第7話 再会してしまいましたわ

 屋敷を出て、久しぶりに自由を謳歌していたその日、わたくしはまさかの人物と出くわしてしまいました。市場の人混みを逃れ、少し静かな裏通りに足を運んだその先で、かつての婚約者エドモンド様と、彼の新しい婚約者であるアメリア嬢の姿が目に飛び込んできたのです。


 会いたくないと心の底から願っていたにもかかわらず、運命はわたくしを彼らの前に導いてしまいました。ナナリーさんと二人、静かな通りを歩いていたはずが、思いがけず彼らの笑顔が交わる場面に遭遇し、わたくしの胸は突き刺すような痛みで満たされました。


 アメリア嬢の鋭い視線がわたくしを捉え、その言葉がわたくしをさらに傷つけました。ナナリーさんはわたくしの表情から全てを察して、わたくしをそっと支えてくれましたが、彼女の優しさでさえも、その時のわたくしの心の痛みを癒すには至りませんでした。


 エドモンド様とアメリア嬢が近づいてくると、わたくしの心臓は痛みで鈍く重く鳴り始めました。

 ナナリーさんはわたくしの手をぎゅっと握って支えてくれましたが、彼女にはわたくしの過去の事情を一切話しておらず、その場の緊張を感じ取っていただけでした。


 アメリア嬢はわたくしを一瞥し、鼻を鳴らして嘲るように言い放ちました。


「まあ、どうしてこんな所でメイド服を着てるの? ずいぶんとみすぼらしいわね」


 エドモンド様はアメリア嬢の手をしっかりと握りながらも、わたくしには目もくれず、まるでわたくしは空気のようだったのです。

 その無視が、わたくしの傷ついた心に塩を塗るようでした。


 ナナリーさんはわたくしを案じる目で見つめ、軽く頭を横に振って、無言でその場を離れるように促しました。わたくしはその優しさに救われつつも、自分の不甲斐なさを責め、涙がにじむのを感じました。


「ナナリーさん、わたくし、ただ... 捨てられたのです。自分に魅力がなかったから……」



 その言葉が出ると、涙はもう抑えられませんでした。わたくしは必死に顔を隠し、人目を避けるように急ぎ足でその場を離れました。ナナリーさんはわたくしを慰めようとしながらも、アレクサンドル様にも詳細は話していないわたくしの深い心の痛みを、どう慰めてよいのか分からないといった様子でした。


 わたくしはアメリア嬢の挑発的な言葉とエドモンド様の無言の態度に心を痛めていました。アメリア嬢の冷たい笑みは、彼女がわたくしの傷ついている姿を楽しんでいるかのようで、それがわたくしの悲しみを一層深めました。エドモンド様はただ顔を伏せたまま、何の慰めの言葉も、抗議の言葉もありませんでした。わたくしは彼からのせめてもの反応を求めていましたが、ありませんでした。


 その時、わたくしはこの悲痛な時間が永遠に続くのではないかと思い、絶望感に打ちひしがれていました。しかし、その静寂を突如として破る音が響き渡りました。パシッという鮮明な平手打ちの音が、周囲のざわめきをかき消しました。


 振り返ると、ナナリーさんがアメリア嬢の頬を強く叩いていました。わたくしはその場に凍りつき、信じられない光景を目の当たりにして、唖然としていました。ナナリーさんの目には怒りが宿り、その態度はどこか貴族のような威厳さえ感じさせました。


「あら? ごめんなさい! 変な虫が飛んでいたものですから……つい」


 ナナリーさんの言葉は、わたくしに向けられたものではなく、アメリア嬢への明確な警告でした。彼女がわたくしの事情を知らなかったにも関わらず、わたくしを庇ってくれたのです。エドモンド様はその場で硬直しており、何が起きたのかを理解できずにいるようでした。


 わたくしはナナリーさんの行動に深い感謝とともに、強い絆を感じました。その一瞬に、わたくしは自分が一人ではないということ、そして、たとえどんなに苦しい時でも、そばにはいつも支えてくれる人がいるということを思い出しました。ナナリーさんのその勇気ある行動は、わたくしのこれからの日々に大きな影響を与えることとなるのでした。

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