挑む時 上

 一週間は割とあっさりと過ぎてしまう。

 今日は一ヶ月振りに謙夜と遊ぶ日だ。

 今日の待ち合わせはショッピングモールの入り口前に11時だ。

 護、渡、謙夜の3人は先に着いていて、ちょうど11時に伊月と悠人がやってきた。

 残暑が厳しい季節、二人とも涼しげな半袖で、首元には悠人は黒色、伊月は銀色の鷹が形どられたペンダントが掛けられていた。

 これが今日の挑戦。彼らが謙夜に挑む日だ。


「悪い!待たせた?」

「いや、俺らもちょっと前に来たとこだし、時間ちょうどだから問題ない」

「それに二人で登場なんてシーン見れて最高だよ〜」

「なんか渡おっさんみたい」

「ちょっと〜?」

 一週間前、渡のパッと思いついた作戦はとても単純だった。

 謙夜のを取り除くには、悠人と伊月が恋人として愛し合っているというところをちゃんと見ればいいだけ。だから、謙夜の前でラブラブなところを見せるというものだった。

 演技をする必要はない。悠人と伊月はもう男女カップルと同じようなことをする仲だ。恋人同士としては申し分のない二人なのだから、彼らはいつも通りのデート感覚で行こうと決めていた。ただそこに目標がいるだけだ。

 

 5人はショッピングモール内の服屋に入りそれぞれ秋物を見ていた。

 謙夜と渡は一緒にキャップを見ていた。

「このキャップ、紅葉のグラフィックが鮮やかでめっちゃいいな。でも、ちょっと主張強いかもな。……、今度ビビットな服見に行くか」

「なーなー謙夜」

「え、なに?」

「これどっちが良いと思うー?」

 渡の両手には違う種類の帽子があった。

 右手にはシンプルなグレーのキャップ、左手には黒いバケットハット。謙夜は片方の帽子を見てから渡の顔、もう片方の帽子を見てから渡の顔……と、じっくりと見比べた。

「この二つだったら、左」

「こっちか〜、ありがとう!」

 渡は左手に持っていたハットを被って謙夜に注目させるように頭を指さした。

「でも」

「でも?」

「渡には合わないんじゃないか?」

「え」

「気悪くさせたら悪い。ただ、俺的には、渡にはそのグレーとか黒って無彩色は似合わないって思った」

「な、なんで」

「何ていうか、イメージ。まだ二回しか会ってないけど、渡はホワホワっていうか、天然ぽい雰囲気があるから」

「ホワホワ……イメージ……」

「…!これ、被ってみなよ」

 謙夜は手に持っていた紅葉のキャップを渡の手に押し込み、そっと渡の頭からハットをとった。

 渡は渡された先ほどの二つとはガラッと雰囲気の変わった帽子に躊躇ちゅうちょを見せたがちゃんと被ってみせた。

「おお、やっぱり。渡、めっちゃ似合ってるよ」

「ほんと?でもおれ、カラフルなの買ったことない」

 渡はキャップを外して手に持つ。渡の白い服の前で持たれた紅いキャップはとても映えていた。

「だったらこれから買えばいいだろ」

「だ、だけど」

「あんまり他人のコンプレックスには触れたくないんだけどさ、俺、お前の目ガチで綺麗だと思うんだよ」

 渡との間を詰めて目をしっかりと合わせる謙夜に一歩引こうとした渡は、足を出すのを躊躇い、やめた。

「渡の目って、すごく魅力的だと思う。すげえ鮮やかでずっと見ていたくなるんだよ。トラウマがあるのはわかった。だけど、俺は鮮やかな渡が一番だと思う」

「…………、じゃあ買ってみるよ」

「おう」

 小さな微笑みを浮かべた渡の視界には、真剣な謙夜の顔と、キャップの値札がうつる。

「、、!んな!!」

「え?」

「こ、これ、なんか、桁が……多い」

「あ〜、一応有名なブランドだし期間限定のやつだから、まあそんくらいはするよ」

「あ〜、、そうか〜」

 ゆっくりと棚に戻そうとする渡の手を謙夜は掴んだ。

「俺が出すよ!」

「い、いやいやいやいや!!ダメだよ!」

「いいの!まじで!似合ってっから。払わせて!?」

「でも、こんな高いの奢ってもらうわけには……」

「大丈夫。今日服見に行くって聞いたから張り切って多めに持ってきてっから」

「……、じゃあ、後の昼飯代はおれが奢りな。それで手打とう」

「いいな。成立だ」

 嬉しそうな笑顔の渡は試着室の前に座っている悠人の姿をみつけた。

「あ!そういえば今日は悠人が伊月の秋の全身コーディネートするんだ!見に行こう!」

「え、俺はいい」

「いいからいいから〜」

「お、おい」

 嫌がる素振りをみせた謙夜の腕をガシッと掴んだ渡は、強引に試着室の前に連れて行った。


 どうやら試着室に入って間もなかったらしく、試着室の前で3分ほど待つことになったが、悠人と謙夜の話が弾むことはなく、以前まで親友だったようには見えない距離であった。

 そして試着室のカーテンが開くと一変した伊月が立っていた。

 ベージュのパンツ、薄い黄色のワイシャツを羽織って出た伊月はアクティブな雰囲気が受け取られるようになった。

「どうかな?」

「うん。うん。うんうんうん!」

 伊月の姿をマジマジと見て目を輝かせている。

「やっぱ、似合うわ。可愛い」

「本当?ありがとう」

「伊月は黄色が似合うと思ったんだよマジで。秋だから公孫樹いちょう色の服があってよかったな。めっちゃ似合ってる。買おう」

「うん。そうだね」

「いいですねぇ〜、お似合いですね〜。服もお二人も最高にお似合いですね〜。渡さんはお二人を買いたいですね〜」

 ニヤニヤと二人に近づき話しかける。悠人は謙夜に近づけないように頭を手で抑える。

「やっぱり今日の渡はおっさんだ」

「あ、そうだケン!どうどう、似合ってるよな!可愛くね!?」

 ご機嫌な悠人は後ろを振り向き謙夜に聞いた。

 聞かれた謙夜の顔には陰りがかかっていて、死んだ目をしていた。その目を見た悠人はゾッとして一歩後ろに下がってしまった。

「あぁ、いいんじゃない?」

「や、やっぱそうだよな!」

 やるせないようなぶら下がった低い声で返答された為、悠人の笑顔は一瞬だけ崩れかけたが、すぐ立て直すことができていた。

 ただ、ここからか、欠けていたものが崩れていく音がしたのは。

 服の入った紙袋を持ちながら昼飯を旅に向かった。

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