獣と人間

 山上との約束の日がやってきて、山上と合流する。スーパーでお酒やおつまみなど買い物をして大野の家に向かう。この間、山上からいろいろな話を振られたが、上の空で何も覚えていなかった。家に着くと山上が言う。

 

「なんかいつも以上に暗いけど、何かあった?」

 

 大野はうろたえてしまうが、それを悟られないように言う。

 

「いや、特にはないです。暗いのはあなたもでしょう?」

「まあ、そうかな」

 

 山上は嫌そうな表情とトーンで答える。大野の八つ当たりが始まった。大野が続ける。

 

「我々みたいな暗くてキモイ人間は一生結婚できないんですよ」

 

 山上は絶句して何も言わない。大野がさらに続ける。

 

「なに黙ってるんですか。暗くて障がい者でキモイ人間が」

 

 山上は黙っていた口を開く。

 

「実は決めていたことがあるんだけど、大野のこと前からひどいなと思っていて。だから次会った時嫌な思いをしたら、絶交しようと決めていたんだ。今回予想以上に嫌な思いをしたから、絶縁するね。じゃあ、さよなら」

 

 山上は置いていた荷物を持ち上げると足早に大野の家から出ていった。大野は約25年の付き合いの友人を無くした。大野は叫ぶ。

 

「どいつもこいつも糞だな!」

 

 足で思いっきりテーブルを蹴ると足が痛かったが、ハイになっている大野には痛みは感じなかった。

 

「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」

 

 ガンガン、テーブルや壁を蹴ったり殴ったりする大野。痛みは自分に返ってくるだけなのに怒りで我を忘れた大野は、何もわからない獣と化していた。大野にはもう何も残っていない。恋人、友人、お金を無くした大野はただ吠えて、嘆くだけの化け物としか言えない。そんな化け物の隣の部屋から壁ドンがくる。化け物は応戦する。壁をめちゃくちゃに叩き返したのだ。すると相手も負けてはいない。より凶暴性を持った形で壁を叩き返してくる。化け物は包丁を取り出し、隣の部屋に向かおうとしたが、思いとどまった。理性がまだ少し残っていたのだ。大野はおとなしくなり、とりあえず椅子に座る。足や手に激痛が走り出す。叩いた反動が今になって返ってきた。大野は思う。自分は何者にもなれないのだ。化け物にもなりきれないし、真っ当な人間になることもできない。大野はすべてを悟った気持ちになった。山上にだけ向けて言った「我々みたいな暗くてキモイ人間は一生結婚できないんですよ」という自分のセリフが自分に覆いかぶさってくる。

 

「俺は生きていてもしょうがないな。でも死ぬのも怖いし、どうしたらいいんだろう」

 

 大野はその質問に対する答えは当然持ち合わせていなかった。大野は必死に考える。生きていてもしょうがない、本当に死にたいと思う。でも自ら死ぬことなんてできないよ、俺は。そうか、そしたら長谷川を殺せばいいのか。そうすれば死刑になって死ぬことができる。でも俺にそんな度胸はない。包丁買うのだってドキドキだ。銃を自作するのもりすくがあるし、そもそも長谷川の居場所知らないんだから無理な話だ。


 じゃあ、どうするんだ俺は。借金を重ねて金もないし、友達も失った。当然彼女だって。生きていても無駄じゃないのか俺は。これから借金返済をして、会社で頑張っていったってなにも楽しみがないよ。バイクも楽しかったけど、トラウマでしばらく乗りたくないし、YouTubeだって炎上したし、俺に何が残っているって言うんだ。仕事もやりがいないし、マサにだって嫌われた。部長、課長も俺を嫌ってるだろうし。マジで何もない人生だな。こういう時は1回冷静になろう。ネットで「死にたい」で検索してみよう。Googleに「死にたい」とだけ入力し、検索する。いのちの電話のコールナンバーが出てくるがそれを無視する。様々なブログ等が出てくるし、いかにもな「生きていればいいことはある」や「今辛いところからは逃げて、楽しいことを模索しましょう」などの言葉が出てくるが、それらのどれもが大野には響かなかった。

 

 「あー、役に立たねーな」そんな独り言を言って、布団に倒れこむ大野。布団にくるまりながら大野は再び考える。仕事つまらない、友達いない、彼女いない、借金ある。そんな糞みたいな状態が今の俺だ。生きている価値ないよ、俺。あー、誰か俺を殺してくれないかな。他力本願だけどそれが一番楽だよな。山上、俺が憎いんだろ。殺してくれよ。長谷川も俺はもう用済みだろうし、始末してくれよ、頼むから。会社の上司でもマサでもいいわ。殺してくれ、俺を。俺を殺してくれ。バイクなんて買わなきゃよかった。北海道なんて行かなきゃよかった。財布を忘れなきゃよかった。本当に俺の人生は何の意味もない。誰か俺を殺してくれ、もしくは救ってくれ。俺の借金を全部返してくれて、セックスさせてくれる女現れねーかな。現れるわけないわそんな女。だけど、それくらいいいことないと今の俺の状況と釣り合わねーぞ。金と友達と彼女同時に失ったやつって俺以外にいるんだろうか。いるのかもしれないな。でも、絶対俺の方が辛い。誰か俺を殺して救ってくれ。苦しみもなにもない天国へ連れて行ってくれ。キノコパワー。オーケン助けてくれ。音楽でいつも救ってもらってるんだから、今度は現実的にも助けてくれ。こういう時はどうしたらいいんだ。マジで。気晴らしなんてできないし。


 でも、明日のあのYouTubeチャンネルの更新楽しみだな。まだ飯食ってないし腹減ったな。あの曲もう1回聴きたいな。死ぬのはそれをした後でもいいかもな。大野は少しだけ明るい気持ちになれた。とりあえずご飯を食べようと思い、近所のコンビニへ弁当を買いに出かける。コンビニに着くと、いつもの愛想の悪い店員が「いらっしゃいませー」と言ってくれる。それ自体はいつものことだがその言葉は大野を少しだけ明るい気持ちにさせる。弁当とサラダをレジに持っていき、会計を頼む。「お弁当温めますか?」と聞かれ「はい」と答える。そして弁当を温めてもらえる。たったこれだけのことが大野の心をも温めた。大野はふいに泣きそうになりながらも会計を済ませ、家へ帰る。家に着き、サラダと弁当を食べる。その味は今まで食べたどんな食事よりもおいしかった。大野は自然と流れる涙を止めようとは思わなかった。嗚咽をあげながら弁当を流し込んでいく。生きていこう、そうだ生きていこう。大野は悟る。

 

「今の状況は糞だし、生きている意味わからないけど、それは人生をかけて探し求めよう」

 

 大野は獣から人間になった。

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