第2話 凄い人と出会ってしまった
わたくしは泥と涙にまみれた様子で、荘厳な立ち姿のアレクサンドル様を見上げていました。彼の目にはわたくしを見下ろす高慢さがあり、その口調は冷ややかでした。
「泣いてばかりいる女は見苦しい……お前はその泥まみれのドレスで何をしていたんだ?」
わたくしの答えは、すすり泣き混じりの呟きでした。
「わたくしは働いておりません……このドレスは、わたくしが伯爵家の娘だったときのものでございます。しかし今は……」
言葉は涙にかき消されました。
アレクサンドル様の顔には一瞬、驚きが浮かびましたが、すぐに薄笑いを浮かべて、わたくしの状況を嘲笑いました。
「伯爵家の娘がこのような有様か……しかし、これも運命だ、お前はもうその家には戻れない」
彼はわたくしを強く引き上げ、馬車に乗せると、命令口調で言い放ちました。
「泣き言はもうたくさんだ、わたくしの用事に付き合うのだ、お前の新たな運命を受け入れるのだ」
馬車内で、わたくしはアレクサンドル様の計画や意図を知る由もありませんでした。彼はわたくしの乱れた髪や泥だらけのドレスに目もくれず、ただ冷たい視線でわたくしを見つめていました。
「お前の過去などどうでもいい。わたくしの元で新たな人生を歩むのだからな」
わたくしはその言葉に心を落ち着かせる努力をしました。アレクサンドル様がわたくしを完全に見捨てていないことに、どこかで安堵し、彼がわたくしに与える新しい人生に、わずかながらの期待を寄せたのでした。彼の世界で、わたくしはもしかすると失われた尊厳を取り戻し、再び崇高なる地位を得ることができるのかもしれません。
わたくしは、アレクサンドル様の馬車に乗せられたまま、何故わたくしを連れて行くのか、その理由を問いかけました。
「アレクサンドル様、どうか教えてくださいませ。わたくしをどうしてお連れになるのですか?」
アレクサンドル様は、一瞬わたくしの問いに目を細め、冷たい声で答えました。
「偶然だ……わたくしの屋敷ではちょうど女手が足りておらず、お前がそこにいた。それだけのことだ」
わたくしは、その答えに一抹の不安を覚えつつも、さらなる質問を続けました。
「では、アレクサンドル様、お名前以外に、何者なのですか?」
彼は一瞬、わたくしを見つめると、悠然とした態度で告げました。
「わたくしはモーリス公爵家のアレクサンドル・モーリスだ」
わたくしはその名を聞いて驚愕しました。モーリス公爵家は、わたくしの元婚約者の家よりもはるかに影響力があり、高貴な家柄だったのです。わたくしの心は、希望と恐れで揺れ動きました。アレクサンドル様の冷たさに怯えつつも、彼の提供する保護がわたくしの新しい未来への扉となることを期待せずにはいられませんでした。
「公爵家の……そんな……」
わたくしの声は小さく、驚きと畏敬の念に震えていました。しかし、その新しい現実がわたくしにどのような未来をもたらすのか、わたくしにはまだ分かりませんでした。わたくしは、この意外な運命の流れに身を任せるしかなかったのです。
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