やっちまった
小説、雑誌、写真集に漫画。書店に来ると僕はワクワクする。本を読むことによって自分の知らない世界が広がるのがとても好きで、書店に来ては毎回気分を上げている。
しかし今日はそう浮かれることはできない。なぜなら隣にいるのは渡と護ではなく、ついさっき三階で偶然会ったクラスメートの朝陽悠人くんだからだ。
「伊月ってどんな本読むの?」
「えっと、恋愛系かな」
「恋愛系か〜、俺あんまし小説とか読まないからさ、今度いいのオススメしてよ」
「え、いやでも多分悠人くんは好まない感じだと思うけど……」
「いいからいいから、俺は伊月の好きな本が読んでみたいんだよ。もし俺も好きになったら、それについて話せるじゃん」
これだ。これが浮かれてはいけない理由で、悠人くんは無自覚の人たらしなんだと思う。多分普通の男は話していてすぐに彼と仲良くなると思う。でも僕みたいに好きになる対象が男性の場合は、気を抜けばすぐ彼に心を奪われる。僕は今のところ好きな人のタイプというのが無いから、きっと悠人くんのオーラとか何気ない言葉にすぐ持っていかれるから、細心の注意は欠かせない。
長々と説明したが、ここまではあくまで悠人くんの危険性だ。この本屋さんではもう一つ気をつけなければいけないことがある。それは、僕の好きな本についてだ。恋愛と言ったが、間違いではない。しかし僕の好きな恋愛というのは、男同士の恋愛、ボーイズラブ、つまるところ「BL」というやつだ。
今ここで好きな本を紹介でBLを見せた時なんか俺はもうBLが好きな腐男子ですと自己紹介すると同じことで、いくら悠人くんでもこれは僕に引け目を感じてしまう。それによく『腐男子=ゲイ』という偏見が聞かれる故にあまり腐バレはしたくない。クラスメートなら尚更だ。また中学校の頃のようにはなりたくない。絶対にしくじらないようにしなくちゃ。
僕は雑誌コーナーに向かった。
「恋愛小説見るんじゃねえの?」
「今日は画材買ったついでにプロの画家のデッサン集買って帰ろうかなって思ってて」
「な、、マジか!」
「え、何その反応……」
「悪い、その、俺さ……」
「……?」
珍しく口を詰まらせる悠人くんに不思議に思ったし、秘密を教えてくれるのかと少しドキドキもした。
「俺さ、何かに熱心なやつが大好きなんだよ」
「え……」
「部活とか趣味とか、なんでもさ、妥協なんてしないでそれに夢中になって極めようとしているやつがいると、なんか俺まで熱くなってくるし、そいつをガチで応援したくなるし、もっと仲良くなりたい」
悠人くんの熱い言葉を僕は聞いて感じた想いは、なんだかとても申し訳ないということだ。BLを避けるために咄嗟に考えた美術部という立場を借りての案で自分を高尚な人と思わせてしまった。ここで嘘でしたなんて言えない。もう腹を括って3000円もするデッサン集を買うしかない。動機は不純だけど、美術部頑張ろう。
「なんか俺も本買いたくなってきたな〜」
「いいと思う。何買うの?」
「うーん、何って聞かれるとな〜。あ、じゃあ伊月がオススメの恋愛のやつ買おう!高校生だし、彼女欲しいし、いい感じにキュンってするの頼みます!」
墓穴掘ったー。迂闊の「何買うの?」と聞いたのが失敗だった。そうしなければもしかしたら自分で適当な本を選んでいたかもしれないのに。
ここで悶絶していても
「伊月!これ面白そうだけど、みたことある?」
「1stに恋をする……、読んだこと……ないな」
「そっかー」
面白そうか?他に惹かれるタイトルあっただろ。なんだこの本、ラッパを持ってる男女……、吹部の恋愛話か。吹部はドロドロだろどうせ。
「やっぱ伊月のオススメ教えてくれよ」
「あー、うん。わかった」
こうなったらもうやむを得ないと思って、僕は適当に青の綺麗な表紙の『深海に沈んだ僕は鯨』を手に取った。
「これが最近読んだ中では面白かったかなぁ」
「へえ、どんな話なの?」
「えっとねー」
僕はペラっとページを開いて軽くあらすじが書いてあるところを読んだ。あまりにも適当だったからか、悠人くんは僕に聞いてきた。
「もしかして、伊月本当は読んだことない?」
「え」
「いや、なんか全然自信ないし、それに言ってること本の帯に書いてることとほぼ一緒だからさ、あんまり面白味が伝わってこない」
「それは……」
僕はこれ以上弁論はできないと思って諦めた。
「ごめん」
「全然怒ってないんだけどさ、なんで急に変な嘘なんて吐いたの?別に恋愛小説好きって言っといていいことなんてないはずなのに」
「本当のこと言うと、好きなジャンルが、人に言いづらくて」
「なんだ〜そんなことかー。よかった〜、俺もう伊月に嫌われたかと思った。安心だ〜」
安心しきってホワっとした表情はすごく可愛いなと思ってしまった。でもそれ以上に僕なんかのことでそんなことを気にしてくれているのがとても嬉しかった。悠人くんには本当のことを伝えようと思った瞬間だ。
「えっと、こっち」
僕は漫画が置いてある棚の方に行き、そしてジャンルの書いたプレートを見ながら進み、少年漫画、少女漫画を通り過ぎてとうとうBLと書いたプレートの棚の前にたった。
「ここなんだけど……」
「ここって、BLってやつか……、初めて来た」
「えっと、気持ち悪いよね。ごめん」
やっぱり少し後悔した。だってきっともう引かれてるから。そう思ったのに悠人くんは、
「なあなあ、これ面白い?」
右手にメガネ男子をムチムチなサラリーマンが抱っこしている表紙絵の『残業疲れはメガネ男子が効果あり』を持って僕に見せてきた。
「えっと、それは主人公のサラリーマンが仕事で上手くいかなくて残業続きになってて、そんなときに家出した男子高校生を拾うんだけど、そこでその子と、まあ、色々するんだけど!それでどんどん仕事の調子も上がってきて、高校生も親御さんが迎えにきたりで色々あって、めっちゃ好きだよ!」
「おお、めっちゃ
「あ!ご、ごめん!キモかった」
やっちゃったよこれは……、オタク特有の自分の守備範囲内の内容になるとめちゃくちゃ早口になって、キモいくらい語っちゃうのが、こんなめっちゃ陽キャの悠人くんに使っちゃった。最悪だ、もう完全の嫌われた。
「途中聞き取れなかったけどさぁ、これ買ってみるわ」
「え?なんで」
「なんでって、言ったじゃん俺。伊月のオススメするやつ買うって」
「いや、言ってたけどさ、でもBLだよ?」
本当に突拍子がなさすぎて意味がわからなかった。なんで悠人くんはBLを買おうと思ったんだ!?
「早すぎてなんて言ったかはわからなかったけどさ、でもこの本、伊月が好きなんだなって思ったから。だったら買ってみよう思った」
「え、そもそも僕がBL読んでいることで、引かないの?」
聞いたら悠人くんは不思議そうな顔して笑った。
「なんで引くんだよ。好きなもんは好きでいいじゃん。BLって最近結構人気じゃん、別に隠すことじゃないだろ。俺はめっちゃいいと思う。だからさ伊月も堂々とさ、俺にBL教えてくれよな!一緒に話したら楽しそうだし」
「う、うん!」
ああ、やっちまった。
僕は気がついてしまった。もうたった1時間程度しか一緒に行動してないこの朝陽悠人くんに、僕は恋をした。異性愛者に恋をするのは良くないことだというのは重々承知している。だけどもう好きになってしまったら、あとは沼に沈んでいく一方だ。好きと言ったらどう反応するのだろうか。今の僕は恐ろしくて言えない。彼の眩しい笑顔をずっと見ていたくなってしまったから。
「今日帰ったら早速読んでみるわ!」
「うん。気にいるといいな」
「あ!LINE交換しようぜ!読んだら感想送りたい!」
「あ、うん。そうだね」
僕のLINEには一人友達が増えた。僕は家に帰ったあと、”ゆーと”と記されたトークルームを1番上に固定した。
今週末は遠足だ。
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