長谷川との出会い①
そして、バイクを走らせているとようやく大洗のフェリー乗り場に着いた。しかし、フェリー乗り場に着くときには大きなミスをしていることに気づく。
「財布がない……」
ものすごく大きなミスをしてしまった大野。焦り、汗が湧き出てくる。以前、山上と北海道旅行した時同様のミスをした大野。今回は一人旅のため、誰かに頼ることができない。一旦戻るとすると、フェリーに間に合わない。まずい、リスケするしかないかもしれない。本当にどうしよう、どうしよう。どうすればいいか考えていると、1人の女性が声をかけてきた。
「なにかお困りですか?」
その女性は黒のショートボブで鼻筋がしっかりきれいに通っていて、目は二重、口角がわずかに上がり微笑んでいる。見目麗しく、清廉な女性だった。大野が呆気に取られていると、女性が続ける。
「私に手伝えることがあればお助けしますよ」
大野は正直、不審に思う。なんで、俺なんかに声をかけてくるんだ? こんな美人に声かられるなんて今までの人生でなかったぞ。この女、詐欺師か? でもすごく美人だし、話せて悪い気はしないな。でも本当になんで俺なんかに話しかけるんだ? 生まれたときから美人だったんだろうから、偏見なく育って俺みたいな人間にも声をかけることに抵抗がないのか? 疑問が浮かび続けるが、しかし、その美しさに魅力を感じているのも本当だった。
「……いいんですか? 俺なんかに声をかけて」
大野は反射的に卑屈な返事をしてしまっていた。その女性が言う。
「困っているんですよね? そしたら普通声をかけませんか?」
少しも曇りのない表情と声で女性が言う。大野はまだ不信感がまとわりついていたが、少し信用してみようと思った。大野は続ける。
「実は財布を忘れてしまって……。家は東京の足立区なんですが、戻ることもできずに困っていたという感じです」
大野がそう言うと、女性が言う。
「それは大変ですね。フェリー代以外でも困るんじゃないですか? 北海道に行くんですよね? 私もバイクなので嫌じゃなければ一緒にツーリングしませんか?」
大野はあまりの展開の速さに驚く。しかし、まだまだ不信感は消えない。なんで見ず知らずのキモイ男とツーリングを一緒にしたいと思うんだ? 本当に騙されているんじゃないか? でも美人だし、ん? この女よく見ると俺好みの女だ。渡りに船かもしれない。思い切って誘いをのんでやるか? でも怖いな。本当に詐欺師じゃないのか。いろいろ思うことはあるが、大野は答える。
「……正直、なんで俺に声をかけたのか疑問はありますが、是非、ご一緒させてください。私は大野と言います」
思ったよりスムーズに言えたなと自分で思った大野。女性が答える。
「私は長谷川です。よろしく」
自己紹介を済ませると、二人はフェリーに乗り込む。波に揺られる船内を歩いて、甲板に向かうと風が冷たかった。しかし、広大な海の景色は綺麗でかつ朝日がまぶしく、雄大であった。この時点で旅行感があって大野は来たかいがあったと思う。大野が口を開く。
「長谷川さんは、何歳なんですか?」
大野は言った後、失礼だったと思った。なんでそんなNG質問を最初にしてしまうんだ俺は。やばいぞ。かなり失礼だったよな。すみませんでした。長谷川さん、美人の長谷川さん許してください、許してちょんまげ。しかし、嫌な顔一つせず長谷川は答えてくれる。
「私は今年で30になります」
「同い年ですね」
そう答える大野。大野は正直テンションがぶちあがった。美人でタイプで同い年でいい人ってこんないい人他に現れないぞ。この人を彼女にしたいな。いや、俺は何を言っているんだ。なにもこの人のことを知らないのに、いきなり彼女にしたいなんておかしいな。俺、舞い上がってる。落ち着け、俺。でもこんな偶然はもう無いだろうな。大野は本当に彼女を作るラストチャンスだと思った。ここで頑張って彼女を作ろう。本当に俺にやってきたラストチャンスだ。決意を胸に大野は言う。
「長谷川さんは何目的で北海道へ?」
どんどん踏み込んでいくべきだと判断した大野。長谷川もそれに答える。
「私、バイクを買ったばかりで、遠出したいなと思って、なんとなく思いついたのが北海道だったんです」
「僕も同じような感じです。気が合いますね、僕たち」
大野は思わずはしゃいだ答えを返す。30年間女と縁がなかった男としては当然の反応だった。
「ご飯まだですよね? 食べに行きましょう」
長谷川に言われるがまま、大野はうなずくとそのまま長谷川についていった。
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