大野と山上

 そんなこんなで飲みに行く日がやってきた。いつもの秋葉原のIBREW で二人は約束をしていた。時間通りに山上はやってくる。大野はいつも5分ほど遅れてくる。山上はそこも不満に思っているが、言い出すことはなかった。

 

「うい、じゃあ入るか」

 

 そう言って店内に入る2人。店内はいつも通り賑やかで、声の小さい2人には少々話しづらい。クラフトビールの専門店で様々な国のビールを飲むことができ、お酒好きの大野は気に入っていた。2人はあれにしようかこれにしようかビールを選び、いつも通りのフードメニューを頼む。ビールに合う4ミートコンボにした。付け合わせはナチョスだ。ここは料理も美味しく、人気店だということもうかがえる。いつも通り注文したところで会話が始まる。山上が言う。

 

「大野は最近仕事どう? 忙しい?」

 

 社会人の決まり文句のような質問を山上が投げかける。大野はまたお決まりの質問だなあと思い、自虐気味に笑う。その笑顔は笑うことに慣れていない人間のそれでぎこちない笑みだった。大野はそのぎこちない笑みと小さな声で答える。

 

「しんどいです」

 

 ここまでがいつもの会話の始まりのセットなのだ。会えば仕事の話、しんどい話。アラサー社会人男性だったら当たり前の会話だが、大野も山上も特に気づいてはいない。大野は続ける。

 

「部署異動して、システムの開発もやるし、前の人事の仕事もやらなきゃならないし、忙しくてつまらなくてしんどい」

「そうなんだね」

 

 山上も笑いながら相槌を打つ。山上の笑顔も慣れていない感じで、こちらも声は小さかった。自信のないことがありありと見える態度だった。山上は山上で職場でパワハラにあい、仕事を辞めて一年ほど経っている。まだ、新たな仕事のめどは立っておらず、職を探している状態であった。山上はいわゆる情シスの仕事をしていた。社内でうまくやっていたと大野は認識していたが急に周りの態度が変わり、パワハラにあうようになったという。その点を大野は同情はしていたが、どちらかというとダメ人間だな、ざまあという気持ちだった。

 

「俺も最近しんどくて、仕事辞めて今ニート期間だけど、毎日暇でつらいよ」

 

 と山上が言うと、大野は即答で

 

「仕事の方がしんどいです」

 

 と答える。大野は何が何でも山上にマウントを取りたがる。昔、山上に勉強で一切歯が立たなかったことを根に持っているのだ。それが今更顕在化してきて、マウントを取るという行動に至ってしまう。山上もそれにもちろん気付いているが、何も言わない。山上は気弱なのだ。一方で大野は自分がマウントを取っていることに気づいていない。あくまで無意識の行動なのだ。こうして二人のすれ違いはどんどん悪化していく。2人の状態はいいとは言えない。大野も山上も本心は昔のように仲良くしたいと思っているが、プライドの高い2人には無理な話だった。山上が言う。

 

「大野は彼女作らないの?」

 

 大野はこのセリフに飽き飽きしている。やはり想像していた通り言われたか、会うたびに言われるからな。大野は彼女が欲しいのは欲しいが、自分の面倒くさい性格のせいで全くうまくいく兆しが見えてこない。大野は自分の好きなもの以外摂取したくないし、彼女や友達に合わせるという行為に拒絶反応を示している。その頑固な面倒な性格のせいで恋人どころか友人も少ない。大野は気にしていないと思っているが、実際はかなり気にしている悲しい男なのだ。山上が続ける。

 

「マッチングアプリとかやってみたら? 俺も1回それで彼女できたし」

 

 大野は思う。こいつの言う通りにするのも癪だが、確かにそれもありだな、と。ただ、1つ問題があった。写真を撮る習慣がないので、マッチングアプリに載せる写真がないのだ。こいつにここで撮ってもらうか? とも思ったが、大野のプライドはそれを許さなかった。まあ、写真はなんとか自分で撮ろう。でも俺みたいな不細工の写真載せていいねがくるだろうか? やっぱり人間は中身だよな、うん、そうだ、中身で勝負だ。大野は自身の人間性を過大評価していた。人間性も問題だし、趣味も完全に男の趣味で、女子ウケは悪いとは思っていたが、自分を曲げるつもりはないので大野そのもので戦うつもりだった。アプリはこいつも使っていたペアーズでいいか。とりあえず頑張ってみよう。そうだ、頑張ろう。彼女ができたら一緒にツーリングできたらいいな、そんな妄想をしながら大野は答える。

 

「……まあ、考えておきます」

 

 大野は素直にやるとは言えなかったが、確かにこの日、大野は前進したのだった。

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