イライラする
マサとの会話後、大野はイライラしていた。あの糞女、上から目線で物を言いやがって。この彼女がいて、無敵の最強の俺に文句をつけるとはいい度胸だ。必ずぎゃふんと言わせてやるからな。なにをしてやろうか。そうだ、彼女とこんなデートしましたって話をしたら、あの女、俺に惚れているから悲しい気持ちになるだろうな。よし、長谷川に連絡だ。
「長谷川さん、どうしても一度でいいからデートしたいんだけど、本当に都合いい日ない?」
大野は長谷川に懇願のLINEを送る。既読はすぐにつかなかった。大野は仕事に戻ると、しばらくは仕事に集中していた。LINEを送ってから3時間は経っただろうか。LINEの返事が来た。
「ごめんね。どうしても忙しくて」
大野はまたしても怒り狂う。どいつもこいつもなめやがって。お前は俺の彼女なんだから少しくらい言うことを聞けよ! 俺の女なんだから1回くらいデートしてくれよ! 俺の周りには本当にカスしかいない。俺は本当に人に恵まれないな。本当に彼女なのかよ、長谷川さんよお。まったく何が彼女なんだ。1回も会ってないんじゃ彼女じゃねえじゃねえか。大野はそんなことを思いながら仕事再開する。当然、手に着くはずもなく、注意力散漫な状態だった。事あるごとに長谷川のことを思いだし、スマホが気になる大野。すると、LINEの通知音が鳴った。
「でも、来月なら会えるかも」
長谷川からのLINEだった。大野は興奮する。よっしゃ! よっしゃ! よっしゃ! とうとう初デートできるぞ! この日をどれほど待ったことか! 大野はすぐにLINEを返す。
「どこか行きたいところある? 映画なんていいかなと思うんだけど」
また、すぐに長谷川からLINEが返ってくる。
「久しぶりだから、カフェでゆっくりお話したいかな」
「それもそうだね。そうしようか!」
その後、大野は嬉しさのあまり身体を揺らしながら仕事に取り組んだ。
約束の日が近づくにつれて、大野のテンションも上がっていった。どんな服を着ていこうかずいぶん前から悩んでいた。どんなことを話そうかというシミュレーションもしていたし、とにかく待ち遠しくてしかたなかった。しかし、どこか心の中でドタキャンされるのではないかと不安にも思っている。そんな期待と不安が入り混じりながら、初デートの日がやってきた。
当日、待ち合わせ場所に行くと、久しぶりの長谷川と横にいかつい男が待っていた。長谷川は大野を見つけるなり、サッと近寄って
「大野くん、久しぶり! この人はね私がお世話になっている人で、大野くんにぜひ会わせたいと思って連れてきたの」
と言う。大野はその時点で帰りたい気持ちがマックスになっていた。
とりあえず決めていた喫茶店に3人で入ると、注文してすぐにいかつい男が話を切り出した。
「大野さん、投資とか興味ない?」
大野は何百万も長谷川に貢いだ俺からさらに搾り取る気かと思い、面喰ってしまった。大野は長谷川に騙されていたんだなとようやく気づくことができた。大野は切り返す。
「興味ないし、これ以上俺から搾り取るのはさすがに度を越しているだろ。長谷川さん、好きだったのにあんまりだ!」
「大野くん、何言っているの? お金を搾り取ろうなんて思ってないよ? ただ、大野くんの手助けをしたいだけで」
「じゃあお金の無心はなんなんだよ! 俺は借金して金をお前に貸しているんだぞ! 毎日借金取りにおびえているんだぞ!」
「それはもちろんあとから返すし……」
「そんなの信用できないね。もういい、俺は帰る!」
大野はいかつい男と長谷川に別れを告げ、去ろうとした。後ろから「あんなダサくてキモイ人間に彼女なんてできるわけないのに……」と笑いながら言う声が聞こえて、大野は思わず振り返って叫んだ。
「俺はおしゃれだし、キモくないだろ!」
周りの客がびっくりして大野を一斉に見る。その姿は客観的に見て、服のサイズがあっておらず、しわくちゃで、顔も必死さで紅潮しておりお世辞にもおしゃれでキモくないとは言えなかった。そうマサは大野に好意があるから誉めていただけで、大野はダサくてキモかった。本人としてはファッションも頑張ったつもりだし、それ以外の見た目に関しても、スキンケアなど行ってきたつもりだった。しかし、努力は実を結ばなかった。まだまだ努力が必要だというのに、途中で満足してしまった。そんな大野はどこまでも滑稽だった。周りの客やいかつい男、長谷川は冷ややかな目を向けたり、にやけだす。
「お前のどこがおしゃれなんだ? どこがかっこいいんだ?」
いかつい男が言う。大野は切り返す。
「服だって上下合わせて3万だし、髪型だってこだわっているんだ!」
「ずいぶん安いおしゃれだし、10秒でセットした髪型でか?」
いかつい男が笑う。大野の顔はどんどん険しくなる。
「う……うるさい! 俺だって頑張ってるんだ! 服は店員と相談して決めたし、セットだってもっと時間かけてるわ!」
「じゃあお前のがんばりは無駄だな。周りを見てみろ、誰もがお前をダサくてキモイと思っているぞ」
大野は周囲を見渡すと確かに大野に対する視線は冷たかった。大野が再び叫ぶ。
「お……お前ら、全員死ね!」
すると店長と思しき人物がやって来て言う。
「他のお客様のご迷惑になりますので、騒ぐのをおやめいただくか、退店していただけますか?」
大野はうろたえ、その喫茶店から出ていった。完全なる大野の敗北だった。
大野は帰り道でもブツブツ文句を言いながら歩いていた。
「あいつら、俺の良さがまるで分かっていない。俺はこんなに素晴らしい人間なのにどうして」
前に山上が言っていた言葉を思い出す。
「大野は頑固で卑屈で変な自信があるからダメなんだよ」
その時は本当にイラっとしたし、「お前は障碍者だからダメなんだよ」と言い返した覚えがある。しかし、山上に言われたその言葉が今になって響いてくるようだった。
「俺が間違っていたのか? いや、俺は正しく生きてきただけだ。俺の信じるお笑いを貫いてきたし、周りにも理解されていたはずだ。マサだって俺を認めてくれたじゃないか。そうだ、マサに聞いてみよう。俺はおしゃれでかっこいいよな、って」
自分の豆腐のように崩れやすいズタボロの鎧がはがれて大野はどこまでも惨めだった。休みの日だったが、社用iPhoneでマサにチャットを入れる。
「お疲れ様です。俺っておしゃれですよね? かっこいいですよね? 前、褒めてくれましたもんね?」
休みにも関わらずマサからはすぐにチャットが返ってくる。
「お疲れ様です。急に何? 面倒だからどうでもいいけど、普通じゃない?」
「前褒めてくれたじゃないですか? あれは嘘だったんですか?」
「噓っていうかお世辞だよね。面倒だからもういい? じゃあね」
そこでマサとのチャットは終わった。大野はショックから立ち直ることができなかった。大野は家に着いても、まだまだショックを引きずっていた。なんどもブツブツと「俺はダサくない。キモくない」と言い続ける。それは深夜まで続いた。すると山上からLINEが入った。
「今度、大野の家で宅飲みしない?」
まったくそんな気分ではなかったが、こいつに八つ当たりして憂さ晴らししようと決めた大野は承諾の返事を返した。
「いいですよ。今度の土曜日に18時駅前集合で」
山上の既読がつき、大野はそこで力尽き、もう寝ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます