一方通行の月見

 恋と腑に落ちてからはとても速くて、でも焦ったい日々だった。

 俺と謙夜は何かの縁か、中学の三年間ずっと同じクラスだった。

 席が離れてしまった時、俺は友達と話している時でも謙夜に目が行ってしまう。不意に謙夜と目が会った時は心臓がギュッとなり心拍数が上がる気がした。謙夜はリアクションをとることなく、すぐに目を逸らしてしまうのが少し寂しかった。

 

 とある日、天気予報でもいわれていなかった雨が降った朝、俺ら野球部は朝練が出来なさそうだから各自教室でちょっとした筋トレをしていた。

 そこに謙夜がびっしょりと濡れて入ってきた。傘を持っていなかった為雨に打たれた謙夜は急いで上着を干しだして落ち着いた。

 謙夜は濡れたメガネを外して拭こうとした。俺はその時初めて謙夜のメガネなしの顔を見た。

 くっきりとした二重瞼と長いまつ毛、そしてはっきり開いた大きな瞳。今までメガネで目立たなかった謙夜の目は、その他の整った顔のパーツとマッチしていて、それはまさに美少年だった。

 俺はじっと謙夜に顔を見て、うっかり、可愛いと謙夜に対して声を滑らしてしまった。

 謙夜はため息を吐いてから後ろを向いて、こう一言放った。

「気持ち悪い」

 その後も少し機嫌が悪くなったのか、野球部のやつに当たったりしていた。

 そこからだ。きっと俺の恋は叶わない。そう思ってしまったんだ。だけど、いつか伝えたいと思っていた。伝えた後は友達でいれなくなるかもしれないけれど、俺の気がすまなかった。


 三年生になって高校受験シーズン、俺は芽蒙高校に自己推薦をして入学した。

 謙夜は杏西高校から吹部で特待を受けていたからきっとそっちに行くと思って、俺は卒業式の日に謙夜には告白しようと思っていた。

 しかし、謙夜は何故かその特待を断って芽蒙高校に受験をすると言った。理由を聞いてもラーメン屋がどうとかみたいな適当なことしか言わなかったが、もしやチャンスなのではないかと俺は謙夜の受験勉強を躍起になって手伝った。

 謙夜も勉強を頑張ってるし、もしかしたらと思って、俺は卒業式に告白することをやめた。もし、これからも一緒にいることができるのなら。

 卒業式から2日経った日、芽蒙高校の合否発表、謙夜の番号は記されていなかった。

 謙夜は結局、第二志望の私立杏西高校に入学した。


 離れたことで案外新しい恋が見つかるものだと思っていた。

 しかし片想いはダラダラと続くもので、授業中にふと思い出すのは謙夜のいる教室。次はいつ遊べるか、どこへ行こうかとばかり考えてしまう始末だった。

 そんな矢先、俺は偶然だったが伊月と仲良くなった。後に護、渡とも友達になることができた。一緒にボーリングに行ったり、やっぱり新しい友達を作るのは楽しい。

 大体一ヶ月前、謙夜とみんなを合わせるのは本当に楽しみだった。謙夜はいいやつだからみんなとも仲良くやれると思っていた。

 実際最初は良かったんだ。映画の話とか、好きなことの話で楽しめていた。もちろん俺もすっごく楽しくて、これからもこんな感じで遊べればいいと思ってた。

 伊月に告白された時の俺は頭の中で葛藤を繰り返していた。

 俺は伊月と付き合える。

 だけど、謙夜は?

 そう簡単に諦められないだろ。

 でも、伊月だって勇気振り絞って俺に言っただろ。

 悲しませるのは、嫌だ。

 俺は伊月と付き合うことにした。

 俺は狡いやつだ。だって最終的に謙夜への想いを無かったことにしようとした。

 伊月と付き合ううちにもしかしたら謙夜への気持ちも忘れるだろうと思った。そして、それに賭けた。

 謙夜はそれが気に入らないのかボロクソ言って駆けていった。

 追いかける理由も大したものじゃないのに、俺は謙夜を追いかけた。


 追いついた先での謙夜は落ち着いていた。

 いつも通りの口調で俺を心配したようなことを言っていた。

「俺はさ、俺のことを本気で好きって言ってくれたやつのことは、俺もそれ以上にそいつを好きになってさ、幸せにしてやりたいんだよ。ポリシーみたいな感じだよ」

 実際俺はそうだ。与えられたものはしっかり返したい。なんだってそうだろ。嫌いなものを食ってもらったら、俺もおんなじことをしてやる。愛だってそうだと思う。

「へぇ、かっこいいね」

 謙夜、あの言葉は嘘だったのか?

 この後謙夜はコンビニに寄るからと別の道に行ってしまった。

「俺も付いて行く」

 この言葉を拒絶するあたり、結構嫌がられていたかもしれない。

 ここから、俺と謙夜は話す頻度がガクッと下がった。いや、なんていうかアイツがそっけなくなった。俺から離れようとしてきて、すごく嫌だった。


 今日だってそうだった。

 新しい服買うの好きなアイツが食いつきように服屋に誘い出して、少しでも謙夜と話せると思ったのに、ダメだった。

 ピアノだってそうだ。謙夜は音楽が心の底から好きだった。

 だから俺は気を引きたくて練習してたんだ。結局披露する機会がなくて今回が初めてだった。今日のあれは俺の想いが、何かがアイツに響かないかと鳴らした。

 カラオケなんて最悪だった。

 アイツは、謙夜は俺と歌うことすら捨ててしまった。

 中学の頃から唯一、俺と謙夜の二人で練習したハモリ。それすらもアイツは捨てるのか。

 謙夜は、俺との友情を簡単に捨て去れるのかよ。

 好きになったのに叶わない恋なのは辛い。

 それは努力で諦めるさ。

 だけど、好きになったやつが嫌なやつになっていくのはもっと辛かった。

 本当は、せめて一言で良かったんだ。

 おめでとうとか、お似合いだねとか言って。


「最悪な奴で離れたくなかった」


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