長谷川との出会い②
船内にはそれなりに大きな食堂があり、内装は綺麗でメニューも豊富だった。中でも人気メニューのカレーライスが500円とリーズナブルな価格設定だった。他の客もなんとなくカレーライスを注文する人が多く、大野も長谷川もカレーライスを注文する。すぐにカレーライスが提供される。届いて気づいたが、いわゆる海軍カレーのように具沢山でおいしそうだった。
「なんだか具沢山で量が多いですね」
「そうですね。私食べきれるかな」
そんなことを言いながら、カレーライスを口に運ぶ二人。味は絶品だった。鼻に抜けるフルーツのような甘い香りがおいしさを引き立てていた。長谷川も量が多いと漏らしていたが、食欲をそそる香りでぺろりと平らげてしまいそうな気分だった。大野は率直な感想を話す。
「おいしいですね。これなら見た目の量にしては簡単に食べてしまえそうですね」
「そうですね。とっても美味しい! フルーツの香りがして、簡単に食べきれそう!」
長谷川もそれに応え、感想を述べる。言った通りぺろりと食べ終える2人。食堂はまだまだにぎやかで、ずっといると邪魔になりそうだったので、2人はなんとなく甲板の方へ向かっていった。波風が気持ちよく、心が動いたような気がした。
「風が気持ちいいですねー。ホント、いい天気!」
長谷川がそう言うと大野は魔が差したのか遊んでみたくなった。大野は言う。
「そうですね。なんだか気持ちがいいですね」
とそれとなく筋肉少女帯の『いくじなし』の歌詞を入れ込んでみた。すると長谷川は
「それ! 筋肉少女帯ですよね!?」
と食い気味に反応をする。大野は興奮した。この人、筋少を知っているのか!? 面白い。素晴らしい。出会いに感謝。オーケンありがとう。すべての今までの俺の人生に感謝。マジで運命の出会いでこの人が未来の俺の嫁なんじゃないか? 会社謹慎になって良かったなあ、こんな出会いがあるなんて。さあ、なんて返そう? 筋肉少女帯好きってことは結構サブカル好きではあるだろうから、話が膨らむぞ。
「そうです! オーケン知ってるんですね!」
大野は意外とシンプルに食い気味に反応をした。大野はさらに話を膨らませようと思った。大野は話をどんどん振っていく。
「昔から筋肉少女帯が好きでして、シスターストロベリーは名盤ですよね! あのアルバムだと夜歩くも名曲ですし、あ、夜歩くはエディが作曲してるんですよね。やっぱりあの頃の筋少はとがっていて好きです」
早口でまくしたてると、大野はしまったと思った。オタクモロ出しじゃないか。キモかったな、俺。引かれたな、絶対。あー、長谷川さんの顔を直視できないぞ。ちらりと長谷川の顔色を窺うと、長谷川は気にした様子はなかった。長谷川も負けてはいない。同じようなテンションと早口で言葉を返す。
「あの頃のオーケンのファッションや、歌詞はアングラそのものですよね! 江戸川乱歩とかミステリに影響を受けているのが見て取れるし、音楽的にも面白いことやってますよね!」
大野は一瞬面食らったが、嬉しさの方が勝った。この人と仲良くなりたいそんな思いがどんどん強くなる。どんなマニアックな話を振っても返してくれるんじゃないだろうか。
「筋肉少女帯は新人も名盤だとも思うんですよね。イワンのバカの再録とか、トリフィドとかいい曲ですよね! そしてオーケンと言えば、小説も面白いですよね! くるぐる使いに入っている憑かれたなとか話の筋がしっかりしていて、オチも最高で大好きなんですよ。長谷川さんはオーケンの小説も読みますか?」
「確かに新人いいですよね! そのあとのシーズン2も好きなんですよ。ドナドナとかツアーファイナルが好きです。オーケンの小説読みますよ! 私はグミチョコレートパインが好きで、あ、映画版も好きなんですよ。電気が主題歌でそれもいい曲で。青春小説と言えばこれっていう作品だと私は思っています」
「長谷川さん、意外とサブカル好きなんですね。偏見ですけど、見た目的にサブカル興味なさそうだったので」
「いや、私、陰キャですよ」
自嘲気味に笑いながら長谷川は答える。大野は当然のように陰キャなので、長谷川のような見た目のいい人が陰キャを自称すると不快感を示すが、今回は不快に思わなかった。それほど大野にとって長谷川との出会いは衝撃的だった。一瞬で恋をしてしまっていた。
「長谷川さん、陰キャには見えませんよ。あの……美人なので」
大野は後半小声になりながら話す。長谷川は聞き逃さなかった。
「ありがとうございます。もっと褒めてください」
長谷川は笑いながら言う。大野はそれを見て、ああ、この人は言われ慣れているんだな。根っからの美人で性格もいい人だ。俺とは住む世界が違うな。でも、俺の火のついた恋心は抑えきれない。生まれて初めて恋をしたのかもしれない。
「長谷川さん、美人で性格も良くて、サブカルにも詳しくて……言うことないですよ」
「でも意外と悪い人かもしれませんよ」
長谷川が微笑みながら答えた。その笑顔はどこか妖艶で美しく大野はさらに長谷川に魅了されてしまった。
「悪い人は見ず知らずの人に声をかけて助けたりしませんよ」
「それもそうですね」
2人の間に心地よい空気が流れた。大野はこの時がずっと続けばいいのにと思った。大野はもっとこの人のことを知りたいと思った。大野の好きなアイドルの話を振ってみようかと大野は思った。
「音楽と言えば実はアイドルも好きで、PassCodeって知ってますか?」
「え、めっちゃ好きです! 曲めっちゃいいですよね!? メンバーもみんな可愛いし、箱推しです」
「僕も箱推しで、ライブもめっちゃ行ってました。最近は行けてないですが」
「今度一緒に行きましょうよ。こんなに趣味が合う人と知り合えてよかったなー」
「それは僕も同じです。ぜひ行きたいです」
大野は好みの女性である長谷川と次々と趣味が合致し、幸福の有頂天だった。辺りはいつの間にか真っ暗になっていた。フェリーに乗り込んだのが、20時ころだったのだから当然だった。最近暖かくなってきたとは言え、海の夜は風が冷たく、肌寒かった。大野は「船内に戻りましょう」と提案をしたが、長谷川はそれに対して首を振り、NOのリアクションを示した。なんで寒いのに断るんだと大野が思っていると、長谷川が言う。
「少しくらい凍えた方が私は心地よいんです」
大野は正直意味が分からなかった。大野がリアクションを取れずにいると長谷川がまた言う。
「温めてほしいんですよ。なんてね」
いたずらっぽく微笑む長谷川は大野にとっての天使だった。大野は赤面した。長谷川がさらに続ける。
「冗談ですよ。軽い女と思わないでね」
長谷川が笑う。大野が言う。
「……はい」
薄い返事しかできない大野を長谷川が笑いながら会話が続く。
「大野さんは今までの彼女ってどんな人たちだったんですか?」
「……実は今まで誰とも付き合ったことがなくて」
「そうなんですか。話面白いし、モテそうだけどな」
「逆に長谷川さんは?」
「私はいろんな人と付き合ってきましたけど、大野さんみたいな人とは初めて会ったなあ」
大野は俺は恋愛対象ってこと? と思ったが、深くは聞けなかった。長谷川が続ける。
「私たちもしかしたら付き合うかもね」
またしても長谷川が大野を惑わす。大野はされるがままの木偶人形だった。
「長谷川さん、僕をからかうのはやめてください」
「からかってないですよ。本当にそう思っただけ」
大野は遊ばれるがままだった。大野はずっと長谷川の前で赤面して一言二言返すだけの人形だった。長谷川が言う。
「さあ、今日はもう遅いし、それぞれの部屋で眠りましょう。明日の昼頃到着ですもんね。楽しみですね!」
「そうですね。おやすみなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます