノウハウをまとめた教材が今3万円で販売してるんだけど、おおのさんいらない?」
「あ、興味ないです……」
結局業者だったのかよ、なんなんだ、俺は弄ばれていたのか。あー、神様はもしいるなら残酷だ。せっかく頑張って恋人作ろうと思った人間にこんな仕打ちをするのかよ。マジで最悪な日だ。人生の最悪ランキング上位に入るな、この出来事は。帰ったら、いや帰りの電車でマッチングアプリ消そう。俺には彼女なんてありえない存在なんだ。今すぐ死にたい。もう終わりだよ、俺の人生。そう思った大野はこの後のことはほとんど覚えていない。覚えているのは会計の時にありさが
「領収書ください」
と言ったことだけだ。
「……という感じでマッチングアプリで会った人、業者だったんですよ」
笑いながら大野は言う。本当は悲しいのにこうして面白おかしく話すことしかできない自分が惨めだった。再び山上と飲んでいた。山上はにこりともせずに尋ねる。
「その人はタイプだったの?」
「いや、まあまあかな」
ここでも意地を張る大野。本当はものすごくタイプだった。業者じゃなければ付き合いたかった。しかし大野には遠い存在だったのだ。山上はそれを見透かして、「そうか」と言ってあとは何も言わなかった。その後、仕事の話など、とりとめのない話をした後、二人は帰路についた。
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