第9話 お前の方が可愛いと言われましたわ

 屋敷に戻ると、私の足取りは重くなった。ナナリーさんと共にアレク様の元へ報告に向かうが、その威厳ある姿を見ると、どうしても緊張してしまう。この屋敷は元の家よりずっと温かく、アレク様も優しいが、彼の目には明らかに不満が滲んでいた。


「なんでそんなに悲しんでいる?」


 アレク様の問いが私の心に突き刺さる。


 その問いに答える前に、私は気づかぬうちに涙を流していた。

 ナナリーさんがすぐさま私を優しく慰めてくれる。


「エリちゃん、大丈夫!?」


 その温かい言葉にもかかわらず、私の涙は止まらず、アメリア嬢との一件がふたたび脳裏をよぎる。私は恐ろしくて、その場に立ち尽くしてしまったのだ。


 アレク様の厳しいまなざしに耐えながら、私はナナリーさんの隣に立つ。


「誰に泣かされたんだ?」


 アレク様の問いに、ほんの少しの躊躇の後。


「アメリア嬢に……」


 小さな声で答えた。

 アレク様は一瞬黙り込む。


「あいつか...」


 低く呟いた。


「そんな奴に泣かされることはない! というか、お前もそんな奴に泣かされるな!」


 アレク様の声は冷たいが、どこかで私を思う温もりを感じさせた。


 ナナリーさんは私を庇うかのように、少し声を強めてアレク様に反論した。


「アレク様、エリちゃんににそのような言い方はどうかと思いますわ……彼女はとても勇気を出したのですから」


 アレク様は驚くほど柔らかい表情になる。


「お前の方がずっと可愛いんだからな」


 私に向かって言った。私はその言葉にキョトンとしてしまい、唖然としたまま固まってしまった。私の心は、急な彼の優しさにどう反応していいかわからなかったのだ。


 アレク様は少し困惑した様子で、私の手をとり、力強く言葉をかけてくれた。


「お前はもう安全だ! この屋敷はお前の新しい家だ! わかったな、エリアンナ?」


 私はゆっくりと頷き、ナナリーさんの慰めとアレク様の言葉に救われながら、この屋敷での新しい生活に希望を見出し始めていた。

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