捨てながら進む
ようやく悠斗の涙が止まったのは23時のことだった。
今日は悠斗の家で三人は泊まりのため、部屋の床には布団が敷かれてあり、四人でゲームをしながら話していた。
悠斗の目は赤く、頬には涙が滴った跡が残っていた。しかし打って変わって表情は落ち着いて、少し清々しさがみられる。
「悠斗くんって本当に野球が好きなんだね。一人でも朝練してたなんて、僕にはできそうにないな」
「一人でも、練習は楽しいから俺好きなんだよ。朝練した後はなんかシャキッとしてそのあとの授業も頑張れたんだぜ」
「へぇー、凄いね。もしかして今も朝練してる?」
「してるぞ。毎朝6時には学校にはグラウンドで走ってる」
「え!そんな早くから!?」
「あ=、でも確かに悠斗は俺らが教室に入るときには既にいるもんな」
「言われてみれば悠斗くんいつも早かったね。うちの野球部は朝練結構やってるの?」
四人はコントローラーを置き団欒に興じ始めた。
「芽蒙はね、結構朝練参加率高めだぞ。幸哉とか
「え、石田も行くんだ。もしや早起きしてるから普段あいつ授業中寝てんのか?」
「あぁ、恐らくな。まあ、そんくらい部活に熱心ってことだから俺はうれしいけどな」
「三人ともがんばってるんだね」
「それ言っちゃあの那月だって......」
「ねぇ!1Cネタ止めてよ!A組のおれにはわからないんだけど!」
満を持して自分の切実な思いを言った矢先三人に笑われてしまい、渡は少し拗ねてしまった。
「へえ、美術部って結構自由なんだな。俺てっきり、みんな一切おしゃべりしないでずーっと絵描いてるもんだと思ってた」
「大丈夫だ。俺も入るまでそういうもんだと思ってたから」
「ていうか前々から思ってたけど、護が美術部ってギャップ凄いよな」
「まあ、美術部っていうイメージではないよねぇ。だけど、活動している姿は結構さまになってるんだよ」
「え、マジ?そういえば護は何作ってるんだ?伊月は絵で、渡は粘土とか紙とか色々使うやつだろ」
「彫刻だ。最近は木を彫って像創ってる」
「そうそう、凄いんだよ護。渡と二人で様子見に行くとね、無言で太い丸太にノミうってるんだもん」
「左手にノミ、右手には
「あー、想像できたわ」
四人が話をしていると、気が付けば日をまたぐまで残り僅かとなっていた。
そろそろ寝ようと部屋の中を動き回っていると伊月は壁にかかっているコルクボードに気が付いた。
「悠斗くん、この写真、見たら悲しくならない?」
「あ……」
同じ五人組で、その中には悠斗の隣で笑顔の謙夜も映る。これは悠斗の傷を抉るには十分すぎる二枚だった。
「悠斗、辛いと思うぞ、それ要るのか?」
「待ってよ護!その写真に写ってるのは悠斗の中学校の頃の親友たちなんだよ?そんな、捨てるなんてしなくたって」
「いいんだ渡。あいつのことは忘れる。そう決めたんだ」
悠斗が写真とコルクを繋げている画鋲を外し、丸めようとした瞬間、渡は悠斗の手から写真を奪取した。
「やっぱダメだよ!これは悠斗の大事な思い出でしょ?」
「そうだけど、ここに写ってる謙夜は、もういないんだよ!」
「じゃあ他の三人は!?この三人との思い出でもあるんじゃないの?」
「だとしても、今俺がやるべきことなのは、謙夜に関する物を捨てることなんだよ。だから返せ」
「い、いやだ」
二枚の写真を大事に守る渡にじりじりと詰め寄っていく悠斗。渡の右目がぐらぐらと揺れ動くが、渡は絶対に写真を持つ手を緩めなかった。
とうとう渡の目前に悠斗が立ち、手を伸ばした。渡の手から悠斗の手へ渡ってしまうかと思いきや、伊月が一声あげた。
「じゃあ、四人のとこだけ残せばいいんじゃないかな?」
「え?」
「守道くんの写っているとこだけをさ、ハサミで切り落とせばいいと思ったんだけど、だめかな?」
「いいじゃん!伊月天才!渡、そうするよ。いいだろ?」
「ほんとに?後悔しない?」
「ああ、しない。きっと、いや、絶対」
「それなら、いいよ」
渡は大事に持っていた写真を、とうとう悠斗の手に移した。
悠斗はハサミを手に取り、プルプルと震わせながらも二枚の写真から謙夜の型だけを切り落とした。形の悪い写真にはなった。悠斗と、三人の友達が写っている写真だ。
一仕事終えて、優越感と喪失感に浸り始めた悠斗に、今度は護が提案を出した。
「悠斗は今後アイツとは関わる気は無いんだろ?」
「そのつもりだけど」
「だったら、最後くらいお前も言いたいこと言えばいいんじゃないか?」
「それって、どういう意味だ」
「まんまだよ。アイツに電話かけて、今まで言えなかった鬱憤とか、暴言とか、全部アイツにぶつけていいと思う。いやむしろやるべきだと思う。お前ばっかり我慢する必要ない。思い出してみろよ、今日のアイツを」
悠斗は数秒黙っていた。そのうち体が小刻みに揺れ、怒りをあらわにしだした。
「そうだよな。俺、怒っていいよな。電話かける。今から」
「え、でも今もう12時過ぎたよ?もしかしたら寝てるかもしれないし、明日にしない?」
「大丈夫、アイツは夜型でさ、この時間はまだ起きてるよ」
そう言い悠斗は、スマホで謙夜とのトークルームの電話マークを押した。
呼び出し音が5回ほどループした時、それは止まり言葉が聞こえた。
『な、なに?』
酷く暗く低い声に悠斗は口早に返した。
「お前に話したいことがあるんだ。聞いてくれ」
『いいけど、手短にしてくれ。もう寝たいんだ』
「平均2時寝のやつが何言ってんだよ。いいから聞け」
『……なんだ』
「中学校の頃から話すぞ」
『は?いったい何の話する気なんだよ』
「俺さ、お前のこと、最高の親友で、相棒だと思ってた。二人だけの朝練とか、授業のペアワーク、休日だって一緒に遊んでた。お前とはなんでも言える仲だと、なんでも許せる仲だと思ってたんだ。だからほとんどお前には俺は隠し事なんてしてなかった」
『ああ、知ってる』
「だよな。だけどさ、お前に一個だけずっと秘密にしてたことがあるんだよ」
『え』
「俺さ、お前のことがずっと好きだったんだよ。恋愛的な意味で」
『……は?』
「きもちわるいか。お前嫌いだもんな。まあ最後まで聞いてくれよ」
『な、なんだよ、それ』
「お前と一緒に何かやる度に、俺はお前を意識していた。いつかお前と付き合いたい、お前の彼氏になりたいってずっと思ってた。だけどさ、俺知ってたんだよ。この恋は実らないってさ。そんな時、俺は伊月と付き合っただろ。これで、お前に対する
電話の向こうからの声は一向に帰ってこなく、悠斗は構わず自分の想いを罵倒に乗せて吐き続けた。
「なあ、おい、俺ってそんなにきもいかよ。男と付き合える俺はお前にとってなんなんだよ!認めてくれないのかよ。俺は、ずっと、お前のことが、本当に好きで、お前は俺のことをどう思ってたんだよ。こんなことで俺らの関係は切れちまうのかよ。そんな薄い仲だったのかよ俺らって……、どうなんだよ!!なんとか言いやがれ!!」
『それは、お互い残念だったな』
聴き取りづらい小さな音で帰ってくる言葉に悠斗は憤りを抑えきれず、たった一言、怒りを込めた言葉を残して通話を終了した。
「死ね」
スマホを置いた悠斗は笑顔を見せた。目から涙が流れているだけでその他は普通の、満面の笑みだ。
「伊月、ありがとう。大好きだ。護、渡、支えてくれてありがとう」
「僕も、悠斗くんが大好きだよ」
「悠斗も、俺の大事な友達だから、これからも頼りにしてくれ」
「うん。そうだね。おれにも頼っていいよ」
新しい仲間。九月九日は彼らにとって忘れることのない。新しい思い出と昇華した。
三つの針が全て上をさし、一日が終わった。
未熟な僕ら 大和滝 @Yamato75
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