開く手を見る
「悠人くんのことが好きです。僕と付き合ってください!」
伊月の真正面の悠人は考えが追いつかないようで、少しの間だんまりだった。
そして一呼吸置いて悠人は言った。
「付き合いたいって、ガチ?つまり、俺と恋人同士になりたいってこと……だよな?」
「そうだよ」
伊月は悠人の目をそらすことなく、もがくように、必死に悠人に集中していた。
「僕は、同性が好きになる人で、そして悠人くんは好きです。デパートで悠人くんと話して、僕の好きなものを認められてからずっと……」
そう、ずっと……蔑まれ、嫌われ、突っぱねられてばかりだった僕の周りはガラガラだった。
それなのに悠人くんは、冷めきった僕の領域に踏み込んで、僕の観る景色に、少しだけ合わせようとしてくれた。
僕は愚かだから、悠人くんなら……って淡い期待を寄せちゃうんだ。視界が霞むかもしれない賭けでも、掴みたくて、僕のわがままを物にしたくて堪らない。
だから……
「ずっと、悠人くんしか見えてないです」
伊月の、芯のある折れない言葉が悠人にストレートに入っていく。次第に、たじろいでいた悠人の瞳は伊月を見つめだす。
不意に笑みが溢れて朗らかな表情に戻り、悠人は優しく声を鳴らした。
「伊月、ありがとな。めっちゃ嬉しいわ。で、ごめん。告白されて一瞬だけ、うわってなっちまった。許してほしい」
頭を下げる悠人に対して伊月は静かに微笑んでいた。
「それが普通だよ」
「それで、返事なんだけどさ」
「うん」
「俺で良ければ、よろしく」
「あ……、っ!うそっ…」
嬉しさと安堵と衝撃がいっぺんに悠人の身体中を走るため伊月は上手く声が出せず、涙がポロポロと溢れ出た。
その瞬間少し遠くの建物のかげから護と渡が走ってきた。渡は伊月に勢いよく抱きついた。
「いーつーきー!!おめでとう!ほんとに、ガチで、マジでおめでとう!うぅ、俺もめっちゃ嬉しいよマジで……、お゛めでどう」
「ちょっ、なんで、僕より渡の方が泣いてんのさ……」
「だっで〜〜!」
二人で泣きあう伊月と渡の横で見ていた護は、悠人の方へ歩いて行った。
「朝陽、大丈夫か?伊月と付き合って、後悔しないか?」
「わからねえ。だけど不思議だな。この選択は正しいって思えてるんだ。後悔はしないって思えてくる」
「そうか。ありがとう」
護は普段学校では絶対に見せないような笑顔をして見せた。
悠人はあたりをキョロキョロ見渡した。そして護と渡に聞いた。
「なあ、そう言えば謙夜は?一緒だっただろ?」
「ああ守道も俺らと一緒にそこのかげで一緒に聞いてたぞ」
「ね、ねえ。どこから見てたの?ずっと?」
「いや?最初は出店普通に回ってんだけど、戻ってきた時に告白してたからさ〜。あ、そうそうジュース買ってきたんだよ。コップ一杯200円だった。はい伊月、ぶどうジュース」
「ありがとう」
「え、で、謙夜は?」
「えーっと、あ、ほらあそこ、立ってる……」
護の指差した方には謙夜が立っていた。
両手をぶらんと下げ、四人のことを見ながら立ち尽くしていた。彼の足元には二つの紙コップが落ちていて、右側の地面は黒く湿っていた。
気づいた四人は謙也の方へ駆けつけた。
「すまない守道、何も言わずに走っちゃって」
謙夜はだんまりしている。悠人は心配しだす。
「ケン!どうした?大丈夫か?ぼーっとして、水飲むか?」
悠人がバックからペットボトルの水を取り出そうとすると、謙夜の息が一瞬だけ荒くなった。そして小さな声で言った。
「どういうこと?」
「え?」
動作を止めて謙夜を見る悠人を、謙夜は少し焦ったように睨みつけている。
「ありえねえだろ、悠人、よく見ろよ。そいつ男だぞ?」
傍で聞いていた護の顔が険しくなり、低い声をだした。
「男だからなんなんだよ」
「悠人に言ってるんだ。黙っててくれ。なあ悠人、どういうことだよ……、相手男だぞ?」
「謙夜…」
悠人はバックのチャックを締めて、謙夜の目をしっかりと見た。
「俺は相手が同性だから付き合えないなんて考えは持ってない」
「そうじゃなくて……、お前、ゲイなのか?やめろよそんな冗談」
「おい謙夜、さすがにお前でもそういう言葉は許さねえぞ。ダセエこと言ってんじゃねえよ!つーか、俺が誰と付き合おうが俺の勝手だろ!なんでお前が文句言うんだよ!」
「っ!知らねえ!!」
「おい!!謙夜!!」
謙夜は舌打ちして、そして後ろを向いて走って去って行った。
「くっそ……、なんだってんだよ謙夜のやつ」
「朝陽、ほっとけ。ああいう差別するやつは結局いるんだよ」
「悠人くん、ごめん」
「いやいや!伊月なんも悪くないから!こっちこそ謙夜がマジでごめん!」
微妙な空気の中、渡は一人下を向いている。悠人は頭をガシガシと掻いて駆け足しだし、3人に言った。
「ごめん!俺アイツ追いかける!今日は楽しかった!気をつけて帰れよ!」
「あ、悠人くん!」
「伊月!後でLINEするから!」
そう言って悠人は走って行った。
残された3人は変わらず静かだったが、暑さに耐えれず、少しずつ歩き出して駅へ向かった。
「悠人、良かったのか?行かないでって言わなくて」
「うーん、本当は言いたかったよ」
「悠人も悠人でさ〜、恋人優先してくれても良かったのに〜」
「まあね、でも追いかけて話して、ちゃんと悠人くんは、彼と話そうとしてるんだよ。だから、今日はお預け」
うん。だってもう、揺るがないもん。これからは掴んだものを育てて、絶対に幸せになる。
安堵が僕の味方をしてくれる。
いくら暑くても、今の僕の足は軽い。これから悠人くんと歩むことができると思うと、どこまででも行ける気がした。そんな夏だ。
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