救いは毒の実か
『努力』を『才能』と入れ替えられたあの日以来、俺はほんの軽くだが人を嫌っていた。
こいつらは俺とは見方が全く違う。
そう考えて俺は、彼らをみくびった。同じ目線ではいられないなら……
慢心だった。
中学校にあがり、新しく学ランを義務付けられて、なんだかシャンとした。
新しいクラスで相変わらず出欠確認は一番最初に呼ばれるた俺は元気よく返事した。
俺の後に続くクラスメート達。おこがましかった俺は当初彼らを心では見下していたかもしれない。
部活動の説明を聞いている時も、お迎えテストの為、すこしだけでもと勉強をする彼らさえ、彼らのはなんなのだろうかと、俺自身が努力を認めれなくなっていた。
俺らの学校は何もかもが年功序列の構造だった。
下の学年は高学年の雑用にさせられた。部活だって、いくら弱い先輩でさえ威張ることが出来た。
特に俺らの一個上の代は野心が強く、先輩は立てるが、基本線は自分らの考えを通して後輩はボロクソに扱う連中だった。
そんなものだから部活動は緩さを極めていて、ほとんどが自主練習で参加するかは自由だった。
俺は同学年の野球部に一緒に朝練や走り込みとかを誘ってみた。
しかし彼らの心は煙すら立てず俺の誘いなんて興味を示さなかった。俺も折れそうになった事があった。一人で頑張ったってどうしようもないじゃないか。
「どうせ無理」
なんて簡単な一言を俺は口にする事ができなかった。だから俺はたった一人で朝早くに学校に来た。
誰もいないグラウンドで一人駆けた。バットを振った。ただ、せっかくチームがいるはずなのにこれしかできないのは悔しかった。
勝手に行っている朝練をずっと続けることができたのは仲間がいたからだ。
仲間は野球部じゃなくて、吹奏楽部の男だった。
俺が一人で走ったりしている時、いつも聴こえる美しい音色。
彼は毎日同じフレーズ、ドレミファソラシドを伸ばしてるやつと、上がったり下がったりするやつ。
俺はその頃から少しずつ守道謙夜と仲を深めていった。
謙夜は音楽が大好きで、音楽の話になったらすごく熱心に話してくれるやつで、しかも俺の野球話もうんうんと聞いてくれて、野球のルールとかも覚えていった。
徐々に徐々に俺は、謙夜だけならと、謙夜を信用していった。
夏には大会があった。しかしそのメンバーには一年生は組み込まれることはなかった。上手くもないで、数だけの二年生がたくさん詰め込められていた。
こんなメンバーじゃ勝てるはずない。
その頃には実は同期のやつの中にも、朝練を一緒にやってくれるやつが増えていた。
そいつらは絶対に二年生なんかよりも遥かに野球は上手いはずだ。
俺の怒りと呆れを思わず謙夜に漏らしたら、謙夜は俺にとある提案をした。
俺は謙夜と、部活動に打ち込みたい一年生達を集めて、2年生に喧嘩を売った。
思い返せばあれが先輩との戦争の始まりだったな。いや、今は関係ない。
俺らの願いは二年生を砕き、三年生の心をうち、結果俺らは部活動に革命を起こした。部活動の年功序列制度を撤廃させることに成功した。
俺らは大会にも出ることが出来たし、謙夜もコンクールでソロを吹くことが出来た。
「謙夜、ソロめっちゃ綺麗だった」
「ありがとう。みんなのおかげで頑張れた」
「謙夜、なんであの時あんな提案したんだ?」
「なんでって、悠人もわかってるだろう」
「まあな」
「努力が叶わないことはあるものだけど、それを発揮する機会さえないのは悔しいだろ。それに、俺は人の努力を笑うやつが大嫌いだ」
「俺も嫌いだよ。そんなやつが努力しているやつの大事な『努力』を無駄にするなんて絶対に許せない。だから、俺は協力したんだ」
「悠人」
「なに?」
「これからも野球頑張れよ」
「謙夜こそ、吹部頑張れ」
知らなかった。努力は伝染する。
努力は、無駄になんてならない。
この中学には、俺のことを才能なんて言葉で見下すやつなんていないんだ。
俺に足りなかったのは、仲間とのコミュニケーションなんだったとあの時知った。
一人で努力するよりも、大勢で踏ん張る方が良かった。
あのユーフォニアムの音色があったから、俺は。
謙夜が、いたから俺は。
きっとここが原点だ。
謙夜に恋をした日だ。
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